電波戦場の恋

藤舞

第1話 お喋りな心と会話

 アニメを視聴しながら冷たい麦茶を飲む。いつもと変わらないだらだらした1日だ。背中から感じる涼しい扇風機の風を肌身に感じながらも、内心髪の毛が顔にかかることにイライラしている自分がいる。私の部屋にはエアコンがないため、扇風機を使っているけれど正直扇風機は髪の毛が顔にかかってくるから邪魔で嫌いだ。それにまるで、ずっとアニメを見るのをやめろと言われてるみたいに思えた。誰かからの黒い視線のようなものを日に日に感じていた。そんな扇風機に内心愚痴を溢しながらもアニメに嗜んでいると、ゲームの通知が来た。YUSだ。急いでアニメの視聴を止め、ゲームを起動した。YUSは私のネッ友だ。このRPGゲームを始めてから出来たリアルで会ったことのない友。私とYUSはこのゲームを通じて知り合い、このゲームを通じてしか会話しない。互いに相手の素性は知らないがそれでいい。素性を知らないからこそ関わりやすい、話しやすい。私にとっては唯一の友達だ。

『ただいま〜今日のダンジョンどうする?』

『お疲れ様!今日は前回の続きからでいい?』

『おけ。その前に今日のクエスト攻略してからでいいか?』

『分かった〜私も手伝うよ』

こんな他愛のない会話をし、二人で毎日遊ぶ。これが私の日常でYUSと遊んでる時間が1番楽しかった。YUSは結構ゲーマーなようで特にバトロワ(バトルロワイヤルゲーム)とか今やってるRPG(ロールプレイングゲーム)とかが好きなようでいつもオススメを紹介してくれる。このゲーム始めたての頃、難しくて苦戦してた私に手を差し伸べて、初期のダンジョン攻略方法を教えてくれたのがYUS。それ以来チャットで話すようになり、私にこのゲームについて沢山教えてくれた。

『うわ。敵多いな』

『この地下牢3階って結構難しいって話じゃなかったっけ?』

『このゲームイベントダンジョンは毎度鬼畜なんだよなぁ。とりあえず雑魚処理からやっていこう』

YUSのクエストの手伝いが終わり、いよいよダンジョン攻略。ゲーム内で足を進めてくとイベントが発生し、敵と戦う時間が来た。すぐさま武器を入れ替え、小さな敵たちを一層。このために武器の強化をやっておいて良かった。だけど随分ガードが硬い。数が多いから攻撃数も多くて油断すれば一網打尽にされそう。でも私のジョブは基本サポート系の神僮だからある程度敵に攻撃出来たら、あとはアタッカー型の幻宵。YUSが攻撃する。

『ちょっと危なかったかも』

『俺もちょっと苦戦した。やっぱ今回の強いな』

『ごめんもうちょっと攻撃入れればよかった』

『気にすんな今回ガード硬かったし。でもまだ雑魚残ってるな。処理するか』

YUSは私のちょっとのミスもあまり気にしない。それが私にとっては嬉しかった。YUSの使ってるジョブは主にアタッカー型だけど上手い人が使えばサポートにもなると言われている。幻宵は暗い霧を周りに覆わせ、相手の動きを封じる。その間に攻撃するという上級者向けのジョブだ。私には扱えない。私が使ってる神僮は主にサポート。相手に哀歓の召すという呪文を唱え、一定時間弱体化させ攻撃するというジョブだ。弱体化というのは相手へのダメージ増加や攻撃力低下などがされる。その間に攻撃。サポートと聞くと難しいイメージがあるが、これは汎用性が高いため初心者にも扱いやすいジョブだ。攻撃の種類も多い。私は最初見た目が可愛いからという理由で選んだけど、私に合ってて扱いやすかった。YUSと出会ってからはこのジョブの立ち回り方も教えてもらった。

『そろそろ落ちるね』

『分かった。明日も出来る?』

『できると思う。ごめん全然進められなくて』

『大丈夫だよ。その間に自分の武器や装備の強化やっとくから』

『そんなに無理しなくても』

『いいのいいの。どうせ暇してるから笑今回のダンジョン難しいからしっかり強化しときたいの』

『…わかった。俺もやっとく』

『うん。じゃあまた明日』

『おやすみ』

今日はダンジョンの地下牢5階まで進んだ。といってもボス戦まではいってないけど。パソコンの時計を見ると夜の23時56分。5時間近くやっていたみたいだ。そろそろ寝ることにした。

 部屋の電気を消し、ベットに横たわるが相変わらず眠れない。いつからだろう眠れなくなったのは。昼寝だって一度もしていない。やっと眠れても午前5時過ぎてから。結局目覚めるのはお昼過ぎから。完全に昼夜逆転だ。学校にもしばらく行っていない。いつまでこんな生活が続くのだろうか。そんなことを毎日考える。ただスマホとパソコンにかじりつき、ただ意味もなくSNSを見る。ほとんど外には出かけない。学校の知り合いに見つかるのが怖いから。だから家の中で毎日だらだら。こんなの社会不適合者。ニートだ。毎日罪悪感を感じながら家にいる。学生が学校に通ってる間もずっと。だったら学校に行けば済む話。でもそれも出来ない。怖いから。学校に行くと苦しいから怖いから。でも家にいても辛くてしんどい。…どこに行けば私は楽になれるのだろう?この眠れない時間の中で私はたくさんのことを考える。自分のこと。これからどうすればいいか。どうしたらまた元の生活に戻れるか。そもそも私が生きてて意味があるのか。だけど考えれば考えるほど分からなくなる。そして辛くなって死にたくなってくる。泣きたくなってくる。もうこのまま目を瞑って一生目覚めなきゃいいのに。そんなことをいつも思う。だけど眠れないから出来ない。なんて皮肉だろう。私はYUSと遊んでる時間だけが今の生活の中で1番の楽しみだ。嫌なことも考えたくないことも全部忘れられて没頭できる。YUSは話し方から見ても男の人だ。前に中学2年生だと話してくれた。同い年だった。私は異性と話すのは凄く嫌いだ。でもYUSとは普通に話せる。楽しくて面白くて優しい。まるでリアルの男友達みたいだ。YUSには身の上話やプライベートな話は一切していない。YUSも無理に聞こうとはしない。YUSはいつも適度な距離を保って接してくれる。基本話す内容はアニメやゲームといった趣味の話ばかり。多分YUS自身も自分の身の上話やプライベートな話をしたくないのだろう。だから私も無理に聞かない。YUSとはそんな関係でいた。でもそれで良かった。ゲーム内でしか話さない。お互いの素性を明かさない。友達なのに知らないことばかりだけどそれで良かった。なにも知らないことが逆にありがたかったから。

 朝、目覚ましがなった。正直この音に頼って起きることはもうなかった。なぜなら朝になると眠り始めるから。まるで野生動物みたいだ。だけど今日は珍しく朝になっても眠れない。夜通し起きてたけど、いくら目を瞑っても眠れる気配はなかった。でも身体はだるい。いつものことだ。朝ご飯を食べようと重たい身体を起き上がらせ、部屋を出た。 

 酷く立ちくらみがする。階段の前で足を止めた。頭痛が走る。もう何回目だろう。また階段の前で立ち止まり、立ちくらみが収まるのを待つ。立ちくらみがしたまんま階段を降りると、階段から滑り落ちる。1回それで尻もちをついた。

「おはよう恵美。今日は早いのね」

やっとの思いで階段を降りるとお母さんが出迎えていた。

「うん。朝になっても眠れなかったから。」

「そう…朝ご飯出来てるわよ。食べ終わったら部屋戻って寝ててもいいからね。」

「うん。」

「学校は今日も…」

「…うん。休みで」

「…わかったわ。連絡しておく」

朝お母さんと顔を合わせて開口一番に聞かれるのは学校行くか行かないか。いつも決まって私は行かないと答える。この問答の繰り返しは毎日。正直面倒臭いし、罪悪感を感じる。そんな思いで毎日迎える朝。本当に憂鬱だ。

 朝ご飯を食べながらテレビを見る。特に面白いものなんかやってない。朝のニュースをただぼーっと見るだけ。食事も進まない。食欲がなくて口に食べ物を運ぶのに物凄く時間がかかる。前まではバスケ部で食欲旺盛で朝昼晩、毎日残さずご飯を食べていた。なのに今は白米半分も食べられない。おかげで身体はみるみる痩せ細る。運動もしていないのに。

「…ごちそうさま。」

結局半分も行かずに食べ終わった。生ゴミ用のゴミ袋にご飯を入れ、食器を洗った。

「じゃあお母さんとお父さん仕事行ってくるから。」

「恵美もあんまり無理するなよ。」

「…行ってらっしゃい。」

玄関からお父さんとお母さんの声がした。私の両親は共働きだから昼はいつも私1人。声にもならない声で行ってらっしゃいと告げた。多分聞こえていない。

 食器を洗い終わったら自分の部屋に戻る。ゆっくりと階段を上って。部屋につくなりベットに横たわり、スマホを手にした。いつものSNS巡回。アニメの情報や推しのツイートの確認。推しといっても芸能人。アイドルの人だ。キラキラしててかっこいい。私なんかが推しという単語を使うのが勿体無いぐらいだ。いつも彼のツイートやそれに対するファンの方のリプを見て毎度思う。私みたいなやつが好きだって言っていい相手なのか。現実でも本命で好きな相手に素直になれてないというのに。その時その本命の相手からLINEの通知が来た。今日は月曜日。月曜日は朝の時間帯にいつもLINEをくれる。

『恵美これ今週の日程な』

おはようのスタンプと共に1枚の画像が送られてきた。今週の日程だ。時間割や行事等が書かれている。

『いつもありがとう、行けたら行くから』

『うん。でもまぁ無理しないで』

そうして会話は終了した。

「行けたら行く…か。」

そう言って学校に行った試しはない。今LINEを送ってきた相手は雪村翔太。毎週月曜の朝はこのLINEを送ってくる。忙しいはずなのに、どうせ私は学校に行かないのに、それでも私がいつ来ても大丈夫なように今週の日程が書かれた写真を送ってくれる。彼は私の唯一の幼馴染で唯一ちゃんと話せる男子友達。優しくて、いたずらっぽくて、バスケバカで、モテてて…誰からも好かれる。…私の好きな人。いつから彼をそういう目で見るようになったのかは分からない。でも気づいたらこの友達じゃない、「好き」という気持ちが私の中で生まれていた。でも叶うことはないだろう。私はいつも彼…翔くんに嘘をついているから。行けたら行く…ほとんど行った試しがない。なのにいつもそのセリフを言う。大好きな彼に私はなんて嘘をついているのだろう。翔くんへの申し訳無さと嘘つき過ぎる自分に腹が立つ。LINEのトーク画面を開いたまま、翔くんへの気持ちに胸が締め付けられる。嘘ばっかつく性格の悪い私に神様は味方しないだろう。ましてや学校にも行ってない私に翔くんへ想いが伝わることはないだろう。諦めたほうがいい恋を諦めずにいる。本当に何をやっているのだろう。

 私の毎日はただぼーっとするだけで終える。ネット世界にかじりつくも何にも満たされないまま、今日を終える。今日1日だけで…私の何が変わったのだろう?ネット世界に浸り、推しアイドルに出会い、ゲームを始め、YUSと出会い、なにが変われただろう?私のこの生活は基本心の中の自分とお喋り。心の中の自分は話すのが大好きなようだ。…もしこの出会いによって何か変わるなら、何か起こるなら、それが良いものであったほしいと願う。そう思いながら私は目を瞑り、朝の睡眠へと入った。

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