素直になれないキミへ

かっこ

学園祭──上、邂逅編

一話、いつもの日常と、新たな関係

「やっと……ついた」


 瑞々しい常緑樹たちをくぐって、ふたつ山を越える。凍れる小川を跳び越えて、森の中に潜った、その先。


 鴉羽がうは、目の前にそびえ立つ塔を見上げた。……とは言ったものの天に昇るほどその塔は高くなく、ちょうど高木に埋もれるくらいである。


 白いレンガ造りに、さりげなく巻き付く蔦。丸い窓。


 お尻で背負った黒色の鞄を軽くはね上げる。左側の髪を束ねるシュシュを弄りながら、木のドアのそばにやってくる。


 コンコン。


 軽くノックする。しばらくして中から、「はぁーい」という声が聞こえた。


 ガチャッとドアが開いた。


「あら」


 スタイルのいい女の子が一人、玄関にいる。鴉羽は彼女を見るとすかさずそっぽを向いた。しかし彼女はそれを気にとどめることもなく、優しく笑って、


「またきちゃったの〜?」


「……ダメ?」とジト目のまま返す鴉羽。


「もう、そんなわけないでしょう」と言って、彼女は鴉羽の手を掴んで、中へ引っ張っていく。


「入って入って〜鴉羽ちゃん専用ジュースはもう用意してあるよん」

「ミズーリ、ちょっ、待って……スリッパに履き替えるから!!」


 手を引っ張られ、半分転けそうになりながら、鴉羽は靴を脱ぎスリッパを鷲掴みにして足を通す。もこもこした良質のスリッパで、だいぶ働いた足を癒す。色は、鴉羽の髪の色と同じ、ツヤテカの黒だ。


 鼻歌をうたいながら、ミズーリと呼ばれた女の子は木の階段をウキウキと上る。白いワンピースはふわりと舞って、まるで百合のような上品さを感じる。


 二階に上がる。


「はいはい、座って座って〜。鞄はいつものところに置いとくね」

「ん」


 鞄をミズーリに渡し、だらしなくドテッと椅子に座る鴉羽。足で椅子の脚を引っ掛けて、体を机に寄せる。


「はいどーぞ」

 相変わらずミズーリを直視しようとせず、鴉羽はシンプルな机に置かれた、歪な形のガラス瓶を自分の方に寄せ、ぼそっと呟く。

「…ありがと」


 ずぞぞっ。

 ……甘い。

 甘くて、美味しい。それから……


「シュワシュワしてる」と簡単な感想を述べる鴉羽。指摘が嬉しかったのか、ちょっと得意げに語り始めるミズーリ。

「ふふー、気づいた?今日はいつものはちみつジュースに、炭酸を入れてみたの」

「どうりで」


「……それで、なにがあったの」

「……」

 ミズーリはちょっと会話が弾みだしたところをみて、椅子を引っ張ってきて鴉羽のそばに座った。単刀直入に聞いてみる。鴉羽は一瞬ミズーリのことを見てから、すぐに俯いた。


「ここに来てるってことは、何かあったんでしょう。良かったら聞こっか?」

「……やっぱなんもないから帰る」

「もう、素直じゃないんだから……何も無いのにこんな遠くまで来ないでしょ」

「……」

 反論しようとして、鴉羽はやめた。

 深呼吸して、ミズーリの方を向き直る。が、やはり話しにくいことなのか、体をモジモジさせながら、床の角を見つめた。


「……ほんとなんもないってば」

 そう言いながらも、チラチラとミズーリの方を上目遣いで見る。これは「いつものが欲しい」の無意識な合図だ。もちろんそれに気づかないミズーリではない。

「結構、ガマンしてたのね……鴉羽ちゃん」

「……。」

 澄んだ声でそう言いながら、ミズーリは鴉羽の額の右側を軽く撫でた。さっきまでほとんど見えなかった尖った何かが、今ほんの少しだけ外に突き出ていた。角である。椿のように紅い筋の入った、黒い角である。

「……ほんと気安く触るね、ミズーリ。……今更だけど」

「だって、こうでもしないと話してくれないんだものー……ストレスが溜まっているはずなのに」

「……これ、やっていいのミズーリだけだからね。他のやつに触らせたら、怒るからね」


 口を尖らせながらも満更でもない様子を見せる鴉羽。「させないさせない」と彼女をなだめるミズーリ。


 だが彼女、否、彼女たちの「種族」は全員、通常は角を触られたくない。触っていいのは、相当大事な人だけ。


 そう、まる 鴉羽がうは、鬼なのだ。

 その中でも、武術に優れた、「黒鬼」一家の長女。だが彼女はその中でも、捻くれ者で、小さい頃から世話の焼く問題児扱いされてきた。


 時が経って、黒鬼の先輩たちも認める強さのため除け者にはされなかったものの、それと同時にプライドもあって同種族の仲間は論外、先輩や家族にも、心に秘めた嬉しいことや辛いことを打ち明けられずにいた。


 そもそも豪快な黒鬼に、繊細な気持ちが伝わる気がしなかった。出すのが恥ずかしくて何気にしまってあった乙女心だって、こいつらにはわかるはずもない。

 だからといって気遣いができる種族である赤鬼に、こういう相談をするのも気が引ける。

 だから、事ある毎に、鴉羽はこうやって───。


「……それに、が欲しかったんでしょ」

「そんなこと一言も」

「エルフにそういう言い訳は通じないよ〜♪」


 そう言われてはぐうの音も出ない。

 鴉羽は反抗せず、代わりに髪を指にまきつけて不服と満足のあいまじった表情を浮かべた。

 ミズーリの角撫でを待っていたのは、事実なのだから。それにこういう、体の正直な部分については彼女には全部お見通しなのも、事実だ。

 ミズーリは彼女の後ろに回って、彫刻が綺麗な棚から小箱を引っ張り出した。中から黒い櫛と白いシュシュ一つを選ぶ。

「動かないでね」


 鴉羽がつけているシュシュをそっと外す。ミズーリが小箱から選んだのと、同じものだ。


 フリルのついた袖口を捲り、耳を隠す薄いベージュの長髪を掻きあげるミズーリ。その耳は先が尖っていた。


 鶴橋つるはし ミズーリ。

 ハーフエルフだ。そして、鴉羽の一個年上、つまり先輩でもある。


 彼女はあらゆる生命の流れ、変動、そして性質への感知能力を持つ。だから黒鬼がうの好き嫌いも見て触れればわかる。


「……じゃあもう、言うから」

「ん。聞かせて」

 鴉羽はミズーリに髪を整えてもらいながら、今日学校であったことを話した。


 今も丸襟シャツに落ち着いた赤色のリボン、紺色のスカートという格好をしているから、多分、学校帰りに直接やってきたのだろう。



「つまり分かりやすく言うと───学校でお友達に嘘をついちゃったと」


「……十分わかりやすい説明だったと思うけど……まあそんな感じ」

 ミズーリ先生の要約講座も、日常茶飯事だ。鴉羽はただでさえ素直に話してくれないのに、回りくどい喋り方なので、そこをフォローしてあげるのはミズーリのお仕事になっている。


「……なるほどね、嘘かぁー」

「ん」

「「……」」


 しばらく黙り込む二人。今塔の二階にある音は、窓から聞こえる小鳥のさえずりと、髪を優しく梳かす音だけ。


 先に沈黙を破ったのは、ミズーリの方だった。


「え、そ、それだけ……?」

「なっ!?……それだけってねぇ、十分十分大事よ、お・お・ご・と!」


 何かと思えば、と呆れた顔をするミズーリ。手を止めて、斜め上から鴉羽の顔を覗き込むと、鴉羽は反抗してグイッと彼女を見上げた。「こら、動かないでってば」とミズーリ。大人しく従う鴉羽。


「私、今までね、友達に嘘ついたこと無かったの」

「……」

「だからね、怖くて……みんな、大丈夫って言ってくれるけど、それって私が大丈夫なのか、それとも周りが大丈夫なのか……」

「……」

「私、鬼じゃない?……みんなもそのことは知ってる。けど、みんながそれに納得してるって、思えなくて。だから……言わなきゃ行けない嘘だったとは思うし、後悔もね、してないの───でもっ……もしっ……」


 どうやら学校で、普通の人間の学生に、黒鬼の故郷の場所を聞かれたらしい。悪意のある発言ではなく、あくまでも好奇心ゆえのもの。


 だから、かえって、鴉羽を困らせていた。

 わざわざ答えたくない。答えたところで、行けないし、行っても、生きては帰って来れない。


 もしも悪さがしたい発言だったら、教えない、とキッパリ答えればいい。それだけの勇気はある。けど、相手は、あくまでも好奇心に動かされていた。


 異種族ゆえの、異国憧憬エキゾチシズム。分からなくもない。もっとも、分からなくもないから、異種間交流のできる学園を選んだわけだが。


 では仮に、言ったとして。相手がその地へ赴き、遺体で帰ってきたとする。その時、私はなんと言われるのか。責任は私?それとも中途半端な気持ちで訊いた人間?それとも両方?


 鴉羽は困っていた。

 だから、仕方なく嘘をついた。

 故郷は、もう焼けた。もうない、と。

 元々嘘をつくのが苦手な鴉羽。バレないかとハラハラしていたが、相手も信じてくれて、それ以上追求することなく、そっか、可哀想に……と流してくれた。


 けれどもそれは逆に、鴉羽の罪悪感を引き出していた。


「もしっ……嘘だってことがバレたら……っ、私っ……わたしッ……」


 しかも、それは一人じゃなかった。色んな人が、訊いてくる。流れるように、嘘を返す。訊かれる。嘘を言う。訊かれる。また嘘を重ねる。


 次第にそれは鴉羽が耐えられる重量ストレスを超えていった。でも、今更本当のことも言えない。命に、関わる。信頼にも、……信頼にも、関わる───。


「私……っ……」


 ミズーリは口を開かず、ただ黙って鴉羽にシュシュをつけ直してあげていた。元々あったものと、小箱に入っていたもの、ふたつとも結い終わると櫛を机にそっと置いて、鴉羽の両手に自分の両手を椅子の背もたれ越しに乗せた。


 鴉羽の手から、微かな振動が伝わる。最初は頑張って打ち明けてくれていたが、今や全てが嗚咽になって声に出ている。


 俯いていて、どんな表情をしているのかは分からない。が、余程辛かったのだろう。随分長い間、耐えていたのだろう。ミズーリが彼女と、指を結い合うと────その温かさが糸切りばさみとなって、鴉羽の我慢と意固地の糸をプツリと切った。


 溢れ出る涙が頬を伝って、制服のスカートに、添えていたミズーリの両手に、一粒また一粒と落ちる。


「……大変だったね」


 曇る視界と、心の中に閉じこもっていく意識に、ミズーリの声がひたひたと響いた。


「辛かったね」

「……私、どうなっじゃうのかなってっ……」

「……うんうん。溜まっていたんだね」

「……ぃあっ……うぅ……」

「……我慢できなくなっちゃったんだね。……それでここに来たのね」


 もはや何を言っているのか、分からなくなるくらいに鴉羽は泣きじゃくっていた。それでも何故かミズーリには伝わっていて、優しく相槌をうちながら、鴉羽の手を温める。


「……今までよく頑張ったね」

「……んっ……ぐっ……」

 鬼の体温は、高い。それだけの血が、体を循環している。しかし鴉羽の手は冷たかった。


 泣きながら、ミズーリの手を握り返す鴉羽。

 そもそも普段、そんな姿を表には出さない。


 まず、矜恃プライドが許さない。


 でも、ミズーリの前なら。

 そう、ミズーリの前だったら。

 ───────素直になれる。

 素の自分を受け止めてくれる存在が、ここにいる。

 だから、素直になってもいいって、思う。


 ほかの鬼でもダメ。

 ほかのエルフでもダメ。

 ミズーリだから、いい。


「……相談しに来てくれて、ありがと。頑張ったね」

「……んーん。こっちこそ……ごめんなさい」

「謝ることないよ」

 ミズーリは鴉羽から自分の指を一本ずつはがし、座っている彼女のそばにやってきて、そっとしゃがんだ。それから。


「……!」


 鴉羽を、胸に抱き込んだ。一瞬驚いたものの、鴉羽も大きく抵抗することもなく、されるがままにポカーンと固まっている。


 今まで何度も何度も相談に乗ってもらっていた。ギャン泣きすることも多々あった。ミズーリの服を鼻水でいっぱいにしたこともあった。が、ここまで本気でハグされることは、記憶上なかった。だから、予想していた以上の宥め方に、鴉羽は固まっていた。


「お友達だからといってね。全部伝える必要はないのよ」


 そう優しく諭しながら、激昂で汗びっしょりになった彼女の背中をシャツ越しにさすってあげる。


 鴉羽の気持ちの昂りも、だいぶ収まっていた。

 小さな黒鬼の繊細で頑固で、乙女チックで強気な心の内を、(一つ年上とはいえ)同じく小さなハーフエルフは、誰よりも──それこそ黒鬼の親達よりも、知っていた。


「素直に言えばいいのに」

「でもそれじゃあっ……!」

「『危険だから教えられません』って言うの」

「……」


 ごもっともな意見。ズレた気遣いと、素直になれなくするプライドが、言われてみればアタリマエな答えを隠してしまっていた。


 単純明快な答えをミズーリに提示されて、さすがに恥ずかしくなって、鴉羽は「そりゃそうだけどさぁ……」と出もしない言い訳の冒頭をもごもごと呟きながら、赤くなった顔をミズーリの胸に埋めた。


 しばらくして、「暑苦しい」と文句を言い始める鴉羽。本心を知っていながらも「はいはい」と笑って彼女を解放して立ち上がるミズーリ。すると予想通り、鴉羽は物足りなそうな顔をしていた。


 鴉羽の「ハグが暑苦しい」は、「もっと欲しい」の意味だ。


「意地悪……わかってるくせに。ほんっとエルフは意地悪」

「ハーフエルフよ」

「どっちも一緒だい!」

「じゃあ赤鬼も黒鬼も同じ『鬼』ってことで……」

「それは許さん」


 不服そうな鴉羽。腕を組んで、ぷいっとそっぽを向く。

 最初のジト目に戻っている。角もいつの間にか消えている。気持ちが完全に落ち着いた証拠だ。

 だが、泣きに泣いた両目は真っ赤で、瞳が潤っていた。涙の筋も、せっかく整えたのに抱っこで擦れて崩れてしまった前髪もそのままである。


 家にやってきた時のめんどくさいモードに戻った鴉羽を見て、安堵した顔を浮かべるミズーリ。甘えてくれるのは、何かと嬉しいものである。


 自分をまだ求めている証拠だ。


 三兄妹の真ん中であるミズーリは、よく兄に甘やかしてもらっていたし、下の妹を甘やかすことは今でもある。


 だから、抱き抱えてくれる存在が親以外にいない──鴉羽の場合は親もやってくれないのだが──鴉羽には誰かの抱擁が必要だと、ミズーリも思っていたのだ。


 ただ、今までは結構暴れて、抱っこしようとするとタイミングの問題なのか反発を食らって来て(初期の頃は服で涙を拭いてあげると鼻水をつけてきたりもした。別にあまり気にしてはいない)、あまりチャンスは取れなかった。


 でも今回は、相当辛かったのか、反発もせずに、大人しく抱かれていた。疲れも溜まっていたのかもしれない。ミズーリも内心、ちょっと驚いていた。


 ほんと、頑張って打ち明けたんだね。


 心の中でそう囁きながら、ミズーリは鴉羽の頭を軽く撫でた。


「なによ」

「なんでもない。ふふっ。……それじゃお風呂、入ろっか」

「……ん、勝手にどうぞ」

「……」

「……一緒がいい」

「よく言えました♪」


 再度頭をなでなでするミズーリ。わーきゃー叫んで反抗する鴉羽。


「先に入ってて」と言われて、その通りにする鴉羽。シュシュを取って、全身を綺麗に洗い、お風呂につま先をぽちゃんと入れる。

「んっ。」

 なにかに気づいたようだ。

「今日はねー、鴉羽ちゃん用に熱めにしてあるんだー。それにほら」

 そういいながら、下着だけの状態になったミズーリは胸の前に入浴剤を掲げた。

「入浴剤は鴉羽ちゃん仕様のはちみつの湯〜♪はいどーぞ」

 それを見て、鴉羽は顔を緩め、水面に口元を埋めてぶくぶくと泡立てた。その口はありがとうと言っているようだった。

「……一緒に入ってから、れる」



 ポチャン。

 しゅわぁああ……。


 湯気でいっぱいの浴室に、水滴の滴る音と、炭酸の弾ける音が軽やかなデュエットを奏でる。


「これ、大丈夫なの?環境うんたらかんたら」

「ああー、それは大丈夫。土に還るから安心してー」


 お風呂の中に入る時は、基本的にミズーリが鴉羽を後ろからハグするような姿勢になっている。ミズーリが浴槽によっかかり、鴉羽がミズーリによっかかる。

 鴉羽の注文だ。最近やっと、これが欲しかったんだなとミズーリは気づいた。


 この姿勢じゃないと、鴉羽は二三分で出ていく。この姿勢なら、ミズーリが出るまで出ない。


「ふーん……まあ、ミズーリがいいならいいケド」

「……なにか言いたそうねー」

「……ん」

「言ってごらん」


 ポチャン……。

 しゅわぁああ……。

 ポチョン……。

 しゅわ……。


「ミズーリ……」

「ん?なぁに?」


 ────ざばっ。


 突然、鴉羽は立ち上がった。それからミズーリの方を向くと、一瞬躊躇って、その両手を掴んだ。


「ミズーリの所まで来るのは、なんの苦でもない。……遊びに来ることだってあるでしょ」

「……」


『もう、素直じゃないんだから……何も無いのにこんな遠くまで来ないでしょ』

 何時間か前にミズーリにそう言われて、鴉羽はちょっと心を詰まらせていたのだ。ミズーリもようやく鴉羽の真意を掴んで、「あ〜なるほど」と心の中で頷いた。


「だからあんなこと言わないで……素直じゃないミズーリ、

「ごめんなさい」

 頭をこてんと傾けるミズーリ。

 素直じゃない鴉羽に素直じゃないって言われちゃった。


「……あと」

「……?」

「これからは……ミズーリのこと」

「……」

「お姉ちゃんって、呼んでも……いい?」

「……!」

「その。ずっとずっと言いたかったけど。言えなかったから……別に嫌なら」

「いいよ」

「え」

「好きなように呼んでいいよー?……鴉羽ちゃん」


 そう言って笑顔を浮かべるミズーリ。

「……!!」

 なんの感情も混じることなく、鴉羽は嬉しかった。

 やっと。やっと言えた。


 やっと、ちょっとは素直になれた。かな。

 これからは、気兼ねなく、お姉ちゃんって呼べる。

 長女じゃない。

 私には立派な、お姉ちゃんがいるんだ。


 鴉羽は、素直に笑い返した。その顔は、ほんのり赤くて、心做しか少し恥じらう乙女の様相を見せていた。


 それから、ゆっくりとしゃがんで、ミズーリの体に……自分の体をぺたっとくっつけた。

「鴉羽……ちゃん?」

 さすがにここまで積極的になるとは思っていなかったのか、ミズーリはちょっと困った顔をした。


「……お姉ちゃん」

「……なぁに?」

「……お湯」

「おゆ?」

「……お湯……暑すぎ……る」

「鴉羽ちゃん!?」


 突然身を寄せてきたと思えば単純にのぼせていた鴉羽。それを見てふふっと笑いながらミズーリは、その年齢の割に、そして強気の性格の割に小さな鴉羽の体を抱えて、お風呂から上がった。


 体をゆっくりと冷やしてあげて、自分のベッドに鴉羽を乗せたミズーリ。


「もう、最初っから言ってくれれば温度調節したのに────……素直じゃないんだから」


 素直じゃない鴉羽もミズーリは大歓迎なことを。


 鴉羽が来る日を予想してあれこれ準備をしておくのは、意外と楽しいということを。


 彼女が鴉羽の寝顔を、ちょっとした幸せを見つけたような顔をして、眠るまで横で見つめていたことを───。


 鴉羽は知らない。












































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