たったひとつの間違いを

相川秋葉

第1話

たったひとつの間違いを



「……もしもし?誰ですか?」


「あーもしもし?お父さん?元気にしてた?」


「おお、お前か。携帯電話からかけてきたのか?元気だよ、お父さんはばりばり仕事をしてる。母さんは近頃どうだい?」


「そう。試しに電話してみようと思って、お父さんにかけたんだけど、携帯に掛けても出ないじゃない?だから、まえ教えてくれたくれた固定電話のほうにかけてみたの。出てくれてよかった。お母さんのほうは、ん〜、そうだね、ぼちぼちかな。でもやっぱり父さんが居ないと寂しそう。年もとったしね」


「おお、そうか。……それでお前のほうはどうなんだ?勉強は頑張ってるんだろうな」


「えー…………が、頑張ってるよ」


「おいおい、もうすぐ受験生だろ?そんな調子で大丈夫なのか?」


「……?お父さん、私受験はまだまだだよ。このまえ高校入ったばかりじゃない。まだそんな長い時間離れたわけじゃないんだから、娘のことくらいちゃんと覚えておいてよ」


「悪い悪い。えーと、いくつになったんだったかな………誕生日は来月だったっけ?」


「もう!大事なひとり娘の誕生日もろくに覚えられないなんて…………私は再来月が誕生日だよ、再来月で16」


「あーそうだったか。……そんなに怒らなくても良いじゃないか。お前も母さんに似てきたなあ。女はみんなそうやってぷりぷり怒るんだから」


「ほんとお父さんってデリカシーないよね…………たまにはお父さんのほうから電話してね」


「ごめんな、仕事が忙しくて……」


「言い訳はいいから! ……そういえばお父さん、そっちで出会いはあった?」


「出会い……?私は不倫なんてしてないぞ!?昔からずっと、母さん一筋だ」


「ごめんごめん。そっか。それ、お母さんにもこんど伝えてね。きっと喜ぶと思うから」


「そうだな。というか、母さんはいないのか」


「うん。私が内緒でかけてる。じゃあ、お仕事頑張ってね」


「うん。めぐみも頑張れよ。応援してる。」


「……お父さん?私の名前、佳奈だけど……」


「え?」


「え?」


「え、ええ……???」


「お父さん、やっぱり……」


「ふ、不倫なんてしていない!私は、」


「嘘ばっかり。なんか怪しいと思ったらやっぱりか……」


「いやいやいやいや、そんなことはないぞ。誓って言う」


「ほんとのこと、言って」


「す、済まない……私は実は、スナックのママと……これは母さんには内密にしてくれ!!!」


「やっぱりね。あと、お母さんにはちゃんと言うよ。こんど会うのが楽しみだね」


「そ、そんなあ……いや、待ってくれ。やっぱり私の娘はめぐみだ。カナじゃないぞ」


「ええええ???なにを言って……」

「待って、えっ……あっ……あの……」


「どうしたんだ。お前は誰なんだ?なんなんだお前は」


「………………………………………………………………………………あの…………えっと、……………………あー…………………………………………ほ、ほんっとうにごめんなさい、間違い電話でした……」


「……………………………………は?」


「ごめんなさい……では」


「…………いやいやいやいや、ちょっと待ってくれ!」


「本当に、本当に、ごめんなさい…………」


「私のほうこそ、すまなかった。あと、私が言ったことは全て忘れてくれ」


「不倫、してらっしゃるんですね」


「……っ!忘れてくれ!!」


「ふふふっ。あの、間違い電話、本当に申し訳ありませんでした。もうしないように致しますので……」


「……待ってくれ」


「えっ?」


「たまになら、かけてきてくれてもいい。いや、かけてくれないか?」


「ど、どうしてですか……?」


「私は、長いこと家族と話せていない。娘と会話したのも、もう何年前のことか……だから、今日かかってきて嬉しかったんだ。まあ、間違い電話だった訳だが。それでも、いいんだ。他人と話すのが、こんなに良いことだというのを長いこと忘れていた。思い出させてくれて、ありがとう。そして、また君と話してみたいんだ、構わないかな?」


「恥ずかしすぎるので、無理です。ごめんなさい」


「そんな……私は……」


「2号さんとおしゃべりしててください。それじゃあ」


「ま、待ってくれ……」


「ああ、切れてしまった……」


「不倫相手にも、この前振られてしまったのに……………………私はどうすれば…………」


チャイムが鳴った。

郵便配達だった。


「おお、これは家からの……!手紙だろうか?」


「な、なんだこれは……」


届いたそれは、離婚届だった。


男は、声を上げずに泣いた。

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