馬鹿か煙

モリアミ

馬鹿か煙

「あのー、竹内さん?」

 目の前の男は僕の呼びかけを無視して、ツカツカと進んで行く。この場所と僕達の余りにもミスマッチな様相を気にする素振りは全く無い。僕はさっき、受付のおばちゃんが目を白黒させながらこっちを見てくるもんだから、顔から火が出る思いだってのに。

「佐々木さんは、高いとこ平気ですか?」

「はぁ、まぁ」

 唐突な問いかけに曖昧な返事をしてしまった。竹内さんは僕の返事を聞いて、いつの間にか目の前まで来ていた観覧車、その係員に近付いて行く。

「大人2人」

「はい、大人2人ね」

 竹内さんはそのまま流れる様にゴンドラに乗り込んだ。僕も仕方なしに、慌ててゴンドラに乗る。その衝撃で揺れる度に軋む音がする。寂れた遊園地にお似合いの、錆びが浮き塗装の剥げかかった観覧車だった。


 竹内さんは隣に置いた荷物を肘置きにして、黙って外を眺めている。少し不謹慎だが注意もし辛い、ここは至って気まずい空間だった。竹内さんは気にしてないようだが。だいたい、昨日今日知り合ったばかりの、全く親しくない成人男性が、2人で乗る様なものでは無い。気まずいのは当たり前だ。

「佐々木さんはここへは?」

 竹内さんは外を見たままだ。話し掛けるときくらいこっちを向いてほしいものだ。

「初めて来ましたよ、私はここらの生まれじゃ無いですし、息子は去年生まれたばかりで、遊園地なんてまだ」

「今年で閉園らしいですよ、ここ」

「は?」

「受け付けのポスターに、そう書いて有りました」

「いやー、それは残念だなぁ」

 竹内さんときたら、愛想笑いの一つも無い。まぁ確かに、ゴンドラから見回す限り、動いてるアトラクションは無い。もしかしたら、今日のお客は僕達だけなのかも。そりゃ潰れもする、むしろ、よく今まで持ったという感じだろう。もともと、この町の規模で遊園地って無理があるんだろう。バブルの時代の遺物、家の奥さんのお父さんの話だと、町出身の大物政治家のおかげらしい。確かに1万人ちょっとの人口に対して、色々と箱物は多いとは感じる。もっとも、維持費が無いのかどれも閉まるの待ちらしいけど。

「小さな頃に何度か」

 親戚の方の話に寄れば、竹内さんは10代の頃に町を出て行ってから30年弱、1度も帰って無かったらしい。何でも、父親ってのがひどい奴で、母親が若くに過労で亡くなり、愛想を尽かして出て行ったと。なもんで、親戚の方々は竹内さんを見てびっくりした様子も有った。

「親父に連れて来て貰って」

「お父様に?」

 なるほどというのと、以外だというのが半々だった。遊園地に来て観覧車に乗る理由が多少なりとも有ったということか。それでも、親戚の方の話や竹内さんの様子を見ていて、そんな感傷に浸る感じとは思わなかった。

「ひどい奴でしたよ、佐々木さんも家の親戚達が話してるの聞こえたんじゃ無いですか? タバコは四六時中、酒を飲んでは酔って暴れる、金が有ればパチンコ、好き勝手に家を空けて浮気もしてたらしい。母さんがなんで結婚したのか、今でも分かりませんよ。佐々木さんはパチンコは?」

「いやー、私はギャンブルは全く」

「俺もやりませんよ、小さい頃だけです、やったのは」

「小さい頃に?」

「俺が小さい頃はまだ、パチンコ屋に子連れで入っても何も言われ無かった。それで、親父が俺の面倒を見なきゃ無いときは良く連れて来られました」

「そういえば、そうでしたっけ、そんな気がします」

 適当に返事をしたが、イマイチ覚えて無い。家の家族は誰もギャンブルに興味が無かったから、そう言われればそうだった気もするが。

「トイレとかで親父が台を立つときなんか、取り敢えず押さえてろとか、光ったらあーしろこーしろって。多分、何回か大当たり引いたんじゃ無いかな」

「へー、判るもんですか? 子どもながらに」

「勝てばお菓子貰えましたから、お前が座ってると良く当たるって言われましたよ。それで、大当たりのときは帰りにここに来れるんです」

「ここに?」

「何でも好きなの1つ乗って良いって、ただ、当時はまだ小学校に上がる前で殆ど乗れ無いし、疲れたり動きの激しいのは親父も嫌がりました。観覧車なら親父も乗ってくれるし、俺も高いとこが好きでしたから」

「お父様は、他のアトラクションだと一緒に乗らないんですか?」

「昔は灰皿付いてましたから、このゴンドラ」

 竹内さんは隣に置いた荷物に肘を置いたまま、ポンポンと手で叩いた。その後は、口を閉じてまたゴンドラから外を眺めていたが、頂点に着いたときポツリと呟きを漏らした。

「良い思い出なんて、ほとんど無いですから」

 何と言ったものか分からない、気の利いた言葉を探してタイミングを逸したのでそこからはまた、無言の時間となった。ゴンドラが頂点から半分位降りた辺りで、竹内さんが視線を移したので、僕は今だとばかりな声を掛ける。

「何か変わったものでも有りました?」

「ここの入場口、天井有ったでしょ、あれ結構低いですよね」

「そうでしたっけ?」

 入場口の方を見てみたが、ゴンドラに乗ったままだと角度がついて良く分からない。そんなに低かった思い出せないし。

「1度、親父が肩車したまま出ようとして、梁に頭をぶつけたんですよ。結構な勢いで、生え際の辺りが切れてかなり血が出ました」

「それはまた、災難ですね」

「対して良い思い出じゃ無かったな、近くのパチンコ屋でも行きますか?」

 その提案はゾッとしない。確かに、1度位入ってみたいけど、さすがに今は、ちょっと。

「いやー、勘弁して下さい。私はまだ仕事中ですし、竹内さんにしたってそんな格好のままあちこち出歩くのは」

「まずいですか?」

 竹内さんはゴンドラに乗ってから初めてこっちを見て応える。そして、それに何と言ったらいいか。

「まずいということでは無いですが、私も火葬場から直で遊園地に来たのは、その上パチンコ屋にも、長いこと葬儀の仕事をしてますが、こんなことは初めてでして。小さな町何で、信用とか評判とかも有りまして、あのう、はい」


 ゴンドラは随分低い所まで降りて来たってのに、目の前の家のガキときたら、椅子の上で窓に張り付いたまんまだ。

「コレの何がそんなに楽しいのかねー、まぁゆっくり一服出来るのは有り難いが」

 全く何がそこまで夢中にさせるのか、窓の外も対した景色なんかありゃしないのに。

「馬鹿と煙はって言うけどなぁ、ホラホラ、降りて靴はけ、もう終わりだ」

「もういっかい、もういっかいのりたい」

「ダメだ、1つったら1つ1回だ、ほら靴はけ」

 家のお坊ちゃんときたら、以下にも渋々と言った感じだ。

「なーに、次も大当たり引いてくれりゃまた連れて来てやる。お前が座ってると確変ななりやすいからな。ほら急げ急げ、観覧車はなぁ、降りるときも止まんねぇんだぞ。そんなに高いとこが好きなら、肩車してやる」

 下がりながらノロノロっと扉が開いたんで、ゴンドラが下に着く前に跳び出す。係の男がちょっと離れたところで喚いてるのが見えたが、まぁ気にすることじゃ無い。

「お前は向こう向け、動くなよ、降ろしてやる」

 フニャっと気を付けしたガキの両脇に手を入れて、抱え上げてそのまま肩に乗せる。

「ちょっと、あんた、危ないだろ、勝手に乗り降りするんじゃ無い」

 全く、仕事をする人間ってのはうるさくてかなわない。

「誰も怪我してねーんだ、かたいこと言うなよ、な」

 どうせすぐ帰る、あの係だって追ってはこれーんだ、何も問題無いね。折角、久々に儲けたってのに、アレコレ煩く言われたんじゃ気分が悪い。

「今日のこと、母ちゃんには内緒だぞ、バレたら明日の軍資金が無くなるからな」

「ぐんしきん?」

「金だ、金、とにかく黙ってろ、良いな」

「うん」

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