第2章
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今からちょうど十四年と十一ヶ月前の冬の夜に、ぼくの住んでいた町で火事があった。そしてその火事で木造二階建ての民家一棟が全焼した。出火の原因は老朽化したケーブルからの漏電によるものということだった。おそらくそれが原因だろうという風に新聞には書かれていた。
その家の持ち主にとって無論それは不幸な出来事だったのだけど、幸いにも——もちろん一概には言い切れないが、でもやっぱりそれは幸いだろう——その時その家の住人は旅行中で、火災による死傷者はゼロだった。
その日はクリスマスの二日前で、ぼくの誕生日の二日前でもあった。長い長い二学期をようやく終えて、冬休みに入ったばかりの頃だ。そしてその日の夜、勇一郎とぼくは初めて出会った。
その夜、どこからか聞こえてくる消防車のサイレンの音につられて、ぼくは自分の部屋の窓を開けた。開けてみると、家からそれほど遠くない場所の空が、紅く染まっているのが見えた。不謹慎だとは思ったけれど、ぼくはどうしても火事の現場というものを一度見てみたくて、ダウンジャケットを着てすぐにその場所にまで自転車を走らせた。その途中二台の消防車と一台の救急車がけたたましくサイレンの音を鳴らしながら、自転車に乗ったぼくを追い越していった。
現場前にたどり着くと、そこはもう既にぼくと同じ不謹慎な人たちであふれかえっていた。そのことにぼくはほっとしながら少しだけ引き返して、燃えている家から百メートルほど離れた空き家前のブロック塀の上に立ち、電柱に片手をつきながら火事のようすを眺めた。ぼくの他にも何人かが空き家前で火事を見学していて、ぼくと同じようにブロック塀の上に立っている人の姿も一人だけ見えた。その空き家前はちょっとした見学スポットのようになっていた。その場所から燃えている家まではなだらかな下り坂になっていて、見通しがよかったからだ。
燃えている家の周りには確認できるだけでも、三台の消防車と一台の救急車が、赤い回転灯を回したまま停まっていた。家はまさに燃えている真っ最中で、建物の燃える激しく乾いた音が、ぼくたちのいる場所にまで微かに届いてきていた。巨大なオレンジ色の火柱が家全体をすっぽりと包み込み、大量の煙を吐きだしながら、夜空をゆらゆらと揺らめかせていた。
その下では銀色に黄色いラインの入った防火服を着て、つばのぐるりとついたヘルメットをかぶり、背中に酸素ボンベを背負い、マスクを首にぶら下げたまま放水銃を持った男が三人、何ごとかを懸命に怒鳴りながら、炎に向かって放水しているのが見えた。彼等三人の姿は、ちょうど絶対に勝ち目のない怪物に戦いを挑んでいる、勇敢な兵士のように見えた。そしてその後ろでは同じ格好をした男が二人、やっぱり懸命に怒鳴り声を上げながら、大勢の野次馬たちを押し戻している姿が見えた。その夜は風がほとんどなく、その家は周りの家と少し離れた場所に建っていたということもあり、火が他の場所に燃え移る心配はなさそうだったけれど、それをいいことに、まるで意思でも持っているかのように、炎はその家だけを容赦なく燃やし続け、乾いた冬の空を紅く染め続けていた。
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