08 狂った愛



 人を愛する事は、幸せな事ばかりではない。


 だから貴方達はどうか間違えないでほしい。


 私達の様にはならないでほしい。


 私達三人は間違えてしまった。


 誰かを愛する心で、人を傷つけてしまった。





 学校に新しい先生がやってきた。


 腰を痛めた担任教師の代わりだ。


 一か月ほど仕事を休むかわりに、別の先生がやってきて、勉強を教えてくるらしい。


 その人が、私達に色々な授業を教えてくれる予定になっている。


 どんな人がやってくるんだろう。


 私達はあれこれ想像しながらその日を待った。


「今日から君達の担任になるミズキです、よろしくね」


 やってきたのは綺麗な女性の先生だった。


 とても気さくで親しみやすい人だから、皆に大人気だ。


 特に人気なのは女の子達から。


 ミズキ先生は先生なのに、色々な恋愛漫画やゲームを教えてくれるから、すごく話していて楽しい。


 友達みたいに接することができた。


 でも不思議な事があったんだ。


 前に先生が落とした手帳を拾ったんだけど、その手帳はすごくボロボロだったんだ。


 今年の年月が書かれていたのに。


 紙の色は薄茶色になっていたし、折れたり曲がったりしてよれよれになってた。


 先生は、色んなものを持ってるけど、みんな新品みたいに綺麗だったのに。


 なのに、その手帳だけボロボロだったから、変だなって思ったんだ。







 そんな先生は、ある日とある恋愛小説の話をしてきた。


 ちょうどその時、私は恋愛について悩んでいたから、そのアドバイスもかねてだったのだろう。


 友人と同じ人を好きになってしまったから、どうしていいのか分からないのだ。


 私は恋を叶えたい。


 でも、友人も同じ人を好きになっていた。


 応援したいと思う気持ちと邪魔したいと思う気持ちが半々に分かれている。


 頭を悩ませる三角関係がもどかしかった。


 そんな私に、ミズキ先生は恋愛の物語を教えてくれた。


 けれどそれは、他人事だとは思えない内容だった。


「その小説の登場人物、私と似てる」

「ええ、そうね。驚くくらい。だから放っておけなかったの」


 その物語に出てくるのは、運動が好きな活発な女の子と大人しくて物静かな女の子、そしてびっくりするくらい頭のいい男の子だ。


 主人公の女の子は、運動好きの少女の方。


 頭のいいその男の子が好きで、告白しようとするんだけど、ある日を境に悩んでしまう。


 なぜなら親友であるおとなしい女の子も、同じ男の子を好きだったから。


 初めは二人で正々堂々勝負しようと思ったけど、主人公はそうしなかった。


 男の子は、絶対に物静かな女の子の方が好きだと思ったから。


 だから、真っ向勝負をしたら負けると思ったのだろう。


 主人公は次第に、親友に嫌がらせをするようになっていった。


 そのかいあって、男の子と付き合うことができたけど、そこに愛はなかったみたい。


 男の子は女の子を利用して、自分の都合のいいように動かした。


 お金をまきあげたり、物を買わせたり、悪事を働かせたりしたんだ。


 どうしてそんなひどい事ができるんだろうと思ったけど、それには理由があった。


 男の子は真実を知っていたからだった。


 主人公がやっていた事をしった男の子は、自分の恋が敵わなかった復讐をしていたのだ。


 物静かな女の子と、一緒になりたかったのにって。


 そうとも知らずに、運動好きの主人公はずっと男の子とつきあっていた。


 お金をまきあげられたり、物を買わされたり、悪事に手を染めてしまっても、幸せだと感じていたのだ。







 そこまで聞いた私は、なんだか恋をすることが怖くなってしまった。


 人を思う気持ちが、こんなにも恐ろしい状況を作り上げてしまうなんて思いもしなかった。


 でも、考えてみると少し納得できる部分もあった。


 私の中にも、親友の幸せを願わない気持ちがあったから。


「恋をすると、相手に憎まれてる事にも気づかないくらい夢中になっちゃうのかな」

「恋は盲目って言葉があるくらいだもの。絶対にありえない、なんて事はないんじゃないかしら」


 一緒にいるのに、全然違う気持ちを抱いているなんて、なんかすごく悲しい。


 私はそんな恋はしたくはないな。


「先生の話、参考になったかしら?」

「まだよく分かんない。でも、ありがとう先生、私よく考えてみるね」


 とりあえず、冷静になって考えてみようかな。


 親友の事とか、相手の事とか。


 口が堅い人を選んで、もうちょっと誰かに相談してみるのもいいかも。


 なんとなくだけど、今のもやもやした気持ちのまま恋愛したって、きっといい感じになならないだろうし。


 歩き出したらその矢先に、誰かに声をかけられた。


「あっ、ちょうどいい所に。良かったらこれもらってくれない?」


 同じ学校に通っている、先輩だ。


 先輩は手帳を一つ私に向かって差し出してきた。


 あれ、この手帳どこかで見たような。


「近所の福引で文房具のセットがあたったんだけど、使わないから色々配ってたんだよね。これしか残ってないけどいる?」

「あ、うん。ありがとう」


 ただなら別にもらっちゃえばいいかな。


 そう思って受け取った手帳はやっぱり、どこかで見覚えがあった。


 あっ。


 先生のだ。


 ミズキ先生が持っていた手帳にそっくりだった。


 先生もしかして、近所の文房具屋でこれと同じ物を買ったのかな。


「って、これ手帳じゃないじゃん」


 けれど、中身をパラパラめくってみたら、それが予想とは違うものだった事に驚いた。


 交換日記だ。


「だったら、あの子と一緒に使ってみようかな」


 私の頭に浮かんだのは親友の顔。


 これを機会に、腹を割って話してみるのもありかもしれない。


 それなら、良い機会に良い物をもらっちゃったかも。






 生徒が去っていくのを見て、私は一息つく。


 なれない嘘はつく者じゃないなと思った。


 恋愛物語、だなんて。


 あれは全部本当の事なのに。


 それも、自分の。


 私は過去、同じ相手を好きになった親友を邪魔したし、好きになった男の子と一緒になった。


 そして、憎まれていた事にも気づかず、親友を犠牲にしたことも忘れて幸せな日々を送っていた。


 親友を出し抜いた事、罪悪感を抱えていたのだろう。


 私の心は壊れてしまって、親友の存在を記憶から消してしまっていた?


『私にそんな友達なんていなかったわよ。何を言ってるの』


『だから、あなたが怒るのはおかしいわ』


『私達は、最初から相思相愛だったじゃない。二人であなたを取り合った? そんな事してないわよ』


 付き合って、色々あって、互いの腹の中にあった物をぶちまけた後、私の中のゆがみは明らかになった。


 その時、仇だ、復讐だといって怒っていた彼の顔が、青ざめていくのを見た。


『まさか、本気で忘れたって言うのか? 言葉の綾とかじゃなくて?』


 それが記憶に新しい光景だ。


 親友を裏切ってしまった罪悪感で狂ってしまった私は、自分の記憶をねじまげて彼と接してきた。


 彼が怒って指摘しなかったら、おそらくはずっと忘れたままだっただろう。


 だから私は同じ思いをしてほしくないのだ。


 さきほどまで目の前にいた彼女には。


『これじゃあ、復讐できない! 復讐したって意味がないじゃないか。自覚がないんじゃだめなんだ!』


 頭を抱えた彼は、私の目の前で命を絶った。


 好きな人と一緒になる事もできない、復讐もかなわない現実に絶望して。


 それでも、私の記憶を少しでも呼び起せるようにと思いなおしたのだろう。


 血まみれになりながらも、私の記憶にない人間の事を饒舌に語る男の姿は、壮絶だった。


 文字通り命を削って喋る彼の様子には、鬼気迫るものがあった。


 私は手当てをしようとするけれど、そのたびに彼は、こちらの手をはねのける。


 だから、その時の彼が述べた、物静かな女の子の話は今でも鮮明に思い出せた。


 彼は、最後まで私に復讐だけをして、狂ったような怨嗟の言葉を残しながら去っていった。


 そこに愛は、みじんもなかった。


 その一点だけは、ある意味おそろいだったのかもしれない。


 私達は、狂っていたから。


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