07 お城



 手作りのお城。


 小さな小さなお城。


 はるか昔に、お城にあこがれた子供が作った、陶器の模型。


 それは、ある日奇跡的に発掘され、とある美術館に展示されることになった。






 博物館に小さな子供の幽霊が出る。


 それを知っているのはそこに勤めている館長の男性だけだ。


 深夜0時になると、陶器の模型があった場所にお城の幻が現れる。


 それは発掘された陶器のお城とよく似ていた。


 普通の人間がそんなものを見たら驚くだろう。


 だから館長は、その時間は自分が見回りするようにしていた。


「やあ、今夜もまた出てきたんだね」


 館長は毎晩、そのお城の近くにいる少年に声をかける。


 少年は幽霊で、はるか昔に命を落とした人間だった。


 けれど、未練があったため成仏できずにいた。


 館長はそんな少年を哀れに思い、相手をすることにしたのだった。


「おじさん、まだあれは発見されてないの?」


 深夜に出現するその少年は、最初に決まってそう質問する。


 それがとても大切な事だとでも言うように。


「今日も見つかってないの? 本当に?」


 尋ねる物の正体はかんざし。


 少年は、とあるかんざしが発掘されるのを待っていた。


「お城の模型の近くに埋まってるはずなんだけどな」


 心待ちにする少年に、館長は穏やかな声で語りかける。


「いま、発掘チームが頑張ってお仕事してるから、きっと近いうちに発見されるよ」

「そうだといいんだけど。でもあそこにいた人たち喧嘩してたよ。発見したのは自分のはずだって」

「申し訳ないよ。世の中には名誉や名声が一番大事だという人もいてね。でも、そんな人たちばかりじゃないから、信じて待っていてほしい」


 男の子には会いたい女の子がいた。


 その子の魂は、かんざしに宿っているらしい。


 陶器のお城に宿っていた男の子のように。


 だから、その品物が発掘されるのを待っていた。


「それまでは、君の話をおじさんに聞かせてくれないかい? 夜の見回りは退屈だからね」

「いいよ」





 ずっと昔の日本のどこか。


 賑やかな町に小さな男の子がいた。


 男の子は、焼き物を作る父親の手伝いをしたり、近所の子供と遊んだりして日々を過ごしていた。


 そんな中、どこかから抜け出してきた女の子と出会う。


 女の子は、どこかの偉い家の子供だったけれど、好奇心が人一倍強かった。


 だから、自分の身分とは違う者達に興味を示していた。


 そんな女の子と出会った男の子も、違う世界に住んでいる女の子に興味を示して、色々な事を教えていった。


 仲良くなった二人は、「いつまでも一緒に遊びたい」と願うけれど、そうはいかなかった。


 女の子が病に倒れたため、会う事ができなくなったのだ。


 だから二人は、最後にした約束を思い出しながら、それぞれの家で模型のお城とかんざしを眺めていた。


「いつか大人になったら」

「二人でずっといられるところへ、一緒に行こうね」






 館長はそうして、深夜になるたびに男の子の話し相手になってあげていた。


 そしてぞれが半年ほど繰り返された後、かんざしが発見されたのだった。


「もうすぐこの美術館にやってくるよ。これで君も大好きな子に会えるさ。よかったね」

「ありがとうおじさん。でもどうしてこんなに親切にしてくれるの? 僕は幽霊なのに」

「それはねぇ」


 不思議がる男の子に館長は語った。


 かつての自分に、少年と同じ年頃の息子がいたこと。


 模型遊びが好きだったけれど、仕事ばかりを相手にしていたため、それ以外何も知らなかったこと。


 そうこうしているうちに、病気で息子がこの世を去ってしまったことを。


「だからきっと罪滅ぼしがしたいのかも知れないね」


 館長は寂しそうにそう言って男の子の頭を撫でた。


「大丈夫、何があっても必ずかんざしはこの美術館に飾ってもらうようにするから。おじさんはこれでも顔が広いからね」


 男の子はなぜか、言い表しようのない不安に襲われていた。






 数日後、いつもの時間に出現した男の子は待ちぼうけをくらっていた。


 今までやってきた館長が来なくなってしまったからだ。


「おじさんどうしたんだろう。お昼は普通に仕事してるのかな」


 男の子は心配になったが、他の時間には現れることができないので、理由を確かめようがなかった。


 ひとりぼっちの夜。


 そんな寂しい時間が三十回ほど続いた。


 けれどある時、とうとう終わりがやってきた。


「やっと会えたね」


 美術館に探し求めていたかんざしが展示されるようになったからだ。


 女の子と再会できた男の子はとても喜んだ。


 けれど。


「そうだ、おじさんの事を知らない? ここの館長さんで、とっても親切にしてくれたから、お礼を言いたいんだけど」


 もたらされた情報は良いものではなかった。


「あのね。気をしっかり持って聞いてね。そのおじさんならもう生きてないと思うわ」


 女の子は、名誉や名声を大事にしている者達に意地悪されて、命を落としてしまったと伝えた。


 遺跡の発掘に携わった人達の一部が、「自分達がひいきしている美術館にかんざしを飾ろう」と考えていたところで、館長が反対したためだった。


 館長が反対していた美術館はさまざまな問題をかかえている所で、お客を集められそうな品物を見つけては、持ち主をだましたりして無理やり集めている所だという。


 館長は彼らの悪行を証拠に残し、しかるべき場所に提出する事ができたが、世間に出る前にこの世から消されてしまった。


 亡骸は人のあまり通らない森の土の中から発見される事となった。


 その話を聞いた男の子は決心した。


「二人で一緒にいられる場所には、今すぐ行きたいけど、やらなくちゃいけないことがあるんだ。ごめん」

「大丈夫、全部分かってるから」


 お城に住むような、身分の違う女の子の存在は、男の子にとっては遠いものだった。


 手を伸ばしても届かない。


 普通の庶民だった男の子は、本来なら一緒にはいられなかった。


 だから互いの大切な物に約束をして、遠くへ行ける日を待ち望んでいたけれども。


 女の子は病で、男の子は事故で亡くなってしまった。


 互いに成仏する選択肢はあった。


 しかし、互いの思いを信じていた二人は、この世で再会の時を待ち続ける事にしたのだった。


 それが叶った今、この世にとどまる理由はなかった。


「やり残したことがまだあるみたいだ」


 たった一つをのぞいて。


 寂しくなった美術館に、一人の老婦人がやってきた。






 とある発掘場所。


 偉い人達にお金を渡して、牢屋から戻ってきた者達がいた。


 その人物達は、自分を貶めた男に対して悪態をついている。


「あいつが余計な事をしなければ、こんな事にはならなかったのに」

「死んだとしても忌々しいやつだ。いっそ美術館をつぶしてしまおうか」

「そうだな。裏から手を回して嫌がらせしよう」


 しかし、そんな彼等は驚く事になる。


 なぜなら、発掘場所の土が盛り上がって、埋まっていた者が浮き上がり始めたからだ。


「うわああああ!」


 埋まっていた品物のかけらが、尖った部分を向けて慌てる者たちへ襲い掛かる。


「ひいっ!」


 それらは寸前で止まったが、気の弱い一人がそれで気を失った。


「一体何が起きてるんだ!」

「まさか、あいつの祟りか!」


 気絶して倒れた人物を放って逃げ出す残りの人物は、しかしすぐに足を止めなければならなかった。


 なぜなら、土がせりあがって、周囲を覆うような壁になっていたからだ。


 閉じ込めた者達は、土の壁を壊そうと叩く。


 しかし、その壁は土でできたとは思えない強度だった。


 迫りくる土の壁に挟まれた者達は、悲鳴を上げることもできずに、意識を落としていった。


「終わったかな」

「さすがにこれなら、もう悪さしないと思うわ」


 その超常現象がやんだあと、様子を見るためにやってきた男の子と女の子は、互いの顔を見合わせて頷く。


 とたんに土の壁が崩れていくが、まだ起き上がれるものがいた。


「ちくしょう、なんでこんな目に」


 その人物は、顔を歪めて立ち上がり、倒れている者を放って逃げ始めた。


 男の子と女の子は再び、おどかそうとするけれど……。


『私を殺しておいて、逃げるなんてひどいじゃないか』


 逃げていく者の耳に、そんな声が届いた。


 それは、男の子が世話になった館長の声だった。


「まっ、まさか本当にあいつが! やっ、やめてくれええええ! 俺は助けてくれ! 反省してるんだ!」


 逃げていた足を止め、頭を抱え出したその人物は、直後に響いた大きな音で気絶して倒れてしまった。


 その場に、録音機とクラッカーを持った老婦人がやってくる。


「夫を、人を一人殺しておいて、よくそんな事が言えますね」


 その人は、あの館長の奥さんだった。


 数日前に、男の子のいる美術館にやってきた老婦人は、夫の無念を晴らすためにと。模型とかんざしをこの場所へ持って来たのだった。


「ありがとうおばさん、これで心置きなく成仏できるよ」

「私達の大切な物をよろしくね」


 二人は老婦人に感謝の言葉を伝えて、今度こそこの世を去った。


「こちらこそありがとう。もし向こうで夫と息子に会ったなら、仲良くしてあげてくださいね」 


 幽霊と一人の老婦人にやり返された者達は、それ以降人が変わったように大人しい性格になっていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る