06 アンと廃墟
ボロボロになった廃墟。
その中の一つに、犬がいた。
犬は野生の犬で、人と関わる事なく生きていた。
小動物を狩り、木の実を食べながら生きてきたその犬は、ある日見つけた廃墟に住み着く。
その建物の中は、窓が割れていて、家具などはまったくない。
人間ならば間違いなく住みにくい環境だと言えたが、野生の犬には問題がなかった。
むしろ、雨風がしのげて、他の動物の脅威も防ぐ事ができるため、とても良い場所だった。
そんな拠点に住み着いた犬は、食べ物を拠点に蓄えて厳しい自然の中を生き抜いてきた。
その日もそうだった。
どこかの登山客が落とした、良い匂いのする袋を見つけた犬は、それを持ち帰った。
しかし拠点の中、するどい牙で袋を引き裂いた犬は、発見する。
「おぎゃあ、おぎゃあ!」
泣き声を上げる、小さな命を。
犬はその動物を、どうするか迷った。
今まで見たことのない生き物だったからだ。
狩りの対象としている、毛皮をきた動物でもない、遠くに時々見かける服をまとった二足で移動する人間でもない。
毛皮もなく肌はつるつる、四足で動くどころか自力で移動する事もできない。
これほど脆弱な生き物は初めて見た。
だから、犬は試した。
その動物が自分にとって敵かどうかを。
唸り声をあげて威嚇する犬。
それに対して相手は、笑い声をあげた。
だから犬は、味方だと判断し、その生き物を保護する事にした。
幸いにもその犬はメスだった。
だから本能が導くまま接すれば、その小さな命を育てる事が出来た。
毛皮もなくか弱い皮膚のその命は、母犬に見守られながら、ゆっくり成長していく。
やがて数年が経った頃。
母犬に寿命が来た。
犬とか弱い生物は生きる時間が異なっていた。
そのため、か弱い生命が、か弱いままの内に、母犬はこの世をさらねばならなくなった。
自力で移動する事ができるようになったものの、犬より遅く、体も丈夫ではない。
成り行きとはいえ、自分の子として育ててきた母犬は、我が子の行く末を案じた。
立派な大人になるまで成長できるようにと願っていた。
その願いが、何に通じたかは分からない。
結果としてその日から、か弱い生命は不思議な力を使えるようになっていた。
犬の霊を呼び出し、操る事ができるその生命は、その力を駆使して生き延びていった。
どこに敵がいて、どんな場所に食べ物があるのか。
物事を理解できる歳になったら、それらは霊が教えてくれた。
やがて、足腰がしっかりして、存分に動き回れるようになると、周辺に生息するどの生き者よりも、強くかしこく生きていけるようになった。
毛皮はないが、他の動物と違い、時折り二足で歩行する事ができる点と、器用に手指を動かす事ができる点が、生存に役立った。
それは、時折り遠くを歩く人間を見て学んだ知識だ。
しかし、その辺りから、身辺がきな臭くなった。
大勢の人間が周囲をうろつくようになり、大きな鉄の道具を持ち歩いて目をぎらつかせるようになった。
「おかしな生き物を見かけたんだ」
「泥まみれで汚い姿だった!」
「きっと、宇宙人かバケモノに違いない」
恐怖の色を目に宿した人間達の行動は、次第に大きくなっていく。
周囲にある植物を焼いて、焼き野原にしたり、木を伐採したり土を掘り返したりしていった。
あたりに罠が大量に設置され、動物が手あたり次第に捕獲され、消えていったりもした。
たまに、ただ辺りを通りかかっただけの人間が、別の人間に襲われる事もあった。
やがて、一つの廃墟が発見されてしまう。
そこにいたか弱い生き物は抵抗したが、様々な道具を使う人間達に捕まってしまった。
そのあと、白い部屋で拘束され、丸くて小さくて苦い食べ物を食べさせられたり。変な匂いのする液体を体に塗られたり、白い布でぐるぐる巻きにされたりした。
そして変な鳴き声で、色々な何かを語りかけてきた。
初めはそれを理解できなかったが、長い時間が問題を解決した。
鳴き声は辛抱強く、多くの事を語っていた。
かよわい生物の名前は、アンといい人間の男女に捨てられた赤ん坊だった。
行方不明扱いとされたが、近隣の廃墟に出るばけもの騒動で発見され、保護された。
アンを捨てた男女は罰せられて、牢屋に入っている。
そのため、誰がアンを育てるか、話し合いが行われているようだった。
その話を聞いたアンは、自分の境遇を理解したが、拠点としていた廃墟に戻りたいと考えていた。
戻ったとしても、以前のようには暮らせない。
それは分かっていたが、色々な事がアンに不安をもたらしていた。
人間の世界で、これから暮らしていける自身がなかったというのも理由にあった。
それからしばらくした後、苦労して廃墟の前に戻ったアンは毅然とした。
廃墟以外はすべて焼け野原になって、元の土地の面影が全くなかった。
しばらく呆然としていたアンは、人々の声を聞いてハッとした。
銃や盾を手にして武装したその人々は、アンを見つけるなり襲いかかってきたからだ。
アンは、病院を出る前に看護師から何度も言われていた事を思い出す。
世の中には分からないものを知ろうとせず、過剰に怖がり、排除しようとする者達がいるという事を。
その人達にとってアンは、とても不気味に見えるらしい事を。
だから安全のために決して病院の外には出てはいけないという事を。
今アンに襲いかかってきているのは、そういった者達だった。
だからアンは、逃げなければならなかった。
廃墟の中に逃げ込んだアンは、久々に霊を呼び出して知恵を借りた。
アンは、それで自らに迫る脅威をはねのけたが、霊達の怒りが収まらない事に気がついた。
いつもは素直に言うことを聞く霊達が、アンとコミュニケーションをとる事ができなくなっていた。
暴走した霊達は、襲いかかってる者達に実体を見せるまでになる。
激しい怒りの感情に突き動かされるいくつもの霊。
それを見た人間たちは、一転して廃墟から逃げ出そうとしていくが、うまくいかない。
地の利がある霊達は狩りをするように人間を追い詰め、抜けそうな廊下をつかって人間を落としたり、背後から体当たりして階段から突き落としたり、建物内を延々と走らせ弱らせたりしていった。
しかし、それは狩りではない。
そのため、一思いにはしとめず、いたぶるような行為が続いた。
やがて、力尽きて気絶した一人を霊が殺そうとしたが、すんでのところでアンが静止した。
野生の犬のように生きていた頃はそれでもかまわなかったが、アンはすでの人間の生活を知ってしまっている。
自然で生きていけない以上、人殺しをしてはいけないと考えたためだ。
それを知った霊達は、悲しそうな様子で残りの人間達を、廃墟から追い出した。
それ以上は何もせずに。
か弱い生き物の最初の意思表示、親たちとの意見の違い。
それは大人への一歩だ。
それを見た霊達は、子供の親離れとみて、この世から成仏していった。
最後に育ての親である母犬が、アンの濡れた頬をなめて消えていった。
その後、アンは時折り恐怖と不安に駆られた人々に狙われた。
しかし、アンを保護した者達の優しさと、生き残るすべを教えた霊達の力によって、たくましく成長していった。
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