07 緑の家
ずっとここにいて。
とある女の子がそう言ったら、向かいに立つ女の気が視線を泳がせてから、こう答えた。
「また来るね。次ならいいよ」
「分かった。約束だよ。絶対にまた、遊びに来てね」
とある女の子は、約束を交わしたその友達との再会を待ち望んでいた。
けれど、女の子は人の顔を覚えられなかったから………。
小学校の授業で、近所の地図を作るという宿題が出た。
あらためて身の回りを見回して、自分が住んでいる地図を作る事で、地元に詳しくなろうという目的があるらしい。
やる前は面倒だったけど、意外とやってみたらこれが面白かった。
自分が住んでいる町なのに、探すと知らない場所や店がたくさんでてきたからだ。
だから、その日も何を見つけるのかわくわくしながら町を歩いていた。
町の地図を片手に持って、見つけたものをメモしていく。
そしたら、ある場所で立ち止まった。
気になる家を発見したからだ。
なんだか見覚えのある家に見えた。
植物のつるに覆われたその家は、まるで時の流れから取り残されているかのように、ただ静かにそこに建っていた。
目を離せなかった僕が、じっとその家を見つめ続けていたら、視界に動くものがあった。
家の窓だ。
そこから、小さな女の子がこちらに手招きしている。
入ってきてほしいという事だろうか?
ためらいながらも玄関の方へ向かう。
扉を押してみると、簡単に開いてしまった。
ごめんくださいと挨拶してみるが、誰もいない。
周囲を見回しながら、一歩、二歩と進んでいくと。
背後でばたんと扉が閉じた。
驚いて振り向いたら、今度は背後から女の子の声。
「いらっしゃい! この家に遊びに来てくれたの?」
家の中からの声。
つまり家の住人だ。
声がした方に向き直ると、そこには窓越しにみた小さな女の子の姿があった。
「遊びに来たっていうわけじゃなくて、ただ気になったっていうか」
「私、今すごく退屈してたの。一緒に遊びましょうよ」
知らない人の家だし断ろうかなって思ったけど、あんまりにもその女の子が無邪気な瞳を向けるから、ついうなづいてしまった。
「うわぁ、遊園地みたい」
その女の子の家は、家の中とは思えないほどすごかった。
屋内遊園地とか、そういうのがあったらきっとこういう場所なんだろうなって思っちゃう。
メリーゴーランドとかティーカップとかジェットコースターとか、色々な乗り物があった。
私はつい夢中になって遊び続けていた。
人の家にいる事や宿題の事なんて、頭の片隅に追いやってしまっている。
「ああ、楽しかった。でもちょっと疲れたな。お腹もすいたし」
「それなら、おいしいおやつを分けてあげるわ」
遊び疲れて、ぐったりしていると女の子がお菓子を持ってやってきた。
どれもすごく美味しそう。
宝石みたいにキラキラしたあめ玉とか、ふわふわな綿菓子とか。
「これ、本当に食べていいの?」
「もちろん。だって私達、友達じゃない」
口の中に入れたあめ玉は、とっても甘くてほっぺが落ちちゃいそうだった。
なんだかすごく贅沢してる気分だな。
それからもケーキとか、ゼリーとかご馳走になったけど、さすがに申し訳なくなってくる。
後から、お金払って言われないよね?
不安に思っていると、綿菓子をほおばっている女の子が話しかけてきた。
「嬉しいな、私達これからはずっと一緒に遊べるんだよね」
「えっ、ちょっと待って。家に帰らないと、お母さん達が心配しちゃうよ」
いきなり何言いだすんだろうと思って、びっくりしていると女の子が怒り始めた。
「話が違うよ。約束したでしょ? お母さんとお父さんの顔を見たら、またここに戻ってくるって。そしたらずっと一緒にいてくれるって言ったじゃない!」
「なっ、何の事? そんなの知らないよ」
本当にそんな事を言った記憶はない。
記憶力はほかの人よりいい方だから断言できる。
でも、信じてくれないようだ。
「嘘つき!」
興奮した様子に女の子が大声を上げた。
とたんに、周囲の景色が変化する。
さっきまであったアトラクションが、全て植物の蔓に変わっていた。
私はたまらず、その場から逃げ出そうとするけど、蔓に捕まって宙吊りにされてしまう。
「ひどいひどいひどい!」
女の子がそうやって怒るたびに、蔓が体を締め付けてくる。
苦しくなって、意識が遠のいていく。
もしかして、こんなわけのわからない場所で死ぬの?
気づくと女の子は緑色の蔓の塊へと変化していた。
思い出した。
そういえば、ずいぶん前この家の前を通った時、お母さんが言ってたんだ。
この家には孤独な老婦人がいたけど、数年前に亡くなったって。
その老婦人は珍しい色の髪だったから、人目をしのぐようじずっと家にこもりきりだったって。
その老婦人が亡くなった日以来、この家の近くを通ると家を覆っている緑色の蔓が動き出すんだって、
お母さんは冗談だと思って言っていたみたいだけど、本当なんだ。
体を締め付ける力が強くなる。
このままだと死んじゃうかもしれない。
嫌だ。
こんなばけものに、誰にも気づかれないうちに死ぬなんて?
「家に帰して! 一度帰してくれればまた来るから」
「嘘よ。だって約束守ってくれなかったじゃない!」
「だから人違いだって言ってるでしょ!」
それからも何度か言葉を交わしたけど、まるで話にならなった。
だから私は、思わず本心を口に出していた。
「あんたがそんなばけものみたいだから、きっと私によく似たそいつもここから逃げ出したのよ!! 誰があんたなんかと一緒にいたいって思うの!?」
次の瞬間、私の視界は真っ赤に染まった。
女の子が上げた怒りの絶叫が、だんだんと遠くなっていく。
ああ、へたな言葉言わなきゃ良かった。
死んだ女の子に近づいて、私はその体をペタペタと触ってみる。
ちがう、あの子じゃない。
どうやら本当に、人違いだったみたいだ。
でもしょうがない。
私は視力が低いから、声で相手を判断するしかない。
だかたずっと外に出ない生活をしていたのだ。
人とは違う髪色も気にしていたけど、そっちは帽子とかで隠してしまえば何とかなるから。
私は人違いで殺してしまった女の子に対して、さらに植物の蔓を纏わせた。
可哀想だけど、死んでしまったのならしょうがない。
せっかくだから、この蔓の養分にしよう。
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