#Peeping_Tom
@zero_ujino
某チャイニーズレストランにて
Tatara/Nanashi/Giga
-第7管区のストリートは夜。雨が降り、遠雷が鳴っている。病んだグリーンのネオンと無数の赤い提灯が、ストリートの水たまりを反射する。立ち並ぶ屋台と飲食店。ざらついてチープな音質のラジオ番組がどこかから響く。人出は多い。スラムの住民が賑わうストリートを流れ、今宵飲み明かす場所を探している。仕事帰りのヒューマノイドらは、行きつけの小さなチャイニーズレストランを選んだ。
-店内はある種、スラムでは場違いに陽気な赤と黄と橙の配色。夜が更けるにつれ、客が増え始めている。一行はレインコートを脱ぎながら、いつものテーブル席を示す。
G:「悪いな大将、あの椅子を……もう壊さねえって! 毎回言いやがる!」
-よく見知った老店主が、中国語訛りの英語でギガをからかっている。
-ギガは始めてこの店に訪れたとき、ついうっかりして250kgの身体で椅子を壊してしまった。弁償するときに似た椅子を探すか、耐荷重300kgオーバーのパワードスーツ用チェアを探すかという話になり、老店主は「もし常連になってくれるなら」と言って後者を選んだ。アルミ混じりの軽い合金でできたパワードスーツ用チェアは、今やギガ専用として使われている。
-大柄なギガやタタラは、テーブル席に身を押し込めるようにして座る。
-壁に貼られたメニューは日に焼けている。アルファベットと漢字が5割ずつ混じり合った店内。カウンター席の奥に厨房があり、老店主の息子が生真面目な表情で鉄鍋を振っている。炎と油と唐辛子の匂い。蒸気と熱。
N:「あれ? やっぱ中華の気分じゃないかも」
T:「入ってから言わないでよ」
N:「何喰おっかなァ」
T:「……」
-ナナシは任務明けの呆けたような顔でメニューを眺めている。
-ギガが手を挙げると、若い女の店員がエプロンを払いながら足早に寄ってきた。老店主、店主の息子、アルバイトの機敏な娘という少数精鋭によって、店は慌ただしく回転している。
G:「俺はチャプスイ大盛りと、オレンジミートで」
T:「僕はヌードルを……」
N:「オレンジミートもうひとつ。クラブ・ラングーンと、エッグロールとワンタン大盛り。バス肉の方」
G:「気分じゃない奴が喰う量か」
N:「メニュー見てたらノってきた。あとサンドイッチも頼む!」
-恐るべき早さで、テーブル一面に料理が並んだ。材料は五大湖で捕った除染済み白身魚、プラントミートなど。戦前と比較すれば肉も野菜も香辛料も不足しているが、老店主の細やかな工夫により、スラムの中でも美味である。
-ヒューマノイドらは大口をあけて食べ始めた。食事中、彼らはあまり会話しない。同じ拠点でルームシェアしながら暮らし、同じ部屋で同じ料理を食べ続ける相手に、話題がそうたくさんある訳でもない。彼らはしばらく無言で、湯気の立つ料理を黙々と口へ運んでゆく。
-ギガがおもむろに濡れ布巾を突き出し、ナナシの手元を指し示す。クラブ・ラングーンのソースが、彼の手から今にも滴りそうで―――
G:「こぼした」
N:「あ?」
G:「手んとこ」
N:「あ……」
-しばらくの後、ギガとタタラは食器を置いて一息ついた。一方のナナシは大食いだが早食いではない。たいていの場合、大量に注文する彼だけが最後まで残って勢いよく食べ続けている。ナナシはフォークに刺した肉でタタラを指した。
N:「今度オレンジミートを試せよ。大豆とは思えないぜ」
G:「ここでヌードルしか喰ったことなくねえか。確かに旨いけど」
T:「同じものを繰り返し食べると落ち着くんだ。迷うのって辛いし」
G:「分からなくもないが」
N:「貴様のクローゼット見て『同じ服しかないわ!』ってホノメがキレてたよ」
T:「服装で毎日悩むの大変だもの……でも、厳密には同じ服じゃないんだ」
N:「そうなの?」
G:「何でも中古だからな、メーカーまで揃わねえよな」
N:「けど、全部同じに見えるぜ」
T:「それはよかった」
G:「……ねえ、お前ってさ、自分で口の中噛んだら死ぬの?」
N:「うるせえな死なねえよ、黙って食えよ……」
-ナナシの前の皿がすっかり空になった所で、タイミングを計ったかのようにアルバイトの娘が現れた。彼女は手早く皿を下げ、そのかわりに別の一皿をテーブルに置いていく。ギガが娘を呼び止める。
G:「追加であれを頼めるか? あの……」
-娘が置いていった皿には、奇妙な形の焼き菓子が3つ載っている。
T:「いつもって、こんなの出てきたっけ?」
N:「じいちゃんの気まぐれだろ。割ってみろよ」
T:「占いは信じないから……」
N:「俺様も信じてねえよ。信じてねえけど開けるんだよ」
T:「外側食べる?」
N:「食べる」
-タタラはクッキー部分をナナシに渡し、焼き菓子から取り出した小さな紙切れを開いた。
T:「見てよ、"ハズレ"って書いてある」
N:「運勢じゃないの? 貴様は何にハズレたの?」
G:「俺のは大吉」
N:「俺様は吉」
T:「えっ、"ハズレ"って何?!」
N:「怖え~」
G:「怖えなァ~」
T:「怖くなってきた……」
-食事目的の客がおおむね店を後にし、渦潮のように業務を回していた3人の精鋭たちと、店内の雰囲気は落ち着きを取り戻した。あとはだらだらと呑んで長い夜を過ごそうと考える客が、席の6割ほどを埋めている。アルバイトの娘が、追加注文の品をトレーに乗せて現れた。透明なガラス製のポットに入った植物と湯である。
N:「何それ」
G:「気になってたんだよ。マリネリス産の茶だ、茶。数年前はえらく貴重だったんだぜ、ようやく輸入されるようになったんだ」
T:「どうして花をお湯に?」
G:「味と見た目を楽しむ"工芸品"、らしい」
T:「見た目かぁ」
N:「洒落やがって!」
G:「飲むか?」
N:「飲む」
-ポットがすっかり空になった頃、ナナシが懐や尻ポケットに手を突っ込んで中を探り始めた。各々財布を引っ張り出したり、くしゃくしゃの紙幣やコインをテーブルに放り出していく。
N:「割り勘な」
T:「嫌だよ」
G:「ダメに決まってんだろ」
T:「だいたい、お金持ってるの?」
N:「持ってる持ってる」
-ヒューマノイドたちは老店主に支払いを済ませた。来たときと同様、大柄なギガとタタラはテーブル席を揺らして立ち上がった。ナナシがその後に続く。
-店の窓にはまだひっきりなしに雨粒が当たり、提灯の赤や橙の光を水滴の形に歪めている。彼らは黒のレインコートを羽織り、雨のストリートへ消えていった。
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