第282話 大発表

「どうです、今日の朝の気分は?」


 運転席でハンドルを持つルベン隊長が言った。


 ルベン隊長には、昨日におこったことを話してある。


 聞かれた質問についてだが、おそらく隊長が思うほど、ぼくは勝ちほこるような気分でもなかった。


「そうですね。これで勝てるとは思いますが、じっさいに第九戦を勝つまでは、実感がわかないかと」


 長い長い戦いだった。これで終わるのかと思えば、みょうなさみしさもある。


「水筒のコーヒー、飲みますか?」

「いただきます」


 あと何回、このルベン隊長がれたコーヒーを飲めるだろうか。


「ジーンズへこぼさないように」


 ルベン隊長が水筒を差しだしながら言った。それを受け取りながら、ひとつ気づいた。


「きのうのタキシードでは言いませんでしたよ?」

「あれは、代表の持ちものではありませんので」


 なんだか逆のように思うけど、正しいのか。


 いつも寡黙かもくに運転するルベン隊長を見た。長く付きあうとわかってきたが、この人はおもしろい人だ。深い人だとも思う。


 南米出身のルベン隊長が淹れたコーヒーを飲みながら、大学の図書館にむかった。


 ホノルルの街に入り、大学の敷地内へ。


 車は図書館の近くにある駐車場へ止めてもらった。そこからは歩く。


 図書館のまえで、キアーナとばったり会った。


 キアーナは、びしっとスーツを着ていた。今日が例の大発表だからだろうか。


 昨日のうちに二十名ぐらいの人には、今日なにを発表するかを伝えてある。キアーナもそのひとりだ。


 キアーナに異星人の弱点については伝えてある。でもパープルクイーンさんが出産したことは言っていない。いつか言わないといけないけど、どう言っていいか、わからなかった。


「今日が楽しみね」


 キアーナが笑った。笑うと、ほんとうに美人だ。去っていくウィルのこと、どう思っているのだろうか。


「うん」


 ぼくは短く答え、ともに図書館への階段をあがることにした。


 ふたりで図書館に入る。夜がすずしかったので、すこしひんやりとした図書館のなかだった。


 受付カウンターのまえまでいくと、なぜかカウンターのなかのイスにスタッビーが座っている。


「スタッビー、モニターの操作は?」


 聞いたのに、ぼくの友人は首をすくめた。


 ひとまず友人は置いておき、ぼくは百台のモニターをつけた壁がそびえる読書スペースへと歩いた。


 読書スペースの机やイスは片付けている。がらんとした空間に、ひとり立っているスーツ姿の男性がいた。


「マカロンさん!」


 フランスの大統領だ。昨日の式典に出席していたので、ここオアフ島にいるのは知っていた。


 ほかにも会話の声が聞こえると思ったら、操作ブースのほうだ。黒ずくめのスーツを着た男性が四人いる。しかも勝手にコンピューターをいじっていた。


「心配しなくていい。私の部下だ」


 マカロンさんが言った。


 そしてマカロンさんは、ぼくに近づくと、ぼくの両肩にやさしく手を置いた。


「タッツくん、見事だ。よくやった。こちらも、きのうは大いなる進展があったが、きみのほうでも大発見をしたな」


 このマカロンさんにも連絡は入れてある。しかし、マカロンさんのほうの進展とはなんだろう。


「とにかく始めよう」


 マカロンさんが言うと、操作ブースの男性たちが動いた。


 百台のモニターが点灯していく。それぞれのモニターは二分割されていた。それで百人会議のメンバーとNASA職員のどちらもがモニターへうつっている。


「レイチェルさん」


 ぼくはドクターであり、NASAの生体力学者である赤毛の女性を呼んだ。この人にも知らせてあり、ぼくの考えにまちがいがないか、まず確認したかった人だ。


 レイチェルさんはうなずいた。


「もう、大変だったのよ。チームを作ってあらゆる角度から検証をおこなったの」


 レイチェルさんの目が充血していた。寝ずに確認作業をしてくれたのだろう。


「まちがいない。あなたの考えは、まちがってないわ!」


 よかった。この人が言ってくれるなら、もう安心だ。


「何人かに、この英知の英雄から連絡があったと思う。反論、または疑義すべきところはあっただろうか」


 となりに立つマカロン大統領が言った。ぼくを「英知の英雄」とは言いすぎだ。


 しかし、ほかにも数人に連絡していたけど、そのどこからも反論はでないようだ。


「ではこれで、推論すいろん確証かくしょうをえたり!」


 マカロン大統領が声を大きくした。


「タッツくんの大発見だ。異星人どもは、赤色が見えない。または識別できない!」


 マカロン大統領が言ったとたん、モニターの人々が驚愕きょうがくの顔とともに話し始めた。


 ぼくが言おうとしたことだけど、マカロンさんが言ってしまった。でも現役のフランス大統領が言うほうが、重みがでると思う。


「こまかい説明はあとにしよう。そしてもうひとつ、重大なる発表がある!」


 つづけてマカロン大統領は高らかに声をあげ、操作ブースにむかって指を鳴らした。


 するとどうだ、パラパラと百台のモニターにうつる映像が変わっていく。


「各国の代表……」


 思わず声がもれた。きのうの式典で、ひな壇にいた顔ぶれだ。それだけじゃない。もっと多くの国だ。


「タッツくん」


 マカロン大統領が、モニターからぼくへと視線をおろした。


「きみのアイデアを拝借はいしゃくしたよ」

「ぼくのアイデア?」

「百人会議だ」


 百人。ということは、これは。


「そう、百カ国連合だ」


 百カ国。現在に地球にある正式な国は、一九六だったはず。半分以上が参加しているのか!


「面倒な国は入れていない。大きくて、わがままな国とかね。それでも対異星人防衛連合ADUに参加する国は、ついに百となったのだ」


 それはすごい。ぼくはモニターにうつる各国の要人を見つめた。


「そこでだ、タッツくん。きみの大発見のおかげで、われわれ地球はまちがいなく勝てる。その競技の選定を、この百カ国連合の初仕事にさせてくれないだろうか」


 それはつまり、第九戦になにで戦うのかを、この国々のかたで決めるということか。


「ちょっと待って」


 ヒールのかかとを鳴らしてきたのは、キアーナだった。


「最後の最後、おいしいところだけ持っていく。そういうことですか、マカロン大統領」


 現役の大統領にたいして無礼な言いかただったかもしれないけど、マカロン大統領はうなずいた。


「言いたいこともわかる。だが、これほどの機会もない」

「これほどの機会とは?」

「異星人があらわれた。そして勝とうとしている。ではそのあとだ。そのあとどうする?」


 聞かれたキアーナは腕をくんで首をかしげた。


「これは人類が進化するチャンスなんだ。この地球が、初めてひとつにまとまるチャンスなんだ」


 キアーナは納得がいかない表情だ。


「総司令官は、ギャザリングさんですか?」


 かわりというわけではないけど、気になったことを聞いてみた。


「もちろんだ。かれにしか、この大役たいやくはつとまらない」


 そうか。それならひとつ安心だ。


 ぼくは百台のモニターを見あげてみた。次を考えなくていいということは、百人会議も不要になる。


 これでもう終わりなのだろうか。


 どうするべきか。答えのでないまま、ぼくはモニターを見あげつづけた。

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