第281話 すべてはつながった

「代表!」


 うしろでぼくを呼び止める声が聞こえた。


 けれど、もうぼくは駆けだしていた。


 落としたハンバーガーをひろうのも忘れた。それどころではない。


 図書館にいきたい。確認したいことがある。


 重要なことに、気づいた!


 ぼくはさきほど、クラクションを鳴らされた異星人を見て思った。「かれらは文化がちがうから、しょうがない」と。


 でもそこに違和感を感じたとき、すべてはつながった。


 ぼくらと異星人、文化はちがう。きっとちがう。しかし、そこではない。


 そもそもかれらは、人間を見れば襲ってくるようなエイリアンではない。会話もできる「ふつうの人」だ。


 そんなかれらが、上陸する土地の交通ルールを調べずにくるだろうか。そんなことはない。かれらは信号を知らなかったのではなく、赤信号を見落としただけだ。


 大学にむかって走った。スッタビーがいるはずだ。


 大学の敷地内に入り、中庭を直線で駆けぬけた。何度か樹の枝が顔にかかったけど、かまわず手ではらいのけ走った。


 図書館のまえにでると、入口の扉はあけっぱなし。これはきっとスタッビーだ。キアーナならしめるはず!


 階段を駆けあがって図書館に入った。カウンターのまえを走りぬけて、あの読書スペースへ駆けこんだ。


「おい、トイレか」


 操作ブースから、スタッビーが立ちあがってぼくを見ていた。ぼくの走る足音で、だれかがくると気づいたようだ。


「スタッビー、いまいい?」

「いや、そんなにいそいで、トイレだろ」

「ちがうよ!」


 スタッビーが研究室ではなく、ここにいるのは話が早い。ここの機械をあつかえるのは、仲間内ではスタッビーだけだ。


「スタッビー、ここでいまなにを?」

「ちょっと調べたいことがあって」

「じゃあ、それはちょっと置いて、いままでの戦いをだしてくれる?」


 これまでの戦いは、映像として残っているはずだ。ここのコンピューターには、それがすべてあるはず。


「ちょっと待って。どこのデータベースにあるかな」


 スタッビーは座ったようだ。機械の山で姿の見えなくなったスタッビーの声が聞こえてくる。キーボードを打つ音も聞こえた。


「必要なのは、何戦目の映像?」

「全部だして!」

「なんだって?」

「すべての戦いを、カメラちがいもふくめて全部!」

「いっぺんに見るのは無理だよ!」

「スタッビー、モニターは百台ある!」

「そうだった!」


 壁にある百台のモニターが、次々と点灯し始めた。


 第一戦から第八戦までのいろいろなシーンが百台のモニターにうつっている。


 確認したいシーンのひとつを見つけた。


「三番モニターだ。止めて!」


 左上にあるモニターのひとつ。うつっていた映像が止まった。


「十九番モニターもだ!」

「ちょっと、だからなんなんだよ!」


 スタッビーの声とともに、すべての映像が止まった。


 操作ブースからスタッビーがでてきた。


「説明してくれなきゃ、意味がわかんないよ!」


 それもそうだ。ぼくは三番モニターへ指をさした。


「まず第一戦、ベースボール。一回の裏。かれらはスリーアウトを取ったのに、電光掲示板を見つめて動かなかった」


 スタッビーが三番モニターを見た。映像は灰色の異星人が守備についているのだが、そろってうしろの電光掲示板へふり返り、立ち止まっている。


「それから、将棋」


 次にぼくは十九番モニターへ指をさした。


「ワグナワさんは、右へ左へと、からだをななめにして将棋のコマを見ていた」

「それはおぼえてるけど」

「あれは、った将棋のコマを確認していたんだ」

「成るコマって、ひっくり返して赤くなったやつ?」

「そう、アウトの電球もおなじ。どっちも赤色なんだ」


 ぼくはひとつ呼吸をして、スタッビーにむかって言った。


「異星人は、赤色が見えない。または、赤とほかの色との見分けがつかない!」


 確信の力をこめて言ったのに、スタッビーは小首をひねった。


「赤色が見えない?」


 スタッビーは百台のモニターを見あげた。


「そんなことあるかな」


 それはスタッビーらしくない発言だ。


「ほら、犬の目は色が見えず白黒だっていうだろ!」

「あっ、そうだった!」

「動物によって色の見えかたはちがう。スッタビーなら知ってるだろ」

「そうだ、トンボだと人間の見えない色まで見える!」


 さすがスタッビー。生物全般にくわしい。


「でも赤色だけ?」


 スタッビーは、そこに疑問を持ったようだ。


「それについては、天文学をやっているぼくがくわしい。色は光の波長なんだ」


 スタッビーがうなずいた。これは知っているらしい。つづけて説明することにした。


「波長が高くなるにつれ黄色、オレンジとなり、もっとも高いのが赤色となる」

「じゃあ、波長が高くなると見えない?」

「ほかの可能性もある。たとえば赤色に青のライトを当てると、黒く見える」

「マジかよ!」


 これは意外に知らなかったようだ。


「たとえば目の構造がぼくらとちがい、青い光をもとに色を認識しているとしたら、赤色と黒色の区別はつかない」


 スタッビーがまたモニターを見あげた。


「おいおい待てよ。赤色。レッドシグナル。といえばモータースポーツ!」


 スタッビーは、ぼくが気づいたことと、おなじことを思ったようだ。


「そう、ぼくらは第七戦でモータースポーツにしようとした。ところがグリーン提督のところで、ほかの星でもおこなわれているレースを見た。あれは罠だ。ぼくらにモータースポーツをあきらめさせるための」


 歩行者の赤信号を見落としてしまうかれらだ。スタートのレッドシグナルにすばやく反応できるはずはない。


「でもなんで、おれらがモータースポーツにしようとしたのがわかったのかな」


 スタッビーの疑問は、すでに解決していた。


「これだよ」


 ぼくは左腕の時計を持ちあげた。


「この異星人の時計は、ぼくがどこにいるかがわかる。モナコへいったのがわかったのなら、そこから予想する競技は簡単だ」


 インターネットを見ればすぐだ。モナコで検索すれば、すぐにモナコ・グランプリがでてくる。


「意外だな。グリーン提督が、そういう手をつかうなんて」

「いや、スタッビー。本国からの指示かもしれない」


 いま思えば運動会のときにグリーン提督は言ってなかったか。「話せることと、話せないことがある」と。


「でも、タッツ。あれは?」


 スタッビーが指をさしているのは、九七番モニターだ。モニターの画像は運動会の騎馬戦だった。


「赤白の帽子で、異星人が選択したのは白の帽子だ。赤が見えないのに、敵が赤をつけるとややこしそうだけどな」


 ぼくもそれを考えたが、すでにぼくのなかで答えはでていた。


「異星人は、自分たちが赤い帽子を使用したくなかったんだよ」

「どうして?」

「赤い帽子にしてしまうと、ブラックハットをかぶるときに、おもてが赤で、うらが黒だ。これ、おもてうらがわからなくなるんじゃないかな」


 体操帽は、おもてうら、どちらでも使用できる形状だ。まちがって黒をおもてにしてかぶると大変だ。


「でも、地球がわは赤帽で、ブラックハットのタッツを見ぬいたんだろ?」

「それは色とは関係ないよ。ワグナワさんがぼくだと読んだだけだ」


 そういえば、運動会で見た母船のライトも、そしてグリーン提督が持っていたボールペンのような道具も、すべて青い光。赤い光を発するものはなかった。


「よく気づいたな」


 スタッビーが感心した表情で言ったけど、もっと早くに気づきたかった。

 

 上陸した異星人は大勢いる。もっとよく観察しておけば、さきほどのような信号無視をする異星人を多く見つけられたはずだ。


「そうか、これか!」


 悪寒おかんが走った。今日にオリーブさんは、なんと言っていたか。


「もっと、よく見て」


 そう言っていた。


「くそっ」


 思わず悪態もでた。もうひとつ思いだしたからだ。運動会のあと。トイレでばったり会ったトカゲ族の男性は、無言で自分の目を指さしていなかったか。


 もっと早くに気づけばよかったか。いや、オリーブさんとトカゲ族のヒントがあったから、ぼくは気づけたのだろうか。


「ちょっと座ろうぜ」


 スタッビーが壁ぎわに置いていたプラスチック製のイスをふたつ持ってきた。


 ふたりでイスに座り、静止している百台のモニターを見あげた。


「まさかのまさか、異星人が色盲だったなんて」


 スタッビーの言いかたに、不謹慎ながらも笑えた。そうたしかに色盲だ。赤色に限定されているけど。


「これはもう、勝ったよな」


 スタッビーが考え深げにつぶやいた。


「ぼくも、そう思う」

「赤色をつかった勝負か。トランプは赤色だけどハートやダイヤのかたちでわかるか」

「UNOとかはどう。色をあわせないといけない」

「バックギャモンもあった。あれはコマのかたちがおなじで、赤と黒のコマだ」


 そう、赤がわからないと不利になるゲームは、考えるといくらでもある。


「明日の百人会議で発表か。みんな、おどろくぞ」


 スタッビーの言葉に、ちょっと考えた。


「何人かだけに、極秘で通信を送っておこう。その人たちにも確認してもらいたい」

「通信は、あぶなくないか?」

「どうだろう。ぼくらに弱点がバレたと異星人が知ったとする。でも対応はできないんじゃないかな」

「どうして?」

「ほら、ゲームをするときに道具を使用するのは反則だ。では目の手術をするかといえば、そんなことができるなら、もうやってる気がする」


 すでに第八戦がすんだ。自分たちの弱点には気づいているはずだ。それなのに対応していないということは、対応できないということだ。


 この地球だって、かなり文明は進んでいるけど、色覚異常を治す直接的な方法はない。補助的なサングラスはあるけど、それだと道具になるので勝負には使用できない。


「なるほど。まあ、それでも明日は、大発表だな!」


 スタッビーが立ちあがった。そのとおりで、何人かには確認してもらうけど、多くの人は初めて知っておどろくだろう。


「そうだね。明日、みんなに知らせよう」


 ぼくもイスから立ちあがる。


 明日にそなえ、もう帰って休もうという話になり、ぼくとスタッビーは片付けをし、大学の図書館をあとにした。

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