第6話 ヘリコプター

 政府の放送は終わった。


 ぼくは、しばらくぼうぜんと立ったまま、金網ごしにTV画面を見つめていた。


 放送は通常の番組へもどっている。エアロビクスかなにかの番組をしていた。


 だけど、ぼくはあることで不安になった。


「警備員さん、入口のドアから距離を取ったほうがいいのでは」

「なぜだ?」


 TVドラマかなにかで見た気がする。アメリカ政府は、国内のどの場所にも15分で対処できると。


 さきほど異星人は「座標」と言っていた。その座標とは、あの返信した屋上、つまりぼくの自宅ではないのか。


 いまアメリカ政府は、住所と、そこの住人はわかったはず。アパートメントだ。何人かの住人がいる。でもさきほど警備員さんは、ぼくのことを警察に通報している。そうなると・・・・・・


 そう思った時、ドアではなく倉庫の壁が吹き飛んだ!


 ぼくは爆風で倒れた。からだを起こそうとすると、今度は壁ではない。倉庫のドアが吹き飛んだ!


 両方から人が流れこんでくる。ポリスではない。顔もふくめ全身が防備されている。SWATだ!


「手をあげろ!」

「なんだおまえは、銃をおろせ!」


 SWATと警備員さんが同時に銃をむきあわせる。無茶な、SWATとやりあう気ですか!


「銃を手から離せ!」


 SWATが怒鳴る。


「そっちこそ銃をおろせ!」


 警備員さんも怒鳴った。


 ぼくはさっきから手をあげている。なのにSWATの半数は、ぼくに銃をむけている。


 警備員さんの背後に、さっとSWATのひとりが音もなく駆けよった。なにかを警備員さんの首に刺すような動作が見えた。スタンガンか!


「あっ!」とぼくが声をだすまえに、巨漢の警備員さんは床にくずれた。


 SWATのひとりが、警備員の腰から鍵のたばを取る。それからぼくのいる金網ゲージの鍵をあけた。


 両わきにSWATのふたりがくる。ガッチリと腕をつかまれ、外につれだされた。


 外の大きな駐車場には、ヘリコプターが待機していた。軍用のヘリコプターだ。


 ぼくを乗せると、すぐにヘリコプターは飛び立った。


 みるみる空へあがっていく。あっというまに海の上を飛んでいた。朝の太平洋は静かだった。黒ずんだ海は果てしなく深そうで恐怖を感じる。


 一時間ほど経過して、どこに飛んでいるのかわかった。


 ヘリコプターの窓から見えてきたのは、大きな島だ。


 島のまわり、海は青く輝いていて、中央の山々には緑の木々がおいしげる。けれど砂浜のある海岸線からは、高層ビルが立ちならぶ。大都会でありながら緑が豊かな島。


 おそらく世界いち有名なリゾートだろう。ハワイ諸島の中心、オアフ島。


 このヘリコプターのいきさきは、オアフ島のアメリカ海軍基地だ。


 ぼくの予想は当たった。アメリカ海軍基地の滑走路。ヘリコプターは着陸した。


 連行されたのは、レーダーや無線機らしき計器類がいたるところにある部屋。そこに多くの迷彩を着た人たちが詰めている。おそらく司令室だ。


 目のまえには大きなスクリーン。ついさきほどTVで見た顔が映っていた。アメリカ合衆国大統領だ。


 そのわきにいるのは、多分、国防長官に副大統領。それに参謀議長のギャザリング。


 ぼくは大きなスクリーンのまえに座らされた。まえから強烈なライトが照らしてくる。


 ここ数日、ぼくは徹夜をしていた。徹夜の目に、強いライトがかなりまぶしい。


 それに、さきほどのSWATは壁を爆破して倉庫に入ってきた。爆風でかぶったホコリが、まだ顔や髪に付いているような気がする。それが目に入って痛かった。


 でも、それよりも初めて入った軍施設に動揺しっぱなしだ。


「きみが、“かれら”とコンタクトを取った人間か?」


 聞いてきたのは、おそらく副大統領。どこかで名前は聞いたことある。けど思いだせない。


「きみがコンタクトを取った者か!」


 われに返った。


「は、はい。おそらく」

「説明しろ」

「ええと、その、北極星の点滅が信号に見えたので・・・・・・」

「星の点滅をどうしたって?」


 副大統領がおどろいた顔をした。こっちの司令室もおなじ反応だ。おのおの計器にむかっていた軍人たちが、ふり返ってぼくを見た。


 たしかにぼくだって、他人からそんな話を聞いたら、そんな顔をする。星は点滅するものだ。


「ちがうんです、偶然なんです。偶然見ていた星の点滅が、モールス信号だと気づいたんです。それで望遠鏡とPCを改造して、かれらと交信しました」


 副大統領は、かなりうがった表情だ。


「それで、どういう交信をしたんだね?」

「はい。むこうがノックノック、と送ってきたので、こちらはYESと答えました」

「それで?」

「それだけです」


 スクリーンのむこうに見える人たちが、たがいを見あった。


「それだけか!」


 大声をあげたのは軍服の人。アメリカ軍の最高位、参謀議長のギャザリングだ。さきほどは獰猛どうもうなブルドックみたいだと思った。むかいあってみると、さらに怖い。


 顔が怖いので、ぼくはあわてて答えた。


「そ、それだけです。あとは宣戦布告とだけきました。データはPCのなかにあります」


 ぼくの話を聞いているのか、いないのか。スクリーンのむこうでは、なにか真剣に話をしている。


 しばらくすると、副大統領がぼくに言った。


「こちらの対策が決まるまで、かれらと、これ以上の接触は禁止だ」

「は、はい」

「きみは政府の監視下にある。国外への移動は禁止する。追って連絡するのでそれまで待機するように」


 そう言ってスクリーンは一方的に切れた。


 そのあと、基地のなかで尋問じんもんを受けた。自分の家族や、これまでのこと。いまの生活など。


 身体検査もされ、やっぱり薬物検査も受けさせられた。それから守秘義務のレクチャーと書類にサイン。


 もう家に帰れない。そう絶望した。ぼくは玄関の扉に鍵はかけただろうか。そんなことも頭によぎる。そして疲労困憊ひろうこんぱいだった。思えば何日も寝ていない。のどもカラカラだ。


 ところが、すべてが終わると軍施設の入り口までジープで送られた。


「帰っていいのですか!」


 思わず声にだして聞いたけど、灰色の迷彩服を着た兵士ふたりは無表情だ。


 そういえば、陸軍の迷彩服は緑色で、海軍の迷彩服は灰色。そんなニュースを最近どこかで見聞きしたおぼえがある。無言のふたりは灰色の迷彩服だ。


 帰っていいようなので、ジープからおりる。


 ゲートから歩いてでようとしたとき、ここがオアフ島であることを思いだした。


「ちょっと待ってください。ぼく、ここからどうやって帰るんですか!」


 財布を持っていないことを説明すると、事務所のひとつに連れていかれた。


 借用書を書いて、家までの交通費を借りることができた。でも、なぜぼくが借りるのか。つれてこられたのに。そう思ったけど、言っても無駄だし早く帰りたかった。


 オアフ島からハワイ島までの国内線は、ホノルル空港から乗れる。島間の移動は一時間もかからないが、飛行機は乗るまでに時間がかかる。


 どうにかハワイ島の自宅に帰ったころには、もう夜もふけた時刻だった。

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