第6話
この国には、ひとつの昔話が伝わっている。
――遥か昔、国の東部に深い深い黒の森に、追われた姫がいたという。
黒の森は真昼でも陽光の差さない薄暗く、じめじめとした苔に覆われた地面と、薄気味悪い黒みを帯びた蔦が這う木々が乱立しており、政治の表舞台を追われたやんごとない身分の姫たちが辿り着く場所のひとつだった。
その地に追われたある姫は、外の国の人と許されない恋に落ちたのだという。そして、離ればなれにされた愛しの人に探してもらうために、いつからかその身体が輝き、光を放ち始めたのだという。
――その姫は、暗い森の中で淡く輝き愛しの人を待ったことから、蛍の姫と呼ばれるようになった。
そして、蛍の姫の身体はいつしか光らなくなったという。
それは愛しの人と再会したからだとか、愛しの人と再会が叶わず、やがて姫を慰めた別の相手と結ばれたからだと昔話は伝える。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「叶わない夢、叶わない願いのに……叶っちゃった」
脇目も振らず走ったキャリサは、茂みに身を隠していた。
キャリサが逃げ込んだ場所は、建物と建物の間の土地を利用して作られた公園だった。
周囲の視線から遮るように植えられた常緑樹の林に囲まれた園内は、季節に応じて様々な草花が咲く場所であった。
日中では園内の花壇や噴水辺りで、恋を囁きあう恋人たちや、昼寝を楽しむ親子などで賑わいを見せるこの場所も、いまのような日も既に暮れた時間には誰もいない。
キャリサにとって、誰もいないこの場所は絶好の隠れ場所となった。
先ほどまであれほど降っていた雪は、やんでいた。いまは夜空に雪雲はなく、ただただ月と星が漆黒の闇に浮かんでいるだけ。
星々が小さな灯火のように夜空に瞬き、銀色の光を溢す半月が霞のような雲のヴェールをまとう下で、キャリサは月光よりも淡く白く輝く身体を曝していた。
「……誰か、迎えに来てくれるかしら?」
キャリサの生まれたマックライン家は、国に伝わる昔話のひとつ「蛍の姫」の血を引く貴族だった。
何百年も前、まだこの国ができた頃の話だ。当時の王族に双子の姫が生まれた。いまとは違い、当時の国では双子は忌み子とされていた時代であり、生まれた妹姫の方は隠されて育ったという。
そしていつか妹姫は姉姫に対する存在として、当事者の意志関係なしに担ぎ出され――公になる前に、ひそかに東の黒森へと隠された。
東の黒森は、当時はやんごとない身分の姫たちが幽閉される場所であった。
妹姫は、自身を担ぎ上げた貴族のひとりと恋仲であったが、もちろんその貴族は国外へ永久追放となり、ふたりが結ばれることはなかった。
そもそも、妹姫が女王となったあかつきに、王配になることが有力視されていた野心家であったそうで、妹姫は恋心を利用されていたらしく、後に妹姫は「王族に忠義な」マックライン一族へひっそり降嫁したのであった。
――妹姫は、担ぎ上げられる理由として、稀に見る特殊な体質を持っていた。 その体質が、「恋をしたとたんに、相手の事を思う度にその身体が淡く発光する」というもので、ひそかに隠された理由のひとつもそこにあっという。
以降、恋をする度に発光するという、妹姫の血を色濃く引き継いだ女性が一代にひとり――生まれるか生まれないかの確率で現れる。
キャリサこそ、その妹姫の血を濃く引き継いだ女性だった。
淡く発光する身体は、その恋を叶えるか、失恋するまで続くのだという。いいかえれば、その発光が終わったときに恋が叶うわけだが――恋が叶おうが、失恋しようが、相手を前にしたときにときめくと必ず発光するため、よほど自制心を鍛えていないと、あちらこちらで光り輝くはめに陥ってしまう。
蛍の姫は一応隠された姫であり、その末裔ということは秘密とするようにと、代々マックライン一族は伝えてきた。一応王族の血を引いているということから、いらぬトラブルを回避するためだった。
キャリサは実は面食いで、幼い頃何度も光っては失恋するというサイクルを繰り返してきた。幼い頃の恋は、だいたい相手が親族の年齢の離れたお兄さんだったので、失恋も優しくやんわりと断られるものだった。
けれども、キャリサは十五の頃、手酷い失恋をした。当時ふたつ上だったジェスの兄に恋したのだ。
当時十七の遠縁の彼は、時々弟であるジェスを連れて、キャリサの家に通っていた――学者としてその道で有名なキャリサの父に、勉学の教えを乞いに来ていたのだ。
彼は神童といわれるくらいに頭がよく、近隣諸国でも有名な隣国の大学へ留学候補生として名前が上がっていたのだ。
優しく見える穏やかな雰囲気に、ストロベリーブロンドの髪と紫の瞳の組み合わせが珍しい彼は、とても理知的な美形だった。
キャリサは、弟に微笑みかける彼にノックアウトされたのだ。そして、彼に輝く姿を見られたのだが――
『気持ち悪い、何で光ってるんですか? いやらしい』
と嫌悪も露にいわれたのだ――その兄は後に、教育という名のもと、スパルタと有名な王家直属の軍隊に入れたわけだが。これにはぶちギレたキャリサの父と、同じくぶちギレたキャリサの元将軍であった祖父が関わっていたらしい。
以来、キャリサは恋をしなくなった。面食いではあったが、なるべく表情を殺して自ら「氷の女」と嫌われるようにもっていき、例え顔に惚れかけても、相手から自動に恋愛対象外とされる――たいへん自虐的な失恋システムをつくりあげてしまった。
いつからか笑わないように努めいたキャリサは、やがて家族や親しいひとの前以外では自ずと笑わなくなっていった。
それだけ、面と向かって吐き捨てるようにいわれた「気持ち悪い」発言はキャリサにとってショックが大きかったのだ。
以来キャリサは今まで、強く強く己を律した。恋なんてしてはいけない、と。恋なんてできない、と。
彼女が恋をしたとき、同時にマックライン一族が秘してきた「王族の血を引いている」ことも表に出る可能性も高いため、キャリサの恋避けはさらに力が入り、神がかりはじめていた。
なのに、なのに――……キャリサは恋を自覚し、発光してしまった。叶わぬ確率など端から低いであろう、年下の美形に。
あとは、振られる未来しかキャリサには見えなかった。
彼はプロポーズをしてきたけれど、この発光する身体を見たら、彼もいうだろう。気持ち悪い、と。
だって、プロポーズということから両想いかもしれなくても、まだキャリサの身体は光り続けているのだから。
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