(11)
禁術を習得したのは、言ってしまえば中二病精神からだった。
苛烈なイジメに対して鬱憤が溜まっていたわたしは、「こっちはこんなすごい魔法を習得しているんだぞ」と内心でマウントを取るために、こっそりコツコツと習得していたのだ。
しかし禁術と名がつくからには、これを使えばわたしは色々な意味で無事ではいられないだろう。
聖乙女の座からは降ろされる可能性もあったし、そもそもわたしが再起不能になったり、最悪の場合は死んでしまう可能性もあった。
なにせ、生命力を使う魔法なのだ。だから、容易に使われることがないよう、禁術に指定されている。
けれども、わたしは、モチくんを助けたかった。
わたしの人生と、交換することになってもよかった。
すべての魔力を指先に集中させる。ピリピリと指先に痛みが走るほどの魔力の圧縮。そして禁術を行使するために、詠唱を始める。
すぐに周囲の音が聞こえなくなった。次に視界が暗くなって行った。
月経痛のような、内臓の痛みがわたしを襲う。次には骨が痛むような感覚が走った。
それでもわたしは魔力の放出と詠唱を止めない。
「聖乙女様」
モチくんがわたしを呼ぶ声が聞こえたような気がした次の瞬間、わたしの意識は唐突に、それこそ急に電源を切ったかのようにブラックアウトした。
そしてその刹那、わたしは気づいた。
――あ、わたしこんなにもモチくんのことが好きなんだ。
「聖乙女アンマリア」
わたしを呼ぶハッキリとした声が聞こえて、思わず「はい!」と言って起き上がる。なぜかそうしなければならないような気持ちになったからだ。
優しく柔和であったが、どこか厳しさもある女性の声。その声には聞き覚えがあるような、ないような。
そして目を開ければ、まばゆいばかりの真っ白な空間にいるのが分かった。
平衡感覚や上下感覚がたちまちのうちに狂って、わたしは今立っているのか横たわっているのかすらわからなくなりそうになる。
そんなわたしの前には、見上げるほどの巨大な女性がそびえ立っていた。顔には白いもやがかかっていて、よく見えない。
そしてその女性の足元には――なぜか天使ちゃんがべそべそと泣きながら座り込んでいた。
「このたびはいらぬ苦労をかけました」
「……え? それは、どういう」
そう言いながらも、わたしはなんとなく状況を察し始めていた。
「天国……?」
「いえ、ここは天国の手前、地上との狭間の空間です」
「そ、そうなんですか」
清らかさを感じさせる女性の声に、わたしは恐縮しつつ背中に冷や汗をかき始めていた。
恐らくこの女性は――女神様だ。国中の神殿で祀っている、建国王に力を貸したとされる神様。
そんな大それた存在が今の目の前にいるのだと思うと、身がすくむ。
「わたくしの配下、エリエルが迷惑をかけたことは、貴女が禁術を使ったことと相殺としますが、よろしいですね?」
「え、あ、は、はい……。でも、わたしは――」
「そうです、聖乙女アンマリア。貴女は本来であればここで死する運命にあった存在。しかしこれまでわたくしに尽くしてきた功績と、責任の一端がわたくしにもあることを考慮し、貴女が禁術を行使したことは不問とします。――地上へ返りなさい」
「え、返るってことは――」
「今回は、特別に生き返ることを許します。エリエルが神聖なる力を用いて本来であれば邪法である魅了の術を使い、挙句無辜の人間を死なせてしまうところでしたからね。当然――次はありませんよ?」
「は、はい。ありがとうございます!」
「よろしい。これからもわたくしのために精進することです」
「はい、それはもちろん……」
わたしが背中に冷や汗を流す気持ちを味わっているあいだにも、天使ちゃんは「え~ん、あたしだってちやほやされたかっただけなのにぃ~」などと、メソメソと泣きながらぶつくさ言っていた。
わたしが天使ちゃんを見ているのがわかったからか、女神様がこんなことを言う。
「……魅了の術は無理に心変わりをさせる邪法。無理を強いるのですから、被術者の人格に歪みが生じることは必然です。彼らを許せなどとは言いませんが、心に留め置くくらいはしておくことです」
「あ、は、はい」
「さあ――地上へ返りなさい、聖乙女アンマリア」
うなじがぐっと引っ張られるような感覚があり、再度視界がブラックアウトする。
そして長い長い穴を、延々と落ち続けているような感覚があり――……やがて、その長大な道のりを経て、ようやくわたしは目を開くことが出来た。
「聖乙女様?!」
まぶたを開いてまず飛び込んできたのは、こちらを覗き込んでいたモチくんだった。
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