17:大嫌いは最上の愛

(2023/04/15・Prologue)



「あんたなんて大嫌い」

 菅原さんは元気に呪いを叫ぶ。

「四肢が爆散して達磨状態になって地面を無様に転がって欲しい。大型トラックに百回轢かれて欲しい。水を含んだスポンジを頭に載せず電気椅子で感電して欲しい。ギロチンで頸が斬り落とされる光景を見たい。生きたまま一斗缶にセメント詰めして太平洋に沈めたい。大量のカンディルが暮らす水槽で一緒に泳がせたい」

「今日も熱烈だね、菅原さん」

「はぁ? 頭腐ってんの? それとも聴覚が死んでる? あたしは、あんたが嫌いなの。嫌い。ほんと嫌い」

「ありがとう。俺は愛してるよ」

「うるさい! 大っ嫌い!」

 そう言った菅原さんは俺たちに背を向け、朝の廊下を走り去っていく。閃めくセーラー服のスカート。そこから伸びる健康的な細さの白い太腿が眩しい。菅原さんは実によい太腿をしている。

 俺たちと菅原さんを遠巻きに観察していた生徒諸君は「またか」と言いたげな、或いは宇宙人を見るような視線を向けてくる。仲間にしてくれるな、の意味を込めて俺は一歩遠去かった。

 大嫌いと叫ばれた友人が「今日も最高に可愛いなぁ」と呟き、くるりと俺の方へ顔を向ける。

「竹本もそう思わない?」

「うん。まあ、可愛いけど。怖えよ」

「は? ふざけんな殺すよ?」

「なんでキレてんの? 素直に答えたまでじゃん」

「菅原さんは、ただの『可愛い』じゃない。最高に『可愛い』の。それに小動物みたく弱々しくて全然怖くないの」

「あ〜〜〜〜めんどくせ〜〜〜〜。そーね、最高に可愛いし滅茶苦茶か弱いね」

 百回轢かれろだのギロチンだの、ピラニアより恐ろしい魚と泳がせたいだの。そんな想像を宣う少女の何処が可愛いのか。仮に小動物だとしたら、とんでもなく凶暴で残酷な小動物だなと思うのだが。こちらの意見は全部流して無かったことにし、発言を肯定する。

 菅原さんは小動物。か弱くて可愛い。

 いや、実際のところ、ビジュアルは確かに良いのだ。色白の肌。小さな顔に小さな口。切れ長のアーモンドアイと、桜色の薄い唇。少し丸っこい鼻は愛嬌がある。胸元まで伸びた黒髪は艶々で、身長は小柄。細過ぎず太過ぎない身体は、おっぱいこそ控え目だけれど、先に述べた通り魅惑的な太腿を持っている。

 十人中八人は間違いなく美少女判定を下すだろう。我が高校の二年生、菅原さんは俺の友人・立花へ毎日飽きることなく「大嫌い」と宣言する。そして、どんな酷い目に遭って欲しいか想像した内容を並べ立てるのだ。本人の前で、堂々と。

 その光景を最初に眼にした時……つまり去年の春。俺の眼は点となり、口を半開きにしながら耳を疑った。確か開口一番、こう言ったのだ。「あんたを塩酸で溶かしたい」

 菅原さんのヤベェ発言に対し、立花はこう返した。「光栄だ。俺も愛してる」

 まったく会話が成立していないどころか、完全にトチ狂った応答である。

 居合わせた同級生も先輩も(勿論、俺も)イカレタお二人に宇宙を背負った。そして「自分はいつの間に不思議の国で催されるお茶会の入り口へ辿り着いたんだ?」と首を傾げた。少なくとも俺はそうだった。しかし、悲しいかな現実であった。

 更に残念なことに如何してか立花の友人ポジションに据え置かれてしまった俺は、毎朝共に通学路を歩み、同じクラス故にほぼ一緒に行動し、帰宅部同士仲良く帰宅の途についている。そして毎日、二人のトチ狂った遣り取りを見させられているのだ。

 お陰で、俺も周囲からイカレタお仲間に認定されている。大変不本意。

「お前さぁ」教室への道すがら、常々思っていたことを口にしてみた。「『大嫌い』って言われて、暗に死を望まれてるのに、よく『愛してる』って返せるよな」

「当たり前だよ。俺も菅原さんを愛してるもん。彼女だって一度ども『死ね』とは言ってないし」

「そうだけど」

 四肢が爆散したら誰でも死ぬのでは? ショック死か、或いは失血多量で。

「それに、よく言うだろう? 『好き』の反対は『無関心』って」

「まあ、確かに」

「つまり」と、右手の人差し指を立てて続ける。「菅原さんが俺に『嫌い』と言うのは無関心じゃあない。イコール『好き』なんだ。『大嫌い』と叫ぶのは『好き』以上。イコール『愛してる』!」

「いや、その方程式は可笑しい」

「可笑しくない。悪態は愛情の裏返し。『大嫌い』は最上の愛の文句だよ」

「……俺には判んねぇわ」

「もう少し大人になれば判るよ。俺は菅原さんからの『大嫌い』が無くなったら死ぬ自信がある」

「あっそ」

 因みに菅原さん、お前の何処が好きなの? と訊いたら「内緒」と返された。




 立花の言葉は現実となる。

 成人する年、立花は死んだ。自殺だった。菅原さんから『大好き』のメッセージを受信した直後に。菅原さんは立花の死亡時刻の二時間前に亡くなっている。



(終)

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