大人気アイドルの握手会にて

クリオネ武史

大人気アイドルの握手会にて

 SNSを中心に話題を呼んでいる地下アイドル女性グループ「ぱすてる❤びすけっと」通称「てるびす」のライブが、今日も小さなライブハウスで催されている。

 ドリンク代別で三千円というチケット代を、ファンは破格の安さだと言う。彼らによれば、てるびすのパフォーマンスは、腐るほど数多ある地下アイドルの中でも秀でているのだそうだ。

 応援する者を表す〝ファン〟という言葉の語源は、狂信者という意味の〝Fanatic〟であるとされている。狂信者は狂信者らしく見えるだけの偶像を崇拝し、狭い視野に侵されて、盲目になってしまうのが世の常なのだろうか。


 人気メンバー・傀みるも(くぐつみるも)のパフォーマンスに注目してみよう。色とりどりのライトが飛び交うステージ。その中央で彼女は、蕾が開花するように、美しく可憐に飛び跳ねた。踊る度に揺れる黒髪ツインテール、宝石みたくプリズムを散らばす瞳、歌詞に合わせてころころと変わる愛らしい表情、難解なステップをも容易にこなすセンス。どれもが傀みるもが〝アイドル〟たる証拠として、堂々とそこに存在していた。

 傀みるもが盛り上がる客席に向かって、指さし、ウィンク、投げキッス……いわゆるファンサービスをする。自分のファンの顔を認知しているのだろう。的確に彼らを狙い撃ちして、恋に、沼に、深く突き落としていく。

 アイドルの汗はまるで結晶だ。消耗した体力の代償として流れるそれは、光にぶつかってまばゆく反射する。それが一層、傀みるもの笑顔を鮮やかに彩るのだ。


「俺らのエンジェル、み・る・もー!」

 曲の合間にコールを打つファンたち。彼女はそれに応えるように、膝上丈のスカートを揺らし、くるりと回って、顔の近くでピースサインをした。

 傀みるもの表情、仕草、言葉、全てに無駄はない。彼女が軽く笑むだけで、ファンの感情は非現実の世界へと誘われる。客席の前方は、彼女のイメージカラーであるピンク色のペンライトで埋め尽くされていた。


 以下は、ライブ終了後の握手会に参加したファン目線の文章である。




★山崎秀太郎(会社員)の場合


「みるみる、今日も最高に可愛かったよぉ」

「やましゅーさん! 今日も来てくれてありがとう! 会えて嬉しい!」

 みるみるは、ボクの手を聖母の如く優しく包んだかと思えば、痛いくらいに力いっぱい握ってくれた。ボクの丸く肉づいた手に、みるみるの細くて白い滑らかな指が食い込む。あたたかい。女の子の柔らかさと温もりを感じる。でも、あくまでみるみるはアイドルで、ボクの大切な推しだ。変な目で見たりは絶対にしたくない。

「そういえば、みるみる。今日はちょっと化粧が濃くない? 似合ってないよぉ?」

「えー、そうかなぁ? でもやましゅーさんが言うならそうなのかも。自分じゃ分かんないからね。教えてくれてありがとう❤」

「まぁボクくらいのファンじゃないと気づかないポイントってあるからねぇ……あ、そろそろ時間かな? 来週のライブも行くよ! じゃあね!」

「ばいばーい❤」

 握手会の制限時間が過ぎて「剥がし」と呼ばれるスタッフに引き剥がされてしまった。ボクが去るまで一生懸命に手を振って見送ってくれるみるみる。その手つきが、まるで機嫌が良い時の犬のしっぽみたいで、愛おしかった。あぁ、なんて可愛いんだろう。

 当時ブラック会社に勤めていて、生きる意味や活力を失っていたボクを救ってくれたのは、紛れもなく傀みるもだ。彼女に触れられて熱くなった手のひらを、そっと撫でる。

 ボクは人生を懸けて、この子を推すんだ。




★中村菜々子(中学生)の場合


 みるもちゃん、やっぱり大好き! お母さんから貰ったお小遣い……これで初めて握手会に参加できる! 緊張するけど、みるもちゃんに私の想いを伝えるんだ。

「み、み、みるもちゃん、はっ、はじめまして!」

「わー、はじめまして! でもライブにはよく来てくれてるよね? ステージから見えてるよ! 女の子のファンって珍しいから顔覚えちゃった」

 みるもちゃんが優しく笑いかけてくれる。私なんかのこと、覚えてくれてたんだ。あまりの嬉しさに思わず泣きそうになる。みるもちゃんの両手に包まれた頼りない右手が、熱を帯びて爆発してしまいそうだ。

「う、嬉しいです! 私……いつか、みるもちゃんみたいな、可愛くて歌が上手くてダンスも得意な、ファン想いの素敵なアイドルになるのが、夢なんです!」

 推しの前で夢を語ってしまったことを悔やんだ。羞恥が一気に押し寄せる。

「……ありがとう。私なんかでも誰かに夢を与えられているんだって、それだけで、アイドルやっていて良かったって……心の底から思うよ。頑張ってね! 諦めなければ絶対にアイドルになれるよ!」

 みるもちゃんは、さっきよりも強く手を握りしめてくれる。手のひらから、指から、爪の先から、みるもちゃんの優しさとか情熱とか信念とか、そういうキラキラしたものが、私に伝わってきた。

 スタッフの人に剥がされた後も、私は夢見心地だった。会場を出る私の足取りはリズミカルに弾んでいた。てるびすの代表曲を口ずさみながら、軽やかなスキップ。

 私、みるもちゃんみたいな素敵なアイドルに、絶対なるからね!




★小松蓮(大学生)の場合


 今日のみるもも良かったな。前方にいる汚くて臭そうなおっさんたちがうるさかったけど。俺はああはなりたくないから、後方で音楽にノってるだけ。握手会に参加するのは久しぶりだけど……みるも、俺のこと覚えてるかな。

「あー、れんくんだ! 久しぶりじゃん、寂しかったよ!」

 みるもが困り眉で俺の手を取る。コイツは俺がいないとダメなんだよなぁ。

「大学とバイトが忙しくてさ。なかなか会いに来れなかったね。でも来月のみるものバースデーライブには参加する予定だし」

「ほんと? れんくん大好き! その日はチェキいっぱい撮ろうね〜❤」

「はいはい、じゃあまたね」

 スタッフに剥がされる前に、みるもに軽く手を振ってから立ち去る。みるもは子ウサギのように小さくぴょんと跳ねながら俺を見送ってくれた。今日は良い日だな。帰りは酒でも買って家で飲むとするか。いや、俺まだ十九歳だけど。

 俺の退屈な日常を、みるもが少しだけ飾ってくれる。そんな距離感が心地良い。




・・・・・




★傀みるも(アイドル)の場合


 トイレの洗面所で、ゴシゴシと強く手を洗う。やけに冷えた水が皮膚に痛みを与えてくるのが辛い。石鹸とアルコールを何度も使ったせいで手荒れしているようだ。あー、最悪。もう、散々だ。オタクの相手は疲れる。

 やましゅーとかいう気持ち悪いデブ。見た目から生理的に無理。どうせ私のこと性的な目でしか見てないくせに。化粧が濃いとか何様のつもり? 化粧のケの字も知らないおっさんに文句言われる筋合いとかないんですけど。

 あと、なんか急に夢を語ってきた女の子がいたけど、笑いを堪えるのが大変だった。芋くさいガキが私みたいなアイドルを目指しているなんて、面白すぎでしょ。身の程知らず。変におだてて媚びる必要なかったかな。生半可な気持ちで、憧れだけの理想像で、アイドルになりたいなんて、舐め切っている。

 後方彼氏面の男子大学生もしんどかったな。自分は他のオタクとは違いますよ~ってアピールが透けて見えて、本当にダサかった。そのくせ妙にカッコつけているのがイタい。特別に見せかけた好意を安売りするだけで勘違いしてくれるから、良い金ヅルだけどさ。

 上辺だけの愛を振りまくと、心の大事な部分が削がれていく気分になる。本当に汚れたのは手ではなくて、目には見えない内側の部分だと、私は気づいている。

 アイドルも楽じゃないな、やっぱり。私がアイドルを辞めたら、アイツらの人生はどうなるのだろう。どうにもならないか。アイドルの応援なんて、所詮ただの娯楽だもんね。みんな口では「一生好き」とか「永遠の推し」って言うけれど、一生も永遠も存在しないんだよ。

だから、私もお前らと同じように、口だけで生きていくよ。




・・・・・




 その夜、傀みるものブログが更新された。ブログの内容は以下の通りである。


タイトル:みんな大好き❤


今日もライブでした! みんないつも応援ありがとう。

辛いことがあっても、みんなの楽しそうな顔を見ると、元気が出ます。

てるびすのメンバーのことも大好きだし、運営さんのことも大好きだし、

何よりもファンのみんなのことが大好き。ずっと大好き。

こんな私だけど、これからもついてきてくれると嬉しいな。

みんなの応援がある限り、私はアイドルを辞めません。

だから、みんなに一生のお願いです。

傀みるもを、永遠のアイドルでいさせてください。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

大人気アイドルの握手会にて クリオネ武史 @minamoto0720

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ