銀色の糸を這う

基岡夕理

銀色の糸を這う

 01


 俺は殺された。

 死因は憶えていない。

 しかし殺されたことは間違いないと断言できる。なにせ俺はこの世のものとは思えない場所にいるからだ。現在のVRでもここまでのリアリティは生み出せないはずで、あらゆる幻覚もここまでの安定感をもたらせないはずだ。


 ここはどこか。

 それは俺もよく分からない。


 和風な町並みだが、緑に満ち満ちている。田舎だってここまで植物が生い茂っていない。まるで手入れが行き届いていないように道も家も植物に追われているのだ。どこを見ても緑色。青々としたニオイに鼻が曲がりそうだ。しかしこれで整っていると言う。この街の人にとってこれが正常なのだ。

 流石に火の回りには植物がないと思ったが、火に強い植物というのが竈のギリギリまで蔓を伸ばしている。


 この街の文明レベルは江戸時代だろうか、電気は使われていない。明かりは火を使い、ぼんぼりだったり提灯だったりだ。

 他にも様々なことは現代とは思えないものなのだが、とりわけ異彩を放つものがある――。




 俺は集団の最後尾で山の中を歩いていた。五人の集団で、全員が二十歳を越えた大人だ。俺だけがまだ十七歳。つまり子供だった。身長はちょうど真ん中あたりになるが、顔つきは誤魔化せない。経験も浅く、身のこなしも含めて浮いていた。

「疲れたか?」

 心配してくれたのは椎名という男。新人の俺のサポートをしてくれている。


「ありがとうございます。大丈夫です」

 ここで弱音を吐いたら役立たずだと思われる。仕事を失うわけにはいかない。


「無理するなよ」

「はい」


 優しくするというのは相手を見下してるからこそできることだ。確かに俺の方が格下ではあるが、いちいち気にかけられていたらバカにされてるのと変わらない。ただ山を歩いてるだけだぞ、俺はそこまで無能じゃないはずだ。


「着いた。静かにしろよ?」

 リーダーの男が手を向けてこちらを制す。

 俺たちは立ち止まり、藪の陰から目的の物を探す。


 山の中に大きな洞穴。その手前は開けており、子供たちが公園として遊べそうなぐらいだが、そこにある大きな足跡を見れば遊ばせられないのは明白だった。今は昼過ぎで、ヤツはそろそろ獲物を狩りに出てくるころだ。

 俺たちは少し離れたところからそれを待っているわけだ。


「来たぞ」

 十数分は待っただろうか、ついにヤツが現れた。声をかけられるまでもない。大地が揺れている。


 ティラノサウルスが実在したならこのぐらいの大きさだろう、人間の倍以上ある背丈のイグアナだ。緑色の身体は岩肌のようにゴツゴツしており、かぎづめの鋭さは人間に易々穴をあけそうだ。下敷きになったらそれこそペラペラになるに違いない。

 こいつはディディラクラと呼ばれている。

 肉は硬くて食えたものじゃないらしいが、仮に美味でも積極的に狩ろうとはしなかったと思われる。ディディラクラには鴉のように光るものを集める習性がある。河原や鉱山から金銀や宝石の原石などを収集してくるのだ。時には村を襲って財宝を集めたりする。一説にはメスへのアピールらしい。俺たちはそれを少しばかりいただく。


 ディディラクラが巣穴を離れて森の奥へと消えていった。金銀財宝か、エサか、とにかくしばらくは戻ってきまい。

「いくぞ」

 リーダーの合図を受け、俺たちは巣穴へ向かった。



 02



 ここに来たのは一週間前のことだ。

 気づけば町の真ん中に立っていた。来る直前のことは思い出せないもののそれまでの生活はよく憶えていた。だから目の前を大きな鶏が横切ったとき目を疑った。馬みたいな大きさで、馬のように荷車をひいていた。荷馬車ならぬ荷鶏車である。


「あ、いらっしゃい」


 声をかけてきたのは中年の男だった。交通誘導バイトのような事務的な表情を浮かべ、慣れた態度で、役場に案内した。流れるような作業でここでの生活について簡単な説明を受け、住まいと少量のお金を貰った。家を確認したのち「適性を測る」とのことで近くの施設で学校の体力測定みたいなことをやらされた。

 その結果を受けて斡旋されたのが今の仕事である。


『採集班』。

 仕事内容はそのままだ。

 この世界には様々な怪物がいる。その怪物が集める食料や貴重品を少々いただく――というもの。


 つまり盗むわけだが、向こうがあまり困らない程度に取ってくるから、これを人は『共生』と呼ぶらしい。俺は首を傾げる。例えば養蜂なんかは巣の管理をやる人がいるから人間側も(一方的にだが)益を提供しているため、蜂にも悪い話じゃない。しかしこれは人間だけが得している。


 苦言を呈したくなるものだったが、それで何か変わるわけでもない。もちろん俺がやることも。だから今日もこうして〝いただいて〟帰ったわけだった。琥珀、ザクロ石、金の櫛、メノウや翡翠の装飾品、小刀や小判など。


 歩合制のため取れるだけ取ってきたいが〝共生〟を保つために上限が決まっている。だから必要以上は取ってこない。今回も上限ぎりぎりで回収してきた。それもあってこっそり持ち帰ってお金に変えるやつもいる。

 もちろんリスクを背負っている。俺はそんなバカなリスクを背負うのは嫌だからやらない。密告するのも面倒だから放置だ。今のところ金銭的に困ってはいないことも大きい。


 仕事にあまり不満はない。

 隠密行動も肉体労働もあまり苦ではない。仕事仲間に苦手なやつはいるが適当にあしらって適切な距離を取っている。


 困っているのは生活環境の方だ。


 昼過ぎには帰宅した。今日はもう仕事はない。今までの生活であればスマホでもいじってゴロゴロ過ごすところだが、ここにはスマホもなければテレビもなく、ましてや個室なんてものも存在していなかった。

 家は長屋を襖で仕切ったもので、隣の音がよく聞こえる。もちろんこちらの音も聞こえるだろうが、隣のやつがとにかくうるさい。俺と同じようにこの世界にやってきたやつだろうが、いつかの流行りの曲をずっと歌い続けている。俺はその歌手のファンじゃないし、いい加減聞き飽きた。それに仲間を集めてわいわいと騒いだり、暴れ回って襖を張り倒してこちらに転がってくることもあるから安心できない。


 さっさと引っ越したいところだが、まだまだ金が足りない。少なくともあと一ヵ月は我慢を強いられるだろう。


 それに水回りが厳しい。風呂もトイレもキッチンも共用で、風呂とキッチンは近くの山から引いた水を使えるからまだしも、トイレは水洗じゃない。拭くものは細い木と葉っぱだ。気持ち悪くて仕方ない。今は夏だからニオイが酷い。虫も大量に湧く。


 ストレスが凄い。

 こんな生活続けていられない。

 引っ越しなんかじゃ足りない。とにかく元の世界に戻りたい。

 一週間の生活で俺が切実に願うようになったのがそれだった。



 03



 俺と同じ気持ちの人は多い。実際、この世界からの脱却のために活動する集団がいる。家にいても仕方ないので、俺はその活動家たちの集会場所へ向かった。


 川沿いのお店が並ぶ通りの端に立つ建物が目的の場所。周囲から浮くこともなく、しかし暖簾に何も書いていないから知らなければなんの店か分からない。そんなところだった。ノックしてすぐ返事があり、扉が開いた。

 部屋の奥にあるテーブルに案内され、代表と名乗る男と向き合って座った。軽く挨拶を済ませると、彼は語った。


「なぜか勘違いされることがあるので先に言わせてもらうと、私たちはまだ打開策を見つけていません。そうだったら活動を終えてますから」

「大丈夫です、そんな勘違いがあることに驚いてますから」


 そうですかと安堵した様子で彼は息をついた。


「自分で言うのもなんですけど、あまり期待を持たないでくださいね。ここからの脱出は記録に残らないぐらい古くから取り組まれているようで、私たちは諦めきれないだけなんです。ここに残る人が少ないことがいい証拠です。最初はみんななんとかしたいと足掻くんですけど、結局進展の無さに諦めてしまう」


 彼の哀愁漂う表情に自分の認識の甘さを突き付けられた。

 そりゃそうだ、最近始めたなんてことはありえない。何十年前、いや百年、もしかしたらそれ以上かもしれない。江戸時代なんて二百年以上前なんだから(もちろんここが江戸時代レベルの保証もないんだが)。


 それだけの時間をかけて未だに帰る方法が分からないんだ。

 だからダラダラと、いつまでも希望に縋りついているだけ……。


 おそらくこの世界で健全な生き方は開き直ることなんだろう。思い返せば『採集班』のみんなもここでの生活を当然のように考えていた。彼らも最初は抜け出すことを考えて、でも諦めて、ここで生きると決めたんだろう。

「ただ一つ言えるのは」

 代表は少しだけ明るい顔になった。


「この世界には、突如消える人がいるということです」




 突然と言っても目の前でパッと消えるわけではないらしい。しかし人の目から離れたとき、まるで神隠しにでも遭ったようにいなくなるそうだ。

 それが元の世界に帰ったことを意味するのか、それとも単に死んだだけなのかは分からない。


 しかしこれを唯一の希望として、彼らは帰る方法を探している。

 つまり消える条件さえ分かれば帰れるかもしれないのだ。


 もちろん単に人目に付かないところに行けばいいってものじゃない。それならトイレにでも行けば消えられる。やはり何か条件があるらしい。しかし直前の状況やそれに至るまでの足跡そくせきを辿ってみても、全員がバラバラで共通点が見つからないという。

 逆にこの世界に来る人には共通点がある。


 みんな死んでいるのだ。


 だからここが死後の世界と考えるのは自然だろう。しかし、天国や極楽と言うには優しい世界ではないし、地獄と言うには優し過ぎる。だから疑惑が生まれる。

 ここは死んだ人間に何か機会を与えてくれる場所なのではないか。

 生前になんらかの条件を満たした人だけが直接あの世に行かず、例えば生き返るチャンスをもらえるとか。

 もちろん妄想の域を出ない。


 しかしこれはかなり期待できるだろう。

 ただ気になるのは、共通点としてもう一つ、全員が死因を忘れていること。


 事故死で頭を強打して記憶が飛んだとかなら理解できるが、例外なく死因を忘れているなんて明らかに故意だ。

「何か気づいたら教えてください。こちらも何かあったら伝えますので」


 俺は好意的に挨拶して集会場所を出た。

 とにかく自力で調べてみよう。


 そう決めて役場に向かった。役場には様々な情報が集まる。有益なものがあるとは考えられないが、何かきっかけになるものでも、という淡い期待。何もなくても別の仕事でも見繕ってもらおう。最悪ここで生活せざるを得ないなら金はできるだけ稼ぎたい。

 もしここが地獄だと言うのなら、それこそ地獄の沙汰も金次第というやつだ。


 役場に入る。


 髪の長い少女が受付の辺りで何やら説明を受けていた。説明しているのは例の案内役の中年だ、おそらく新しく来た人だろう。

 俺のときもこんな感じだったんだなとか妙な感慨に浸りつつ、別の受付に向かった。


「あっ」


 短い悲鳴が聞こえた。少女の声だ。見れば彼女が口をおさえて固まっていた。怯えた様子だった。その視線はこちらに向いている。……俺を見ている? まさかそんなわけ、と思って後ろを向いたが何か怯えるようなものもなく、改めて彼女に振り向けば、やはり俺を見ているようだった。


 そこで俺は思い出した。

 忘れていた記憶の中に彼女はいた。



 04



 翌日、俺はいつも通り『採集班』の仕事に向かった。気分は最悪だった。正直仕事を休みたかったが、でも同じくらい仕事をして気を紛らわせたかった。

「大丈夫か?」

 椎名さんが心配してくれる。いつもは不満ばかりだったが今日は少し嬉しい。でもあまり構われたくないというのも本音だった。

「すみません。考えごとをしてました」

「集中しろよ? 死んでも責任取れないからな」

「はい……」

 気をつけなければ。


 これ以上心配されるようなことがあれば詰問されることになるだろう。適当にはぐらかすことはできると思うが、想像力の豊かさはいずれ死因の記憶に結び付けるだろう。そうなったら最悪だ。

 記憶を取り戻したなんて絶対に興味を持たれる。質問ぜめに合うに違いない。それを言いたくないなどと言おうものなら、間違いなくろくでもないことをしたと疑われる。


 そして実際、その通りだった。

 俺は大きな罪を犯していた。

 話せるわけがない。

 適当な記憶を用意しておくのがいいかもしれない。……いや。


 あの子がもし俺のことを話したら、その時点で俺は終わる。そうだ。俺はあの子に心臓を握られているんだ。

 俺の安全を確保する方法は二つ、あの子に消えてもらうか、俺が消えるか。

 別に死ぬ必要はない。とにかくここから離れることだ。ただ、ここ以外に町が見つかったという話はない。話が伝わらないほど遠くに行けばあるのだろうか、いや、仮にあったとしても、この危険な森を抜けられるとは思えない。だったら……。


「いくぞ」


 リーダーの合図で巣に忍び込む。今回の怪物はウデムシと呼ばれる虫で、名前の通り前方についた巨大な腕が特徴的だ。大きさはレーシングカー並み。元々の生態は知らないが、この世界では狩ってきた動物にカビをつけて熟成させる。要は生ハムみたいなものを作っている。これがあまりにも美味しくて、贅沢品として有名なのだ。


 巣は広い。テリトリーを示すために様々な動物から取ってきた毒の棘などが木々に吊るしており、これに囲われた範囲の林が巣だ。その中心に木の枝やウデムシが分泌した糸などで動物が吊るされて熟成されている。

 巣の手前からも漂っていた肉の香りが近づくにつれて強烈になり鼻がねじまがりそうになる。ああよだれが垂れそうだ。


 巣に仕掛けられた罠を躱して奥へ。肉のニオイに引き寄せられ罠に捕まった動物たちをわき目にして進んでいく。


 そして肉のカーテンに到着した。リーダーが木に登り、カビで白くなった牛のようなサイズの肉を吊るす糸をナイフで切った。それを残りの四人で担ぐ。

「よし、行くぞ」

 そうやって走り出したときだった。

 リーダーがすぐに制止したのだ。俺は前の椎名から覗き込むように前方を見た。ウデムシが戻ってきていた。


「おいおい、戻るの早すぎだろ」隣のやつが言った。

「逃げるぞ」

 リーダーが俺たちだけに聞こえるような声で言った。俺たちはゆっくり肉を下ろし、ウデムシに対し左方向へ慎重に足を進めた。相手を刺激しないように気をつけて、音を立てないようにして。しかし隣のやつがうっかり転んでしまった。それでウデムシが走り出した。


「もうやるしかない」


 リーダーが大きなナイフを抜いた。椎名さんも続き、他の人たちも戦闘態勢に入った。

「新入りは逃げろ」

 そう言われ、俺は素直に巣の外を目指した。

 彼らには戦う技術がある。実践は見たことがないが、俺もそろそろ戦い方を学ぶことになる予定だった。たぶん大丈夫だ。

 だから彼らについては安心していた。しかし、俺の心臓はバクバクと鳴り、同時に凍えるような思いだった。


 俺が死ぬ原因になった出来事とダブったから。


 俺は――。

 殺人を犯したから。



 05



「あの、タタキって言うのは……」

「強盗のことです」

 俺は闇バイトに応募していた。

「犯罪……ですよね」

「大丈夫ですよ。悪いことして得たお金ですから、向こうも警察沙汰にはできません。安心してできる仕事ですよ」

「でも……」

「あのさ、あなた、親の借金返したいんでしょ? お金必要なんでしょ?」

「……はい」

「だったらやっちゃいましょうよ。それが親御さんのためですから」

 そう言われ、俺はやることを決めた。父は俺が物心つく前に離婚して、一人で俺のことを育ててくれた。でもお金に困り、悪いところから借金をしてしまった。最近はその返済に追われて、父はみるみる衰弱していた。今にも首を吊りそうなぐらいに毎日をギリギリで生きてる感じがして。

 だから俺はお金が必要だった。



 深夜、集合場所から車で運ばれて、標的の家に着いた。どうやらこの家は裏社会とのつながりがあるらしく、つまりお金も汚いものだそうだ。そんなやつからお金を奪うのならそんなに罪悪感もない。

 ポケットに手を入れ、念のためと渡されたナイフを確認する。使いたくはない。でも、怖い家に行くからには身を守る方法は大切。


 指示を受け、まず仲間の一人が窓ガラスを破った。ほとんど音がせず、慣れているのだと分かった。ガラスが開けられ、俺たちは靴のまま中に入った。そしてお金を隠しているというキッチンへ。床下収納らしき戸を開けると、そこには金庫があった。仲間が開けようと手を伸ばす。


「誰だ⁉」

 同時に明かりがつき、俺たちは揃って振り向いた。


 見つかった。

 リビングに男と女。手にはバット。


 仲間はパニックになったのか、うわあああと叫んで彼らに突っ込んでいった。その手にはナイフが握られている。俺もやらなくちゃいけないと思った。

 仲間が男に体当たりした。彼は背中をバットで殴られて、俺は殴った男の心臓にナイフを突き刺した。

 きゃあああと女がバットを振るが、振り慣れていないのか俺の手前の床を殴りつけた。俺は焦って彼女の胸にもナイフを突き出した。彼女はビビッて頭を下げ、そのせいでナイフは彼女の首を切り裂いた。


 血が噴き出して、生温かいものが顔を汚した。鉄のニオイが鼻を衝いた。


 仲間が苦しそうに立ち上がる。

「逃げるぞ」

 ああ、と心ここにあらずで答えた。直後、リビングに誰か入ってきた。恐る恐るといった具合で、そして中の様子を確認して口をおさえた。髪の長い少女だった。

 俺は怖くなって、彼女の頭をナイフの柄で殴りつけた。



 俺はそこから逃げ出した。車には乗らず、警察に向かった。

 その途中で車にひき殺された。

 処分されたのだ。



 06



 気づけば森の深いところに迷い込んでいた。薄暗く、肌がしっとりとした冷たさに縮こまっている。

 戻り方が分からない。このままでは死んでしまう。どうやって戻ろうか。でも、なんだか、もうこのまま死んでもいいと思った。


 俺は犯罪者だ。

 人を殺している。


 あの子の家族を奪い、あの子の心と身体を傷つけた。


 俺が死んだのは自業自得なのかもしれない。罪を犯したから天罰が下ったのだ。それならこの死んでしまっても構わないだろう。それが誠意というものだ。

 俺は地面に寝転がった。

「ああ、死ぬのは怖いな」

 いざ死ぬと決めたら途端に怖くなってきた。俺はなんて情けない男なんだろう。罪を償う覚悟もろくにできないなんて。


 でも。

 そうだな。


 もし生まれ変われたなら、今度は誰かの幸せを実現できる人になりたい。今度こそ真っ当に生きて、真っ当に死にたい。


「……?」


 目の前に何かが垂れてきた。

 銀色の糸だった。

 不思議と「掴め」と言われてる気がして、俺はそれに手を伸ばした。ぎゅっと握って――。



 気づいたら、俺は見知らぬ場所に立っていた。裁判所のようにも見えるがかなり派手な装飾がなされている。裁判所と言っても裁判官は一人だけのようだ。

 髭を多くたくわえた巨漢だ。座っているのに俺の倍は大きい。人とは思えない大きさをしている。

 彼は右手のしゃくをこちらに向けて言った。


「貴様に輪廻転生への試練を与える。成し遂げれば現世へ、失敗すれば地獄へ、心が折れれば無間地獄へ」


 そして再び見知らぬ場所に立っていた。

 それは試練という名にふさわしい光景だった。




 0+α


「新入り、消えちまったな」

 そんな話を耳に挟んだ。あの青年のことを言ってるのだと後で知った。

 私は彼について知っている。

 彼がやった犯罪を知っている。

 私は決して彼を憎んではいない。むしろ感謝したいと思っている。あんな人たちこの世界から消えればよかったのだから。

 あのときは驚いて悲鳴を上げてしまったけど、別に彼が悪くて怯えたのではない。彼はきっと誤解しただろうから、そこだけはちゃんと説明しておけば良かった。それが少し後悔。

 彼は悪くない。

 決して悪くないのだから。

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