決別

「母さん、俺の母親に彼氏が出来たんだ。これまでにも何度かそういう人が家に来たことがあったんだけど、今回は本気だった。相手は貴族のボンボンだったらしくて、相手の家族に反対されてるから2人で駆け落ちする作戦を立ててた。

 彼氏と幸せになるのに俺達は邪魔だったから、俺達の事はこのまま置いていく事にしていたみたいだけど、別にそれはいいんだ。今までだって禄に世話してもらったことなんてなかったから。

 駆け落ちする為の逃亡費用を必死に貯めて、足りない分は借りて補って、なんとか準備したんだけど、彼氏がそのお金を持って姿を眩ましたんだ。

 元々母さんと一緒になるつもりなんてなかったっぽい。

 その事実を知った母さんはそりゃまあ荒れてたよ。

 家の物投げるし窓壊すし、掃除するのが大変だった。

 それで逃亡費用の一部を借りた所が、まあまあヤバい所だったみたいで、乱暴に取り立てに来たんだ。家の中にある売れそうな物は全部持って行って、それでも全然足りないってなった時に、ヴィンカを売るって言いだしたんだ。

 駆け落ちがなくなって全てに絶望してた母さんから言い出した。

 家がなくなろうが、母さんが消えようが、どうでもよかったけどヴィンカが連れていかれるのだけは許せなくて、反対したら地面に抑えつけられて、ヴィンカの腕を掴んで連れて行こうとしたんだ。

 ヴィンカは泣いて俺の名前を呼ぶし、母さんは早く行けってヴィンカを叩くし、あいつらは泣き喚いてその場に座り込むヴィンカの髪を引っ張って連れて行こうとするし、もうどうしたらいいかわかんなくて…。

 初めて、本気を出したんだ。

 人間を傷つけないように、物心ついた時からずっと力を抑制してきて、さっきみたいに誰かをおぶって移動するときですら、無意識に抑制するようになっていたのに、初めて本気の力で人を蹴ったんだ。

 人型の手で殴ってたならまだよかったんだけど、獣人型の足で本気で人を蹴っちゃった…。

 獣人は人よりも力が強いって事は知っていたけど、まさかあそこまでとは思わなくて…、

 蹴られた人は後ろに吹っ飛んでいって、頭から血を流して倒れてた。

 胸には蹴った時のひっかき傷も出来てて、そこからも血が流れてるし、ゴホゴホ咳き込んで口からも血が出てるし、俺急に怖くなっちゃって、呆然とそれを見てたんだ」


 ゆっくりとした話口調だったが、ロボにも状況が分かるように、正確に話をしていたダスティがそこで話を止めた。


 ロボは、感じた疑問を口にした。


「そいつが確実に死ぬところを見たのか?」


「見てない…。でもその数日後にあの治安維持部隊の人たちが家に来たから、きっとそうなんだろうと思って」


「自分自身の目で見ていないならわからないだろ。あいつらは平気で嘘もつくだろうからな。それに脚力の強い馬とかならともかく、犬っコロ程度の蹴りじゃ人間は死なない」


「で、でも! 胸からも口から沢山血が出てたし、苦しそうな顔して咳き込んでたし、このまま死んじゃうんじゃないかって…」


「胸を強く蹴られたせいで骨が折れて、どっかの臓器にぶっ刺さったとかだろ。口から出てた血もそのせいだ。すぐに医者に見せればなんとかなるだろ。というか、似たような目に遭った俺が横にいて、こうしてお前と話してるんだがな」


 そう言うとロボは、口元を拭った際に出来た血の跡を指さし、胸を押さえてわざとらしく痛がって見せた。


「はは、ロボは俺と同じ獣人なんだから、人間ではないだろ」


 ダスティは薄っすら涙の溜まっていた目を雑に擦り、少し安心したように笑った。

 その顔を見て、ロボは本題をぶつけた。


「お前の置かれた状況、身に起こった事はよくわかったが、その話と俺があいつらに狙われる話、どう繋がるんだ?」


 ロボの言葉にダスティの笑顔が固まった。


「お前の話はわかったが、そこでどうして俺が出てくるんだ?」


 こうしてあいつらに追われている理由をダスティに問いただしたら、この話をされた。

 ならこの話は、ロボが終われる理由に繋がっているのだと思うのは必然だった。

 だが、話を全て聞き終わってもロボが何故追われる身になる必要があるのか、理由がさっぱりわからなかった。

 なので、こうしてロボは再度ダスティに問いかけた。


 ダスティは、ロボがこう返してくることは想定していたのか、眉間に皺を寄せて、俯きながら話し始めた。


「さっきの話の後に、治安維持部隊が家に来たことは本当なんだ。家に入ってきて俺を見つけると、銃を突き付けてきて付いて来るように言われたんだ。

 自分のやったことに罪悪感もあったから、素直に付いて行こうとしたら、ヴィンカが俺の手を掴んで、『連れて行かないで』って泣き出して、なんとか宥めようとしていたら、隊長みたいな奴が俺に話しかけて来たんだ。

『お前の友達や知り合いに顔や身体に爬虫類のような痣を持つ奴はいないか』って。

 すぐにロボの顔が浮かんで、でもなんで急にそんな事を聞いて来たのかわからなくて動揺していたら、そういう知り合いを知っているんだと捉えられて、急に優しい声で言われたんだ。

『そいつの場所まで案内してくれたら、お前の事は見逃してやる』って…言われたんだ。

 お、俺、そいつらがロボの居場所を聞いて何をするのか知らなくて、だから」


「それで、俺を売ったのか」


 言い訳を言おうとするダスティの言葉を遮って、ロボは言った。


「ヴィンカはまだまだ幼くて手がかかる歳だし、お前がいなくなったら母親にどう利用されるのかわかったもんじゃないもんな。しょうがないよなあ」


 ダスティの置かれた状況を考えれば、その行動に出てしまった事は致し方ないことだと頭では分かっているのに、信頼の置いていた仲間に裏切られたような気がして、ロボは言葉を止めることが出来なかった。

 しかし、止めるつもりもなかった。


「仲間よりも家族を取るのは当たり前だもんな。俺には家族いねえからわかんないけど」


「ご、ごめん。本当にそんなつもりじゃ」


「もういいから、可愛い妹の所に帰れよ。後は俺一人でなんとかする」


「なんとかって、そんな身体でどうにか出来るわけないだろ! 俺がおぶって行けば移動はなんとかなるし、俺とロボが協力すればきっとあいつらから逃げ切れるよ、だから」


「いらねえって言ってんだろ!」


 ロボは怒鳴るように言うと、そのままダスティの顔を、憎しみを込めた目で睨んだ。


「もうお前との仲良しごっこは終わりだ。元々、足手纏いだと思ってたんだ。もう顔も見たくない。早くどっかへ行け」


 吐き捨てるように言うと、ダスティは今にも泣きそうな顔をして俯くと、


「……わかった」


 と小さく言い、ロボの横を走り去った。

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