治安維持部隊

 あれから5日ぐらい経っただろうか。

 身体はまだ少し痛むが、日常生活には支障が出ない程度には回復していた。

 備蓄だって無限ではないので、今日からまた調達に出るかと着替えをしていると、扉を強く叩く音が聞こえてきた。


 この家の戸を叩く奴なんてダスティかヴィンカぐらいしかいないので、ロボはダルそうに返事をしながら、玄関に向かった。


 扉を開けると立っていたのは、ロボが予想していた通りダスティだった。

 ダスティは申し訳なさそうな、そして何処か焦っているような顔をしていた。


「おい、どうしたんだよ。何か用があったんだろ?」


 訪問の理由を催促すると、ダスティはあからさまに目を泳がせた。


「え、えっと、もう身体は大丈夫かなって。心配になったからさ」


「ああ、お陰様で大分マシになった。丁度これから食料を調達しに行こうかとしていたところだったんだが、お前も来るか?」


「あ、いや、俺は…」


 何処かオドオドしているダスティ様子に疑問を抱いていると、ダスティの後ろから突然手が出て来て、ロボはその手に首を掴まれた。

 それと同時にドア横に隠れていたらしい黒く堅苦しい制服を着た人間が3人、姿を現した。


「おい、こいつがそうか?」


 真ん中に立つ一番ガタイの良い男の言葉に、ダスティは小さく頷いた。


「確認しろ」


 ガタイの良い男の言葉にロボの首を掴んでいた男は、そのままもう片方の手でロボの髪をかきあげた。


「確かに。特徴と一致します」


 ガタイの良い男はロボの顔の痣をまじまじと見ると、


「そのまま拘束して連れてこい」


 と命令した。

 ロボを掴んでいた男は、床にロボを叩きつける。

 胸を強く打ち付け、ロボは咽た。

 その隙に縄で拘束しようとしているのに気付いて、ロボは痛む身体に鞭を打ち、勢いよく立ち上がって家の奥へと逃げようとした。

 しかし、走る足を速めようと力を込めた時、身体に何かが巻き付くような感覚と共に電撃が走って床に倒れ込んだ。


「発砲許可を出した覚えはないぞ」


 ガタイの良い男の言葉に


「すんません」と撃った男は気持ちのこもってない声で謝り、拳銃を腰に差し込んで蓋を閉じた。


 ロボの身体には、鉄で出来た鎖のような紐が巻き付き、それが電気を帯びている。

 今目の前にいる治安維持部隊員がよく使う拘束用具だ。

 警戒はしていたが、こんなの避けられるわけがない。

 身体が痺れ起きる事すら出来ないので、ロボは少しでも逃げる算段を付ける為に、今できる精一杯の情報収集を始めた。


 連中は3人。

 一番ガタイの良いあいつは、他の奴に命令をしているところを見る限り、隊長なのだろう。


 俺の首を掴んでいた短髪のあいつは一番下っ端なのか、他二人に敬語で話しかけていて、俺やダスティを見ている時の目は、殺意が籠っているような鋭い目を向けてくる。


 もう一人は、顔をすっぽり覆う被り物をしていて顔は分からないが、身体つきと長い髪を一本にまとめているのを見る限り、女なのだろう。

 この中では女が一番なんとか出来そうな気がするが、何を所持しているのか分からない以上、どいつも油断ならない。


 人よりも身体能力に優れている獣人が、人に反抗することが出来ないのは、こういった技術進化の為だった。

 この街で暮らす獣人が酷い扱いに耐えられなくなって人に危害を加えた時、彼ら治安維持部隊がやってきて、その圧倒的な魔法兵器の力で鎮圧するのだ。


 しかし、武力を行使するのは、人に危害を加えたりした時だけだった筈だ。

 通常は獣人であっても労働力であることにかわりない為、盗みをしようが誰かに危害を加えたりしない限り、極力表に出てこず、黙認しているのは周知の事実だ。


 俺には誰かに危害を加えたりした覚えはない。

 先日のパン屋での一件でも、俺からは絶対に手を出さなかった。

 それにあのフードの男が口止めをしていたのを見た。


 あのフードの男は恐らく幾らかは金を持っている男だ。

 金を持っている男との約束事を無下にしてまで、俺を治安維持部隊に告発したとは考えにくい。


 それに万が一、パン屋の店主が告発していたと仮定して、窃盗で捕まったとしても待っているのは厳重注意と躾という名の多少の暴力だけだ。

 家まで押しかけて拘束されるなんて、聞いたことが無い。

 だとしたら、考えられる原因は…


「…ダスティ」


 顔を上げながら、ガタイの良い男の隣にいたダスティを見た。

 不安そうな顔で周囲を伺っていたダスティと、目が合った。

 ダスティはロボと目が合うと、何かを言おうと口をパクパクと動かし、その後ぎゅっと目を瞑ってそっぽを向いた。


「そろそろ行くぞ」


 ガタイの良い男が指示を出すと、

「はーい」


 と軽い返事をしながら、下っ端の男がロボに近付いて来た。

「触んな」


 ロボは少しでも抵抗して逃げ出す隙を作ろうと、拘束されていなかった足で男を蹴とばそうとしたが、その足を掴まれ、膝を稼働範囲外まで曲げられ、ボキリと鈍い音がした。


 目の前の自身の足の惨状と痛みで、今まで生きてきた中で出したことのないような叫び声が出る。

 一通り叫び終わった後も、痛みに耐える事に精一杯で荒い息をしながら自身の足を抑え、苦痛に歪んだ顔でロボはダスティを睨んだ。


 下っ端の突然の行動に、ガタイの良い男は


「おい!」


 と大きな声を上げながら、下っ端の肩を掴んだ。


「だって汚ねえ足を俺に当てようとしてきたんすよ。正当防衛っす」


 悪びれる様子のない下っ端に呆れながら、ガタイの良い男は女に声を掛けた。


「帰還の目途は経ちそうか?」


「あと数分で魔法陣が開きます」


「分かった。おい、今度こそ移動するぞ」


 ガタイの良い男の指示に、下っ端の男が痛みで震えるロボを担ぎ上げた時、再びダスティと目があった。

 弾みでロボの手が下っ端の男の腰辺りに当たったが、下っ端は気にしていない様子で、ただ嫌そうな顔をしながら舌打ちしていた。


「あの、」


 そのまま家を出ようとする3人に、それまでオロオロするしかしていなかったダスティが声を掛けた。


「ロ、ロボはどうなるんですか」


ダスティの言葉にガタイの良い男が答えた。


「知らん。俺等はこういう奴を連れて来いと指示されただけだ。それ以上は聞かされていない」


 尚もどうでもいいような言葉を掛けて、引き留めようするダスティの姿を見て、ガタイの良い男は何かに気が付いたような顔をした。


「ああ、なるほど。そういうことか」


 そう言うガタイの良い男は懐から小銭袋を取り出して、ダスティに幾らか握らせた。


「これで妹と美味いもんでも食べてこい」


「ち、違っ、俺は」


「おい、そろそろ時間だろ」


 驚いた顔で小銭を受け取ったダスティは反論しようと声を上げるが、ガタイの良い男はそれを無視して、細い道を奥へと進みだした。


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