第7話 残念ながら不正解だ

 それが俺と白雪祈里の、出会いの顛末だった。

 初対面……ではないが、顔を突き合わせたのが二回目だってのに、藪から棒に「恋人になってくれ」と頼まれたのには随分と驚かされたが、たまに──いや、割と四六時中か──とにかく、距離感がバグってることを除けば、白雪は「大人しい子」の一言に尽きるんだろう。

 人目を引く、美少女と呼んで差し支えないようなルックスにもかかわらず、いつもクラスの隅っこで背を丸めて、肩身が狭そうにラノベを読んでいるのは、なんとなくいたたまれない気がしないでもない。


 だが、だからといって「友達を増やそう」とかそんな目標を掲げて邁進するようなタイプじゃないのも確かなことだ。

 孤独に耐えかねているのに、孤独でいることしかできない致命的な不器用さを、白雪は抱えていた。

 まさしくヤマアラシのジレンマだ。無理にコミュ強な藤堂や三木谷に引き合わせても、逆効果だろう。


「……なんで俺だけが例外なのかはわからんが」


 授業と授業の合間に挟まる休憩時間、軽い眠気を覚ますために水場で顔を洗いながらぼそりと呟く。

 そんな白雪の中で、俺が例外処理されているのは中々に謎なんだよな。

 定期を拾っただけなのに、それがまるで命を助けられたかのように受け取られているのは、百歩譲ってそういうこともあるよな、ぐらいにしておくとしてもだ。


 俺は人付き合いがいい方じゃない。

 なんなら愛想だって悪いし、問題の暗記は得意中の得意だって、他人の顔と名前は中々覚えられない。

 そんな俺だというのに、脳が蕩けそうなウィスパーボイスでぬくもりを感じるだとか抱き締められるのが好きだとかそんなことを言われてみろ。率直に、どうしていいかわからなくなる。


 それでも、友達になるという約束は取り付けられた以上果たされなきゃいけない。

 約束というのは守られなきゃいけないものだ。破られることは、あっちゃいけないんだ。

 なのに、と続く言葉を飲み込んで、教室に戻っていこうとした時だった。


「君、一組の九重京介君で合ってる?」


 いかにも優男だという面をした茶髪の、まあ、いわゆるイケメンに分類されるのであろう生徒がいきなり話しかけてくる。

 なんでこいつが俺の名前を知っているのかは知らんが、俺の方には生憎面識なんて欠片もない。

 部活の勧誘だとかなら秒で断るつもりだが、どこかで恨みを買って因縁をつけられていたのなら面倒だな、と内心で舌打ちをしつつ、答えを返す。


「……合ってるが、それがどうした」

「おいおい、そう警戒しないでくれよ。実はさ、君に頼みたいことがあるんだ」

「部活の勧誘だとか助っ人の依頼なら断る」

「返答早いね!? いや別に、そういうんじゃないよ」


 信じてくれよ、と優男はおどけて両肩を竦めてみせるが、そもそもお前は誰なんだ。

 初対面だってのにやたらと馴れ馴れしく話しかけてくるタイプは白雪ほどじゃないが、俺にとっても警戒対象だ。これが学校だからまだマシだが、外に出ていきなり馴れ馴れしく話しかけてくるやつがいたら、間違いなくろくでもない案件だと思っていい。

 壺とか絵画とかな。そんな手合いにしか話しかけられない俺の方が問題だといわれれば、ぐうの音も出ないが。


「君に頼みたい要件はさ、簡単なことなんだ」

「……話は聞くだけ聞こう」

「助かるよ。君、確かさ……白雪希美さんの妹の……えーっと……とにかく、仲良いんだって?」


 ちゃらけた笑顔を浮かべながら、へらへらと優男がまくし立てる。ああ、こいつもか。

 白雪希美のことは覚えているのに、その妹である白雪祈里あいつのことは眼中にもないか、あるいは覚えていてもおまけぐらいにしか捉えていないか。

 だというのに、白雪と俺の仲がいい……かどうかはわからんが、とにかくコネクションがあることを話題に出したというのは、体よく利用しやがるつもりだということだ。


 大方、白雪希美に直接コンタクトする勇気がないから、妹を通じて外堀から埋めていこうって魂胆か?

 なるほど、この優男は中々賢いのかもしれない。

 だが、気に入らない。別に俺が利用されようとしているだけならともかくとして、名前すら覚えていないのに、白雪を体よく使おうとしているのが特にな。


「このラブレター、白雪希美さんに届けたいんだけどさ、彼女、人気者だろ? だから妹さんに頼んでなんとか届けてくれるようにしてほしいんだ。もちろん成功したら少しだけどお礼も──」

「断る」

「は?」

「断ると言った。白雪希美に告白したいなら、遠回しなことしてないで、正面切って言えばいい」


 優男の頼みは案の定だった。

 俺は秒で断りを入れて、踵を返す。

 白雪希美が絶世の美少女にして有名人だというのは藤堂と三木谷から聞かされているから知っている。仮に俺がこいつの頼みを承諾したところで、ラブレターなんて一日何通貰ってるか数えることすら面倒なやつなんだろう。


 読まれるかどうかなんて、わかりきったことだ。火を見るよりも明らかだ。

 ましてや正面から好意をぶつけようともしないやつのラブレターなんて、俺が白雪希美なら、即ゴミ箱に放り投げるがな。

 それでも諦めきれなかったのか、優男はそのまま教室まで歩き去ろうとする俺の肩に、縋り付くように手を伸ばしてきた。


「ま、待ってくれよ! 正面切って告白なんて無理だって! 何人待ちしてると思ってるんだよ!?」

「知らん」

「それに……」

「……白雪の下の名前、覚えてるか?」


 冷え切った声音で問う。

 白雪希美への告白待ちが何人かなんてどうでもいい。ただ俺は、体よく白雪のことを利用しようとしているその卑怯さが気に入らないんだよ。

 優男は俺からの問いに、泡を食ったように身振り手振りを交えて、苦し紛れの答えを捻り出す。


「えっ……? いや、その……ほら、希望とかそういう……」

「不正解だ。そういうわけでこの話はなかったことにしてくれ」

「ちょ、ま、待ってくれよぉ!」


 優男を振り切って、早足で教室に引き返していく。

 全くもって気分が悪いな。利用するしないはこの際横に置いておくとして、頼み事をする相手の名前ぐらい覚えてこいって話だ。

 それが、最低限の礼儀というやつだろう。


 そんな具合に神経を尖らせて着席した刹那、あとからやってきたのであろう誰かが──いや、白雪が俺の肩をとんとん、と軽く叩く。


「……どうした、白雪」

「……ぁ、ぇ、えっと……その……ありがとう、ございます……」

「……聞いてたのか」

「……ご、ごめんなさい……で、でも……嬉しかった、です……その……お姉ちゃん目当てで、話しかけられること……わたし……」


 嫌、なんだろうな。

 じわり、と大きく丸い瞳に涙を滲ませている白雪の表情を見れば、すぐにわかった。

 姉に対して特別コンプレックスがある白雪じゃなくたって、名前すら覚えてないようなやつに利用されようとしたら腹の一つも立つだろう。


「……気にするな、白雪。体よく使われるなんて、誰だって腹が立つことだ」

「……お、怒っては……い、いない、です……」

「別に、怒ってもいいんだぞ」


 白雪がそういうタイプじゃない、怒りより先に自分に対して失意を抱く方なのはわかっているが、人間怒るときには怒った方がいいこともある。

 あからさまに不機嫌撒き散らして四六時中キレ散らかしてるとかなら流石に心象が悪いが、最低限、譲れない一線を踏み越えられたときぐらいは許されるはずだ。

 もちろん、ただキレ散らかすだけじゃこっちがマイナスなのは確かだがな。


「……そ、その……えっと……がんばり、ます……」

「……もちろん、そういうのが苦手なら、無理することはないが」

「……あ、はい……その……や、やっぱり……九重君は、やさしい、です……」


 優しい、か。

 別に俺は自分のことを優しい方だとは微塵も思っちゃいないが、白雪から見ればそう映るんだろう。見方を変えれば、見えるものも違ってくるというやつだ。

 ふわりとはにかんで席に戻っていく白雪の背中を見つめながら、ぼんやりと考える。確かに相手になにかを伝えるのなら、正面切ってやれとは言ったが、いざ自分がその立場に立たされると、案外気恥ずかしいもんだな、これが。

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