美少女双子姉妹の誰も見向きもしない「余り物」の気弱で巨乳な妹を助けたら、俺にだけやたらと懐いてきた上に色々と距離感がバグってた件

守次 奏

第一部「白雪祈里は証明したい」

第1話 距離感バグってないですか

「……こ……九重ここのえ、君……!」


 か細く透き通った、飴玉の鈴を鳴らしたような声が聞こえたのは、そんな益体もないことを考えながら、通っている高校の正門近くまで歩いてきた時だった。

 振り返る間もなくぎゅっ、と、空いていた俺──九重ここのえ京介きょうすけの左手に抱きついてきた女子が、亜麻色の髪をそよ風に靡かせながら見上げてくる。

 周囲から刺々しかったり、なにやってんだこいつら、とばかりに猜疑の視線が突き刺さる感覚は、すっかり朝の定番みたいなものだ。嫌な定番だな。


「……白雪しらゆき、その、なんだ。色々当たってる」

「……ぁ、ぇ……そ、その……わ、わたし、九重君に、なら……いいです、よ……?」

「俺の方がよくないんだよな……」


 今も左腕に押し付けられている、豊かで柔らかな感触が、今朝方勉強してきた漢詩の問題とその答えを、脳内から薄れさせていく。

 ええい、意識するな。意識させてくれるな、そもそも俺とこいつは──白雪しらゆき祈里いのりは、恋人じゃないんだ。

 恋人じゃないのに、なんで自慢の胸部装甲を押し付けられているのかなんてのは、そして許可が降りてるのかは、逆にこっちが聞きたい。


 なんというか、全体的に距離感がバグってる女なんだ、白雪祈里というやつは。

 入学式から二週間。大体皆クラスの雰囲気に慣れてきたりだとか楽しみにしていた部活だのに慣れてきて浮き足立っているのが感じられる中、特段浮き足立ってる、というか勇み足なのが白雪だった。

 あるいは白雪を拒絶することもできるのかもしれないが、こっちも色々事情を抱え込んでるんだよ、色々とな。


「……きゃ……っ……」


 そして、白雪が他の生徒とすれ違う度に、俺の左手に抱きつく力が強まる。今のは、肩がぶつかったからかもしれないが。

 極度に気弱で人見知り。

 それが一言で表せる白雪祈里という人間のパーソナリティではあるが、どうやらその適用範囲外に俺は置かれているらしい。


「……はっ……は……ぁ……こ、九重君……わたし……」

「……別にあの人は怖くないぞ、事故みたいなもんだ。少し落ち着くか?」

「……は……っ……はい……ごめん、なさい……」


 予定変更、通う予定だった一年一組の教室へのルートを外れて、俺たちは保健室に向かう。

 しかし、白雪とすれ違った先輩もわざと肩をぶつけてきたわけじゃないんだろうが、少しは謝れって話でもあるよな。

 そんなことを極端に気にするやつとそうでないやつがいて、前者が白雪で、後者が先輩だったってだけの話かもしれないが。


 過呼吸を起こしそうになっている白雪を保健室に連れていって、担当の先生に「またかよ」的な視線をもらいながらも俺は、すいませんねとばかりに生返事をして、白雪をベッドに腰掛けさせる。

 ビニール袋を渡して、呼吸が落ち着くまで背中をさすってやるのもすっかり慣れた感じだな。

 背中を撫でる度にさらさらと、指の隙間からこぼれ落ちていく亜麻色の髪の感触を確かめる。綺麗だな、と、そう感じた。


「……はーっ……はーっ……」

「落ち着いたか?」

「……は、は……い……っ、な、なんとか……」


 ごめんなさい、と白雪は謝るが、別に謝る必要なんて欠片もない。

 知らん人間に肩をぶつけられたら、少なからず俺だって動揺する。

 しなだれかかってくる白雪の細い身体を抱き止めながら、俺はそれが一つのサインであると理解した。


「……これでいいか、白雪」

「……も、もっと……もっと……ぎゅ、って……してほしい、です……」


 抱きしめてほしい、という合図。言葉のない共通言語。

 俺たちの間に存在している暗号みたいなそれを紐解くように、白雪の肩甲骨に回した腕の力を少しだけ強める。

 むにゅ、っと例によって制服とカーディガン、二重に着込まれた布地を大きく突き上げる胸の柔らかい感触が俺の薄い胸板に伝わってくるが、気にしているような場合じゃないだろう。


「……え、えへへ……九重君、あったかい……です……」

「……そうか」

「……どうして、でしょう……九重君と、一緒にいると……とっても……あったかくて……落ち着いて……」


 そんなことを言われてもわからん。

 俺からなにかアルファ波みたいなものでも放出されてるんだろうか。もしそうなら、ノーベル賞でも貰えそうだな。

 胸板に顔を埋めてくる白雪の髪をそっと指先で梳きながら、ぼんやりとそんなことを考える。


 せめて学生鞄から単語帳でも取り出せば勉強に時間を割けたんだろうが、それが野暮というものだということぐらいは、俺にもわかる。


「……はぁ……好き……です……九重君に、こうして、もらえるの……」

「……そうか」

「……前まで、ずっと……ひとりぼっち、でしたから……怖いこととかが、あったら……逃げるしか、なくて……」


 実際のところ、俺がどれだけ白雪の力になれているのかはわからない。

 できることといえば、過呼吸を起こしそうになったとき、傍にいてやることぐらいで、あとは背中をさすったりだとか、そんな対症療法ですらないことばかりだ。

 それでも、白雪が満足しているのなら、多少の力になれているのなら、友達としては十分なのかもしれないな。


 そうだ、俺たちは恋人じゃない。

 あくまでも友達同士、せめてそこから始めようと決めたのだから、そう定義することは間違っていないはずだ。

 その割に色々と白雪の距離感がバグってることについては一度、どこかできっちり話し合う必要があるのかもしれないが。


「……教室に行くか?」

「……は、はい……っ……」


 とりあえずはもう大丈夫そうだということを確認して、俺は白雪の手を取ってゆっくりと立ち上がった。

 なんだかんだで、こんな風に流されているんじゃないかと詰られればそれもまた否定はできないが、さっきも言ってた通り、白雪のバグった距離感は今の今までずっとひとりぼっちだった反動からきているんだと思えば、多少裁定が甘くなるのも致し方なしだろうよ。

 自分が全面的に信じられるような人間じゃないのは、なによりも俺自身がわかっているが、それでも信じてもらっている事実を無下にするのは人としての道を踏み外している行為に違いはあるまい。


 一年生だってのになぜか二階にある教室へと向かいながら、そんなことをぼんやりと考える。

 その間にも白雪は俺の左手に自分の両手を絡めて、肩を預けていた。

 傍から見ればバカップルもいいところだな。まあ実際はただの──そうだ、友達同士に過ぎないんだからな。


「……こ、九重君……」

「どうした、白雪」

「……な、なんでもない、です……えへ……」

「……そうか」


 白雪がにへら、とふやけた笑顔を浮かべられるのは、俺と二人きりでいる時だけだというのもまた知っている。

 始業の予鈴が鳴ったギリギリの時間ということもあって、流石に誰かとすれ違うようなことはなかったが、俺たちもそれなりに急がないと遅刻扱いだ。

 遅刻したからといってなにかあるわけじゃないが、授業を聞く時間が削れるのは惜しい。


「……白雪、急げるか?」

「……は、はい……っ……!」


 勉強時間は希少なものだ。そして、そのありがたみを知るのは大概なにかあってからだと相場が決まっている。

 俺たちが学生である以上、その本分はあくまでも勉強の二文字に尽きる、だからこそ、今は走るんだよ。

 白雪の手を引く形で、俺たちは教室へと滑り込む。一限目の担当教師が教卓に辿り着く寸前、まさにギリギリセーフだった。


「……間に合ったな!」

「いや間に合ってないぞ、今回は見逃すけど次から遅刻扱いだからなー」


 どうやらギリギリセーフじゃなくギリギリアウトだったらしい。担当の若い国語教師がそんなことを言いながら黒板に文字を刻んでいくのを横目に、俺たちはいそいそと自席に戻っていく。

 申し訳なさげに白雪がぺこりと何度も頭を下げてくるが、温情とはいえ授業開始には間に合ったんだから問題はない。

 振り回されてるといわれれば、やはり、確かに否定はできないのかもしれないが、俺は。


 ぼんやりと白雪と出会った時のことを思い返しながら、俺は教科書類と筆記用具を、鞄の中から取り出すのだった。

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