心臓が止まって
鈴乱
第1話
心臓が止まって、どのくらい経つだろう。
私は自分の棺に座って、空の月をぼーっと眺めていた。
死んだら、迎えが来て、空に行くんだと思っていた。
だけど、私はまだここにいる。
迎えが来る気配もないし、何事か起こるような雰囲気もない。
私の死を悲しんでくれる人たちは、とうに来なくなっていた。彼らも彼らで日常に戻ったんだろう。
そう、死なんて日常で。簡単に埋もれていく代物で。ぜんぜん特別なものなんかじゃなかった。
「……暇だな」
死後、どうなるかなんて、私は知らない。このまま延々と月を眺めている時間が流れるのか、それとも――。
「なぁ、あんた、どう思うよ?」
棺の中の、血の気のない自分に問う。
答えなんか返らない。棺に入っているのはただの器だけで、中身は紛れもなく、ここにいる自分なのだから。
問いかけだって、ただの、ちょっとした暇つぶし。
死んだら、てっきり天国だの地獄だの、何かしら新しい世界に行けると思っていた。だけど、想定とはどうも違ったようだ。
「なぁ、案外、死んだら暇なもんなんだな。こんなに暇なら、もう少し生きてても良かったよなぁ?」
答えの返らない、自分だったモノに語りかける。
「相変わらず無口だなぁ。もっと、しゃべったらいいのによぉ……」
つ、と水が頬を伝う。
涙だった。
「あー……。ほら、泣いちゃったよ、俺。お前が黙ったままで悲しくなって泣いちまったよ? おい、これどうしてくれんの? どうやって、これ止めるの? ……死んだ後に涙止めるのってどうやったらいいんだ?」
虚空に疑問の声が消えていく。
「……だからさ、もっと自由になったら良かったんだよ。死んじまう前に。……もっと。もっとよぉ……。こうやって、俺を泣かすくらい、あんたは無理してたんだろ」
心臓が止まって 鈴乱 @sorazome
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