図書室の物知りさん2

一正雪

ジャンケングリコ

図書室の投書箱に相談事や悩み事を入れると解決してくれるという噂が、この学校にはある。

いつ、誰が、どうやって解決してくれるのかは分からない。

そもそも投書箱自体もいつの間にか在って、いつの間にかなくなっている。

まるで学校の七不思議の一つのようだ。



図書室の入り口付近の受付で、本を読んでいた図書当番の児童に話しかけてきた男がいる。

「やぁ、藤次郎、お前も隅に置けないねぇ。」

そう言って、どことなく影が薄く、髪の色が薄青緑の男は言った。そして、薄桃色の紙をひらひらさせた。声をかけられた児童は顔を上げて、その男を見た。

「楽さん、僕は藤次郎じゃなくて、政宗(まさむね) 灯士(とうじ)。何度も言わせないでよね。それと、ぼくがすみにおけないってどういうこと?その投書になにか書いてあるの?」

楽さんと呼ばれた男は、口の端を少し上げて、手に持っていた薄桃色の紙を灯士に渡した。

そこには、こう書かれていた。


”   図書室の物知りさんへ

私には気になっている人がいます。その人はいつも一人で本を読んでいます。

でも、なかなか声をかけられません。

どうしたら、その人に声をかけられますか?

一度でいいから、お話をしてみたいです。

                 4-2 宇治 萌花  ”


「これが、どうしたの?ぼくとは限らないじゃないか。」

読み終えた灯士は、顔を上げて楽に向けて訴えた。

「いいや、藤次郎、君のことだよ。まぁ、少し待っていてごらん。」

いつもヘラヘラした感じの楽は、ますますヘラヘラした感じで灯士を見て言った。

イラついても仕方ないが、楽のそんな様子に灯士は反論しようと口を開いた。その時、図書室のドアが開いた。

「あ、あの、これ、そこで拾ったんですが、図書室のものではないですか?」

灯士の前におさげの女の子が立っていた。手には、図書室の本を借りる時に使うカードを持っていた。名前がまだ記入されていないカードだから、楽がわざと落とした可能性を灯士は感じていた。なかなか灯士が動かないので、女の子は少し手が震え始めていた。かなり緊張していたようだ。それに気が付いて、灯士は慌ててカードを受け取った。

「ありがとうございます。先生が落としたのかもしれないです。」

灯士は、女の子の目を見ることもなく、カードを受け取った。女の子は、俯いたままそこに立っていた。灯士は、まだ何かあるのかと思い顔を上げた。

「あ、あの、朝の読書におすすめの本を教えてほしいんですけど、いいですか?」

耳を澄ましてないと聞き取れないくらい小さな声でその女の子は灯士に聞いてきた。

灯士は、少し考えてから席を立った。女の子は、少し下がって灯士の様子を見守った。

灯士は、色々とある本の中から、一冊を選んでその子に渡した。

「これは、どうですか?有名な本ですけど、読んだことはありますか?」

女の子は目線を手元に落として、本の題名を確認した。“エルマーのぼうけん”と書かれている。女の子は首を振って、

「読んだことないです。それじゃあ、これにします。」

と言った。本の背表紙についている図書カードを抜いて、そこに名前を書いてもらった。

“宇治 萌香”その子の名前を見て、灯士は、改めてその子を見た。

その子は耳まで赤くして、聞き取れないくらい小さな声で「ありがとうございます」と言って、借りた本を手に持って図書室をかけるように出て行った。

図書室の入り口を眺めていた灯士の前に、楽が顔を出した。ニヤニヤと、灯士の顔を見ている。

「ほら、藤次郎のことだったろう。たまには、女の子とも話してあげなさい。」

「クラスも学年も違うんだから、話すことなんてほぼないよ。」

「あの子は、君の図書当番の時に必ず図書室に来ていたよ。全く気付かないなんて、藤次郎もまだまだだねぇ。」

「ぼくは、本を読みたくて図書当番をしてるんだ。周りの人に気づかないのはしょうがないじゃないか。」

少し、ムスッとして、灯士は楽から顔を背けた。

「そうか、それでは藤次郎に聞いても分からないか。」

そう言うと楽は手にしていたもう一枚の紙を見ながら、図書室の奥へ向かって行った。

「何のこと?まだ、投書があったの?」

楽の一言が気になって、灯士はつい声をかけてしまった。

またニヤッと笑った楽が、灯士に近づいてきた。少し悔しい灯士は、心の中で舌打ちをした。

「今、学校で何が流行っているか知っているかい?」

先程よりは真面目な顔で灯士に、楽は聞いてきた。灯士は、少し考えてから答えた。

「階段でやるジャンケングリコのこと?」

「そう、それのこと。」

そう言って、楽は手にしていたさっきの薄桃色の紙とは別の飛行機の絵が入った紙を見せてきた。




“  図書室の物知りさんへ

 最近、ある神社の前を通ると、ジャンケングリコをしている子たちがいます。

でも、その子たちは、次の日から学校を休んで来なくなります。ぼくのクラスの何人かの子たちも来なくなってしまいました。ぼくは、塾や習い事で一緒にできなかったから、その子たちに何があったのか調べてくれませんか?


        5-3 御手洗(みたらい) 尚(つかさ)           “


灯士は、顔を上げて楽を見た。最近、インフルエンザが流行る時期でもないのに休んでいる児童が多い。その神社で何かあるとしたら、大人がもっと騒いでもいいはずなのに、学校では特に注意も何もない。

「もしかして、妖怪の仕業ってこと?」

「灯士も察しがつくようになったねぇ。これからその神社に行ってみようと思うんだが、君は図書当番があるからねぇ。」

「もう少しで終わりの時間だから、それまで待ってよ、楽さん。」

何ができるわけでもないが、灯士は、毎回、楽が解決する所に一緒に行っていた。楽が一人で解決できるはずだが、なぜか楽も灯士を一緒に連れて行ってくれる。


図書室の鍵を閉めに来た教員に挨拶をして、灯士と楽は、学校を出た。楽は、ある神社がもう分かっているからスイスイと前を進んでいく。灯士は、置いて行かれないように足早に楽を追った。

少し薄暗くなり始める時間で、いつもとは違う道に灯士は少し不安になった。それに気が付いたのか前を行く楽が少し歩く速度を緩めた。

「少し早かったかい?君の歩幅に合わせようか。」

人目のある所ではあまり話しかけてこない楽が珍しく話しかけてきた。灯士は背の高い楽を見上げる形で、小さく「ありがとう。」と伝えた。

ふっと小さく楽が笑って、うなずいた。人通りが少なくなり、周りに民家がなくなり、手入れのされていない茂みが道の脇をうめていた。その茂みがなくなって、石の階段が見えた。階段の少し先に、石でできた鳥居が見える。そこからさらに石段が続いていた。どうやらここが『とある神社』らしい。学校から歩いて10分はたっていないくらいの距離だ。

「それじゃあ、ジャンケングリコを始めようか?」

いつものヘラっとした顔をして、楽が灯士に提案してきた。コクンとうなずいて、灯士は、

「最初はグー、ジャンケン…」

と言ってジャンケングリコを始めた。楽と灯士で何段あるかわからない石段を登り始めた。

「ちょっと楽さん、大人なんだからもっと、手加減してよね!」

灯士のずいぶん先を行く楽に、灯士は声をかけた。

「ゲームなんだから、大人も子供も関係ないさ。それにしても、藤次郎、君はジャンケンが弱いねぇ。」

相変わらずへらへらした様子で楽は、楽しんでいるように言った。そろそろ、境内が見えてもいい頃だと思い、楽は灯士から視線を外して、階段の上を見た。

しかし、境内はおろか階段の終わりを示すような灯篭なども見えない。一体、何段あるのかと途中まで数えていたが、終わりが見えなくて数えるのをやめていた。

「楽さん?何かあったの?」

下から、灯士が声をかけた。楽は、振り返って灯士を見た。

「階段の終わりが見えなくてね。それに、そろそろ藤次郎は帰らないといけない時間だろ。」

周りはさっきより暗くなってきており、足元があまり見えなくなってきていた。

灯士は、負けたまま帰るのは少し悔しかったが、あまり遅くなると家族が心配するからそろそろ帰らないといけないことは感じていた。結局、何も起こらないようで、今日は外れの日だったのかもしれない。

「そうだね、そろそろ帰らないといけないね。」

灯士の返事を聞いて、楽は階段を降りようと足を下の階段へとおろそうとした瞬間、階段が消えてしまった。それと同時に灯士の姿も見えなくなってしまった。


灯士は、前にいたはずの楽さんが消え、代わりに着物の女の子がいることに驚いた。

もしかして、この子が噂の原因かもしれない。

灯士は、息をのんでその子の様子を伺った。

その子は、手を出すと「ジャンケン・・・・」と言い出した。

灯士は、反射的にジャンケンをして、その子に負けた。

楽さんの言う通り、灯士はジャンケンが弱い。三分の一で勝ち負けが決まるはずなのに、だいたい勝てない。特に勝ちたいと思っているときに限って勝てた試しがない。

このまま、負けてしまったらこの階段に取り残されてしまうのだろうか。ふと嫌な考えがよぎった。

着物の女の子は、ジャンケンの掛け声しか言わず、それ以上のことを説明してはくれなかった。灯士は不安になりながら、その子の合図でジャンケンをしていた。

なかなかその子に勝てず、灯士は5段ほどその子と距離が開いていた。

何十回目にその子もジャンケンに勝ち続けて面白くなくなったのか、ジャンケンの掛け声以外のことを灯士に聞いてきた。

「君、この遊び面白い?」

「どうしてですか?」

「こんなにジャンケンに勝てなくて、一度も私より階段の上に来られてないし、この遊びの追い付かれそう追い付きそうっていうのを感じられてない気がするから。」

「確かに、ジャンケン弱いですし、この遊びの面白さは味わえてないです。でも、あなたがしたいのなら付き合います。」

その子は少し驚いたように灯士を見た。そして、小さく笑った。

「この状況、君、怖くないの?」

「怖いというよりは、不安です。ぼくは、ずっとあなたとここでジャンケンし続けないといけないのかなぁとか、家族にこのまま会えないのかなぁとか。」

「君、少し変わっているね。子供のくせに、考え方が大人っぽい。」

着物の子は、最初の雰囲気とは違って、少し明るい口調で言った。

「そうですか?・・・あっ、違うことを考えているから、ジャンケンに勝てなかったのかもしれません。今度は、ジャンケンに真剣に向き合うので、もう一度勝負しませんか?」

灯士は、気のない返事をしたかと思うと、ジャンケンのことを突然切り出した。

その子は、声をあげて笑った。

「やはり、面白いな、君は。」

その子は、笑いが収まると、灯士の方を見て呟いた。灯士は、なぜ笑われたのか分からず、ポカンとその様子を見ていた。

灯士を見ていたその子の視線が急に逸れて、灯士の向こう側を見た。

「おや、お迎えが来てしまったね。」

その子が見ている方を灯士も見ると、小さな薄緑色の小さなネズミがいた。

変わった色だなと灯士は思ったが、すぐに楽が寄越したお使いだと気が付いた。

「藤次郎、無事かい?」

ネズミから楽の声が聞こえてきた。灯士は、ネズミの方に歩み寄り、ネズミの目線に合わせて「楽さん!!」と声をかけた。そして、そのままネズミを抱き上げた。

「あぁ、藤次郎、大丈夫そうだね。・・・着物の子、君、キツネだね。そろそろ解放してくれないかい?」

ネズミを通して、楽は呼び掛けた。着物の女の子は、少し驚いたように目を見開いた。

「はぁ、仕方ないね・・・・・」

そう言うと、大きく口を開いてあくびをした。

すると、灯士の足元の階段がゆがんだ。立っているのが難しくなり、灯士は、ネズミを落とさないように胸に強く抱き寄せてしゃがんだ。気持ち悪くなり、目もつむった。


「藤次郎、大丈夫かい?」

ポンと肩をたたかれて、灯士は目を開けた。抱えていたネズミがモゾッと動いたので、手元を見た。

「あぁ、ありがとう。連れてきてくれたんだね。」

そう言って、楽は灯士の手元からネズミを抱き上げた。灯士はその動きを目で追いながら、自分が今いる場所を確認した。石の鳥居が見えて、神社の階段の下に戻ってきたことが分かった。着物の子はどこだろうと、灯士はさらに辺りを見回した。

「あの子は、あっちだよ。」

楽に声をかけられ、灯士は楽が示す方を見た。そこには、着物の女の子はいなくてキツネがいた。

「本当にキツネだったんだ。しっぽが二つある。」

立ち上がりながら、灯士はキツネをじっくりと見て呟いた。

「長い時間、付き合ってくれてありがとう。他の人間たちも元に戻したから、明日から元の生活に戻るだろう。」

キツネは、灯士と楽を交互に見ながら、話した。人間の姿の時とは少し、話し方が違うようだ。

「君、そんなに人間と遊びたいのなら、僕のところで働くかい?」

楽は、いつもと変わらない調子で声をかけた。キツネは、一瞬、驚いた様子を見せたが、すぐに首を横に振った。

「これでもここの神社に祀られている神様なんだ。最近は参拝してくれる人間が減ってきて、また参拝してくれる人間を増やしたくてこんなことをしたが、迷惑をかけてしまっただけだったね。すまなかったよ。」

キツネは、頭を下げて誤った。

「じゃあ、ぼくが今度からお参りに来るよ!」

珍しく灯士は、大きい声で言った。

「あぁ、待っているよ、藤次郎。」

キツネは、嬉しそうにギャギャと笑って神社の方へと、石段を上がっていった。その姿は、すぐに消えて見えなくなった。

「やれやれ、今回は藤次郎のおかげで解決したなぁ。・・・・・さて、家まで送ろうか、藤次郎。」

「楽さんのせいで、名前、間違えて覚えられちゃったじゃないか!」

キッと楽の方をにらんで、灯士は訴えた。

「いいじゃないか、また来た時に教えれば。さぁ、帰るよ。」

ヘラッとしたいつもの調子で楽は言って、スタスタと歩きだした。

灯士は、楽のその言い方に腹を立たせながらも、後を追いかけた。

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図書室の物知りさん2 一正雪 @houzuki

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