第34話


奈津美はさっそく堤理花とコンタクトをトイレで取ることにした。


お昼休憩の前に、やっと堤はトイレに来た。


手を洗い終わるくらいのタイミングで声をかける。




「こんにちは、堤さん・・ですよね?


私、総務課の山下といいます。はじめまして。


堤さんに少しお聞きしたいことがあって・・」




「はぁ、こんにちは、山下さん?ですか?


どのようなご用件でしょうか?」


やや面くらいながらも、作り笑顔で丁寧に返事をしてくれる。




「1ヶ月前の金曜日、あなたと深い関係になった男性が、あなたに会いたがっています」


堤は、ほんの一瞬だけ口をつぐんだが、表情を持ち直し、


「人違いでしょう。私、その日は別の用事でしたし、そんな記憶ないですよ。


ご期待に添えず申し訳ございません」


軽く返される。


そう言われては、どうしようもない。




「このカードに見覚えはありませんか?」


「ああ、食堂の夏キャンペーンの、持っていますよ」


「その男性のお部屋にカードを落としたのではないですか?」


「まさか,社員なら、誰でも持っているカードでしょう」


「実は、このカード、食堂のスタッフがお世話になっている人に初日に枚数限定で配ったプレミアムカードなんです」




そう、食堂のスタンプラリーカードをよく見ると、一番最初の欄に、「泉」の名前のシャチハタが押してある。


同じカードを、奈津美ももらったため最初気づかなかったが、キャンペーンの始まる直前に10人くらい限定で、栄養士の泉がお試しで配っていたものだった。


その後、さすがに印鑑はダサい、ということで、今は朝顔のスタンプになっている。


泉に誰に渡したか聞いたところ、喜んで教えてくれた。


そして、実は、堤には食堂の物品の予算で色々日頃お世話になっていて、キャンペーンが始まる時に渡したそうだ。女性で渡したのは、奈津美と堤と、厚生部の女部長だけらしいので、堤のカードで間違えがないだろう。




少し、無言で考え込んでいるが、やがてにっこり笑い、


「何のことか、わかりません。お昼休憩が始まりますので、失礼します」


堤は奈津美の横をすり抜けて去っていった。




(舞子さんの言うとおり、絶対にばれるのが嫌なんだな・・・)




この依頼を終わらせるためには、早くシンデレラに自白してもらう必要がある。




奈津美は、やりたくなかったが、もう一回堤に会い、今度は少しかまをかけてみた。




堤と言うことは、例の男性、田辺は分かっていること、その上で会いたいと言っていることを告げた。




実のところは、田辺は酔っていて全く確証していないし、奈津美は食堂のカードのことを誰にも言っていないので、嘘だが。




すると、堤は目が泳ぎ始め、明らかに挙動不振になった。口許を手でおさえ、顔が真っ青だ。


奈津美は予想以上に追い詰めてしまったことに気づいた。




「あの、会議室取っているので、少し休憩がてらお話しませんか?」


奈津美の意見に堤は頷く。




クーラーが効きすぎている会議室で、暖かいココアを飲みながら、堤がぽつり、ぽつりと話始める。




「びっくりして、呆れたでしょう。こんな地味な女が、合コンでお持ち帰りなんて」


「え、あ、いえ、」


「私、この会社もう少ししたらやめようと思っていて。」


「え・・」


「もう仕事いやになっちゃって・・・」


奈津美の相づちなどお構いなしに話を進める。




「今まで、ずーっと真面目な子で、誰にも迷惑かけずに、一生懸命頑張ってきたんですよね、小さい頃から。で、気がついたら私だけ課内で結婚してなくて、産休・育休とってなくて、みんなの分の仕事して損してて」


「・・・・」


「自分がダメなんですよね。恋愛もできず、可愛げがないので、お局から可愛がられず・・・変わりたいなって」


「変わりたい?」


「そうです。全く自分と違う人になりたいな、って思って。一生に一回、冒険してみたかったんです。合コンでお持ち帰りされてみたいなって」


(堤さん、それは・・・・ずいぶん冒険しましたね・・


よっぽど鬱憤が溜まったんだろうな・・・拗らせすぎだよ)




「決意して望んだ合コン、はっきり言って、病気さえ持っていなそうなら、誰でもよかったんですよ。


でも、たまたま同じ会社の有名人がいたから、知らない人より安全だろうなって、頑張って口説いて、目的達成したんです・・・」


申し訳なさそうに笑いながら言葉を紡ぐが、奈津美には堤の本当の感情と表情が一致していないように感じる。




「でも、それはいつもの私じゃなくて、盛っている私。


次会うときにがっかりされないように、絶対に分からないようにしてたんです・・なのに、・・・・世間って狭いな・・・」




奈津美に迷いが生まれた。


今、実は堤がシンデレラ本人ということを確証しているのは、奈津美だけだ。


奈津美が口をつぐめば、堤の心が守られる。




正直、恋愛メンタルが豆腐の奈津美は、堤の気持ちが痛いほどわかってしまうのだ。


イケメンと恋をしたい。けど、好かれたら逃げたい。


自分に失望される気がするから。


やっぱり分不相応は良くない、と怖い。




「・・・山下さん、私が本人ということ、黙っていてもらえませんか?」




「・・・・それは・・・」


(どうしよう・・・どうしたらいい?進藤くん)




「・・ちょっと、時間くれませんか・・・?明日まで」


「明日・・。」


「明日の夜、良ければお食事行きませんか?」


「はぁ、まぁ空いてますよ、」




奈津美は、堤とアドレス交換をして、別れた。







夜、奈津美は進藤にラインで今日あったことを相談していたが、長文になりすぎていたため、進藤から電話がかかってきた。




片手で自分の部屋のクッションを潰しながら、電話をする。




奈津美は正直に堤とのことを告げる。


進藤は大好きな田辺先輩に、早く本当のことを言った方がいい、と言ってくる。




「だいたい、進藤くんにこれまで日陰で生きてきた乙女心はわかんないよ。


せっかく堤さん、一歩踏み出そうとしているのに、言わなくてもいいよ」


奈津美は力説する。




「堤さんは、本当に知られたくないのかな?」


「知られたいわけないじゃないの!」


イケメンと付き合うことがすべての女子の喜びと思うな!と奈津美は心のなかで思った。




「なんていうか、先輩にチャンスをあげられないか?」


「チャンスねぇ・・。名前を知らせずにむりじゃない?」


「俺に考えがある」







次の日の夕方、奈津美は堤とイタリアンを食べながら話す。




女性同士、会社の話題の世間話で盛り上がる。堤は、本当に普通の感覚のいい人だった。




そして、職場の愚痴は長かった。経理部のお局のお気に入りがいい仕事をさせてもらえること、自分は残った雑用をひたすら処理するが、給料査定には反映されておらず、損していること、年休の日にパソコンんを使わない仕事を処理することなど、闇が深い。




「堤さん、もし、今の頑張りが認められたら、会社残りたいですか?」


「そうですね・・。正直経理は大好きで私に合ってるし、福利厚生が今の会社はいいから、転職したくないです。待遇がアップするなら、もう少しいてもいいかな!」




「もし田辺さんが、女性の働きやすさの待遇アップをしてくれたら、ときめきますか?」


「は?」




進藤の提案だった。


堤の願いを叶える代わりに、再開をしてもらえないか、ということだ。




そのために、今日の食事会の奈津美のミッションは、堤の願いを引き出すこと、もし叶えたら田辺に会うことを了承してもらうこと、だった。




「え・・と。田辺さんと関係ないのでは?」


「ええ。でも、田辺さんは堤さんに再開するためなら、なんでもやってくれるみたいですよ。もちろん、堤さんのことはわからないように伝えます。」




「はぁ」




「うまく行かないなら、会わなくてもいいし、悪くない条件だと思いませんか?」








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