第19話


三課の部屋は、課長の席が一番奥にある。


その裏に、倉庫があった。倉庫へは課長の席の後の扉から入る。




倉庫は薄暗く、昔の物が放置され雑然としている。


一度、年末に奈津美が大掃除を申し出たが、貫田が放置するように言ったため、手をつけていない。




倉庫の中に社史や電子データ以前の社内報が残っているため、たまに漁ることがある。




奈津美と進藤は、その部屋で創業当時の資料をひっくり返し、『モントレ・アテーヨ』なる人物を探していた。




ここ2日間、ずっとこの作業だ。


カビ臭い資料をめくるが、そのような人物が全く見当たらない。




「一旦休憩しよう」


奈津美は進藤に声をかける。




誰もいない部屋。進藤と二人きり。


少し前なら、もっと嫌だった。




しかし、ここ数日の奈津美は、水野と話してから少し変わっていた。


過去の自分の頑張りを認められることで、冷静になれた。


(進藤くんだって、変わったんだ。)




奈津美は、自分が変わるためには、進藤との関係が鍵になると、理屈でなく本能で感じている。




「進藤くん、この間のことだけど・・・」


「!待て、先に」


進藤は、奈津美の声をさえぎって、土下座をして、勢いよく床に頭をすりつけた。




「ほんっとうに、ごめん、山下があんなになるなんて。


山下の気持ちを考えずにズケズケ言って悪かった。


あそこまで、俺自分が嫌われてるって思ってなかったんだ。


でも、1m以内に近寄らないでほしいって、本気だったと分かって、今は軽はずみに話しかけたこと後悔してる」


進藤は、手をキツくにぎり、声が震えている。




「思い出したくないこと、思い出させた。俺のせいで、本当にごめん。もう、仕事以外では近づかないから」


さらに頭をすりつける。


(こんなの、社長に見られたら私が首だよ)




「・・・ふう」


一息ついて、奈津美は声をかける。




「私こそ、急に帰ってごめんね。メッセージも無視しちゃったし」


メッセージの無視など、普段の奈津美ではありえないが、やってしまった。




「頭をあげてくれる?」




進藤が恐る恐る頭を挙げるのを待って、奈津美は話し始める。




「小学校中学校の時・・・。


確かに、凄くあのときは嫌だったよ。途中まで仲良くしてくれてたのに、急に意地悪になって、本当に嫌だった


許してほしいって言われても、今は許せるか分からない、かな」




許す、と言う感情は難しい。


思ってなれるものではないのだ。


経験や気持ちを含めた、「これなら許せる」という納得が伴わなければならない。




「でも、進藤君が昔と変わったのは、この数ヵ月で分かったよ」




そうなのだ。進藤は、会社で再会してから、昔のように嫌なことは言わない。


奈津美は、最初は警戒していたが、あまりに紳士的なため、油断していることに気づいた。


最初は、1m以内に入ったら嫌だったが、ここ数ヵ月一緒に仕事をして、少しは安全と感じたのか、入ってきても、昔ほど嫌ではなくなった。




「進藤君がせっかく大人になってるのに、私がいつまでも子供のままだと、嫌だなとも思った。


1mなんて、失礼なこと言ったって、ちょっと今は反省してるよ。


だから、許す緩さなは置いといて」




「意地悪になる前の進藤くんなら、また仲良くしたいと思ったよ。」


そう。奈津美は意地悪になる前の進藤も知っている。


とにかく明るくて、太陽のような元気な男の子だった。それは、変わっていないと思う。


そして、実はただ明るいだけでなく、ミステリー小説好きの、ちょっと内向的な意外な部分があるのも知っている。




「何年かかるか分からないけど、俺、山下が許してくれるようにする」


若干涙ぐんで進藤は言う。




「もう、スーツ汚れてるよ、立って」


奈津美の言葉で、進藤が勢いよく立ち上がった瞬間、壁に掛かっていた絵画の角で頭を打つ。




「いって~」


絵画の額は大層立派で、重そうだった。


角が尖っていて痛そうだ。


絵画が斜めにずれたので、一度取って再びつけようとすると、




「「あーー!」」


二人で大声をあげる。


なんと、絵画の裏に、金庫の番号を入れるところがあった。




進藤は痛いのを忘れた。




「絵のタイトルが、雪原の鶴、だって」


雪の中に鶴がいる。


どう見ても冬だ。




「え?はじまりの場所の足元って、まさかここ?」




急いで執務室に戻って、本社ビルの敷地内の設計図を確認する。


確かに、あの石像の下あたりがこの部屋になりそうだ。




貫田も呼んで、3人で金庫を見る。




「数字入れないといけないみたいだね」


「普通のダイアルだよね?」


創業年月日や、初代社長・家族の誕生日をダイアルしてむるが鍵が開かない。




電子の暗証番号だけだとすぐにロックがかかるが、昔作られたのが幸いして何度入れても大丈夫だ。


少し安心感があった。




「進藤くん、数字ない?進藤くんの家のことだよ」


奈津美は急かす。




「そんな言われても・・ああ、時間は?」


「時間?」


「猿の置時計の時間」


「ああ、ちょっと待ってて」




執務室から写真を持ってきて、時計を見る。


別荘、本邸の家族写真の中と、ひまわりの塔にあった現物の写真があるが、3つとも時間が違った。




「えっと、1640、1035、1120」




時間を4桁にして、順番に入れると、カチッという手応えとともに、金庫が開いた。




「開いた」


キィとやや高いおとを立てて開く。


すると、金庫には奥行きがなく、壁があった。




「なにこれ」




壁をさわると、緑の柔らかいウレタン素材のように少し凹む。




3人で指を沈めてみるが、なにもない。




「どういうことだ?」




奈津美は考える。


まだ使っていない暗号はないか?




夏に鍵がある。


鍵はなかったではないか。




モントレ・アテーヨってなんだろう。




写真の違和感・・。




(まさか・・・ね)




奈津美は写真を見る、そして進藤の耳を見て。




「え?なんだよ」


「ごめん、ちょっと見せて」


進藤の耳を触る。




「ちょっと」


進藤が照れているが、それどころではない。




「進藤くん、耳をこの緑色のところに押し付けてみて」


「「は?」」


貫田と進藤はぽかーんとするが、奈津美は押し付ける。




進藤は右耳をギューッと押し付けると、突然ガツン、という音が床からした。




「え?」




「床が開いた」




気づかなかったが、床に四角い板があり、そこがせり上がっている。




板をはずすと、さらに地下に続く階段があった。

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