第17話
塔の最上階の部屋は、信じられないくらい明るかった。
部屋の広さは10畳程度、机と椅子、丁度品を置くガラスの棚があった。
数十年間人の出入りがないはずだが、昨日まで誰かが生活していたような温かみのある空間だ。
そして、ここにも初代の写真があった。
しかし、その家族写真は、今までの写真とは撮影場所が少し違うようだ。
写真には「創業記念」と書かれている。
奈津美は、後ほど写真を引き伸ばして印刷して検討するために写真を撮る。
「おい、あれ」
進藤の指差す先には、猿の置時計が出窓の棚に置かれていた。
「お!本物だね」
別荘の家族写真の中にあった猿の置時計と同じものだ。
本物は、猿の置時計はブロンズ制で本物の小猿くらいの大きさがあった。
猿の時計を詳しく調べてみる。
巻き時計なため時間が止まっているが、後ろのネジを巻いても動かない。
というか、ネジを巻く手応えがない。
「壊れてるのか?」
進藤が時計の針をさわった。
「針が固定されている」
なんと、針がハンダ処理されて動かないように固定されていた。
「時計の意味がない・・よね」
「これ、ネジが偽装されてて、元々機械動かないよな。怪しい」
ひっくり返すも、本当にただの置物だった。
猿の置時計、いや時計風置物の写真もとる。
「ヒントのポエムにあった、はじまりのなんちゃらとかに関係するのかな・・」
「ポエムって・・、これな」
進藤家に伝わるメッセージを取り出して見直す。
「はじまりの場所の足元
春にはじまり、
夏に鍵あり
秋をなぞって
冬を開け」
「創業記念・・、はじまりの場所かな・・?」
「それよりも、夏に鍵ありになってるぞ。
ここがひまわりってことは、ここが夏の場所で、どこかに鍵があるんじゃねーの」
「そっか!でも、鍵の形とかわかんないね」
「金庫の鍵とかじゃねえの?とりあえず、部屋は狭い。怪しいものは片っ端から見つけようぜ」
奈津美は朝から探し物ばかりをして、少しげんなりするが、進藤はイキイキしている。
「進藤くん、なんでそんなに元気なの?」
奈津美は思ったことを口にした。
「だって、俺の家のことを山下に付き合わせてるからな。俺が嫌がってたらダメだろう。
後で飯おごってやるからもう少しガンバろうな」
(・・・わかってるじゃん)
奈津美は少し進藤を見直した。
「まあ、ぼっちゃまのメンタルは強いですからな」
二人は、三枝がいたのをさっぱり忘れていた。
じいは、こほん、と咳払いした。
そして、3人で塔の部屋を大捜索するも、元々部屋のは物が少なく、すぐに終わってしまった。
鍵らしきものは見当たらない。
塔から見る夕日に照らされた本邸は、きれいだった。
「・・・あ!」
「どうした?」
「この塔から、ひまわりの畑って見えないよ」
「え?」
塔の中に大きな窓がひとつしかない。
窓は本邸を向いていて、本邸とは逆サイドにあるひまわり畑が見えない。
それならば、そもそも初代がひまわり畑を見るため、というのは違うのではないか。
「本邸って、変わった形してるね」
上から見ると、本邸は「聞」という字の配置になっていた。
奈津美は「コ」と思っていたが、より複雑だったことがわかる。
「本当だな。門がまえのために壁をいっぱい作って、効率悪い作りだよな」
「花壇もね、何考えて作ったんだろうね」
「・・・初代は、ものすごく効率的な商人だったらしい。これ、意味がある気がする」
「オッケー心の片隅に置きます」
そして、日が沈み、結局鍵が見つからないまま、本邸の調査は終えた。
進藤の義理の母親が帰ってくるまでに、なんとか家を出た。
三枝はその日は本邸に用事があるとのことで、車で送ってくれ、そのまま引き返した。
遅くなったので、進藤とご飯を食べて帰ることになった。
奈津美は断ろうと思ったが、体の疲労感が思考を麻痺させたことと、極度の空腹により、うなずいてしまった。
実は、奈津美は若い男性と二人でご飯を食べるのは初めてだった。
(・・・せっかくなら、初めては進藤くん以外がよかったな。
まあ、デートでもないし、仕事の延長だよね)
進藤はおぼっちゃまだから嫌がるかと思いきや、和風居酒屋でもOK、むしろ喜んで入った。
4人用のお座敷席の薄い座布団にゆったり座り、生ビールを二人分頼む。
お通しの枝豆が空腹に入っていく。
「はあ、今日は疲れた。悪かったな。俺の家探させて」
「まあ、業務時間だし、全然いいよ。
むしろ、豪邸なんて入る機会ないから、いい経験だった。」
恐らく、この機会がないと豪邸に入ることは一生なかったと思う。
「豪邸、まあそうだな。自分の家って感じじゃないけどな」
あの広い家には、進藤の物や写真はなかった。
「一応俺の部屋もあるけど、荷物置きになってるんだ」
「進藤くんって、中学まで一緒だったけど、途中で転校した時に、海外行ったの?」
「いや、中学2年からは、私立の留学者向けの厳しい学校に転校して、英語付け勉強漬けだった。で、高校からアメリカ行ったんだ」
「突然?」
「母さん死んだからな」
(そうか、お母さんが亡くなってから、急に引き取られたのか・・・。寂しかったろうな)
「その時代はしんどくて覚えてないけどな。
特に、・・・」
「?」
下を向きく進藤。
「山下は、俺のこと怖くないの?」
「は?」
「俺、山下に結構意地が悪いことしてた。」
「・・・」
「って、高校に行って、自分が人種差別されて、わかったんだよ。
山下からしたら、俺のしたことは、嫌だったろうなって。
この10年、ずっと謝りたいと思ってたんだ」
「・・・」
「でも、俺は成人式は海外で出られないし、もう一生会えないって思ってたから、会社で会えたときは
驚いた」
「・・・」
(息が苦しい・・・)
奈津美が胸が苦しくなったのを自覚した。
遥か昔、小学校のことを急に思い出して、ギリギリ痛んだ。
今まで、ここ数年平気だったのに、急に過去の自分に戻されて、苦しい感情が溢れる。
(ああ、私は、強くなったと思っていたけど、蓋をしてただけなんだ。
蓋が厚くなって平気になったつもりのだけだったんだ・・・。蓋を外されると、こんなに脆いままだ)
奈津美は、過去のいじめをなかったことにするため、ここ10年頑張ってきたつもりだ。
最近は、交遊関係は広くはないが、少なくとも自分の安全と思える人との間では、自分らしく振る舞えるようになっていた。
それなのに、進藤はあっさり蓋をあける。
これでは、過去の自分の頑張りはなんだったんだろう・・・。
それに、進藤が、自身の過去の行いに対して、「いじめ」という言葉を使わずに、遠回しにきれいな言葉を使ったことに怒りが沸いた。
(だめだ、ここにいたら、)
「ご、ごめん、ほんとごめん、帰るね」
ダッシュで靴をはき、泣いている顔を見られないように逃げる。
「待って、ごめん」
遠くで声が聞こえるが、奈津美には耐えられなかった。
次の日から二日間、奈津美は初めて会社を突発でずる休みした。
進藤から、スマホにメッセージがたくさん届いたが、どれも見たくなかった。
二日間、風呂にも入らず、過去を思い出して泣いては、BL本を読んで癒されを、繰り返す。
そして、二日目の午後、食べるものがなくなり、コンビニに行くついでにお散歩をする。
奈津美は考えようとするが、悲しい気持ちがすぐに体を支配し、また泣きたくなる。
(私、全然だめだ。明日会社行きたくないな・・)
会社に行ったら、進藤に会うのはわかっているが、それでも何とか行くくらい、奈津美は大人になっていた。
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