宙のむすびめ
一馬力
プロローグ
「大丈夫だ。かならず届く」
男が眼前のボタンへ指を向ける。
それを押す前に周囲に目をやると、遥か彼方まで焼け野原となった大地を背景に、ぼろきれをまとった者たちが決意に満ちた眼差しを向けていた。
「大丈夫。どんなに時間がかかっても、『彼女』は必ず届けてくれる」
空は真っ赤に染まり、金属臭の漂う大気が全身にまとわりつく。そしてその大気から、アポカリプティックサウンドを想起させる大音響の怪音が星全体に響き渡る。
そんな、地獄の様相を呈した場にあって、その男が目の前の装置に静かに語り掛け続けた。
「きみは我々の希望であり、最期の想いなんだ」
「必ず届けてやってくれ」
あらゆる生命、構造物を破壊し得る絶望的な物理量が天上より迫るなか、男は深く頷いてそのボタンを押し込んだ。
刹那、凄まじい閃光とともに爆風と圧力が惑星全体を包み込む。
◇◇◇
それから数百年後のある日。
地球と呼ばれる惑星の、極東に位置する弓状列島の片隅で、プロムナードの立木の根元に輝く小さな小さな虹色の石を見つけた少年が、それをつまみ上げながら呟いた。
「……これはなんだろう? とても綺麗な『石』だな」
虹色のBB弾に見えなくもないそれが、少年にはなんだかとても大切なもののような気がして、彼はその『虹色の石』をティッシュにくるんでそっと胸ポケットに仕舞った。
蝉の声が響き渡り、雲一つない夏の蒼穹が頭上に広がる。
暑くて誰も居ないそのプロムナードを、彼はひとり鼻歌を歌いながら歩いてゆく。
いつか出会えるかも知れない大切なものを、輝かしい未来を夢見て――
これは、『ハルカ』と呼ばれる時空間転送用記憶装置と、彼女と彼女を取り巻く人々の想いが紡いだ、のちに「天の川の奇跡」とよばれる長くて短い物語。
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