空間認識能力値

まぁ いいさ

空間認識能力値

ある日から私の家には『 ぐれいふ・もすたいと・あれい・スミナロスナ』が住み着いた。

害はない。

ぐれいふ・もすたいと・あれい・スミナロスナは人語を解す。だから私は突然住み着いたコレを放置したまま、通常の生活を、何も変えずに送っていた。

それなのにーー


「あああっ!」


私は両手で頭を抱え、苛立ちと絶望を頂点に天井を仰いだ。

なんという事だろう。

床はミズビタシ。

けれど、そんな事などお構い無しにぐれいふ・もすたいと・あれい・スミナロスナは水浸しの床の上を右へ左へ、左へ右へ。

ああ、なるほど。そうか、ありがとう。床を掃除してくれているんだね。

ってそんな事なかった‼

ぐれいふ・もすたいと・あれい・スミナロスナが右往左往したところで床は未だ水浸しのままだ。

私は眉を吊り上げ、ぐれいふ・もすたいと・あれい・スミナロスナを睨みつけ毅然と告げる。


「ちょっと、うに!」


え? 何でコレをうにって呼ぶのかって? だってほら、ぐれいふ ナンタラって長いから。

ああ、そんな事より依然として床の水浸しには進展がみられない。

そして私に突然、何の前触れも予告も確認も無しに『 うに』と呼ばれたぐれいふ・もすたいと・あれい・スミナロスナはきょとんとしている。

いや、実際の所、このぐれいふ・もすたいと・あれい・スミナロスナには目も耳も鼻も口も無い(私の視認する限りでは)。したがって、この場合きょとんとしたと言うより私に声をかけられたぐれいふ・もすたいと・あれい・スミナロスナの活動が停止したと言う方が正しい。

ぐれいふ・もすたいと・あれい・スミナロスナはピタリと停止したまま私の様子を伺っている。

私は続ける。


「ちょっと、うに。 この水浸しは一体どういう事なの? 何をどうしたらこういう事になったのよ」


ぐれいふ・もすたいと・あれい・スミナロスナは押し黙ったままピクリとも動かない。私の気圧の低さをきちんと感じ取っている。まあ、そもそも私はコレの声を聞いた事は一度もないのだけれど。

ラジオから曲が流れ出した。

隣室からだ。

薄い壁を通して滲み出てくるのは軽快なカヨウキョク。

ぐれいふ・もすたいと・あれい・スミナロスナは助かったとばかりに曲に合わせて踊りだす。

なにせ私はこの曲が鳴り終わるまでにはきっちりこの部屋から出なければならないからだ。

ぐれいふ・もすたいと・あれい・スミナロスナはそれを知っている。いや、学習した。


「とにかく!」


素早く身支度を整えたた私は靴を履きながら言う。


「私が帰ってくるまでには、この床の水を何とかしておきなさいよ。いい? 分かったわね、うに」


私は何度も指で床の水を指差した。コレにちゃんと伝わっただろうか、一抹の不安を感じながら部屋を出た。帰ってきた時水浸しのままなのは嫌すぎる。

けれど、私がその部屋に戻る事は二度となかった。

私は、外の世界で突然死んでしまったからだ。

薄れゆく意識の中で、私はぐれいふ・もすたいと・あれい・スミナロスナの事を考えていた。

今頃アレは、床に溢れた大量の水をどうやって何とかしているのだろう。

私の知る限りアレに手足はない。アレの形状はスライムに似た塊だ。

今朝と同じく水浸しの床上をただただ右往左往しているだろうか。案外何もしていないとも思えるが。

アレは、私が部屋に帰らない事に腹を立てるだろうか。

それとも、悲しんでくれるだろうか。




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