グングニル!

一馬力

第1章 必勝の槍と無双の大魔法

プロローグ

「……ハルゼハイム様、これを」


 雷鳴が轟き豪雨が打ち付けるなか、わずかな布を纏っただけの全身傷だらけの女が、真っ黒なマントに全身を包んだ魔術師に握った拳より少し大きい程度のどす黒い鉄の塊を手渡す。


「魔王軍に蹂躙された挙句、呪われた魔法によって肉の形すら維持出来なくなった幾十万の人々の血を集め、その血に含まれていた『鉄』を我が師ケラが命を懸けて抽出したものです」


 その鉄の塊を、ハルゼハイムと呼ばれた魔術師が両手で優しく包み込み、小さく頷く。


「遠路ご苦労であった。ケラは無事か?」


 ハルゼハイムの問いに、その女は黙って首を振る。


 ハルゼハイムは口を一文字に結んで目を瞑り、暫し沈黙したのちに改めて手渡された鉄の塊を見る。


「凄まじい怨嗟の嵐の中にあって、同時に強い想いが凝縮されている。相反する感情がこれほどの力で共存している。これならば、あれが鍛えられよう」


「どうぞよろしくお願いいたします」


 姿勢を崩し、倒れこみながら女が言う。


「その血の中には、私や私の家族もあるのです。どうか、我らが命を懸けた想いを、願いをお汲み取り下さい」


 ハルゼハイムが、女の頭にそっと手を添える。


「必ずだ。必ず、やり遂げる」


 それを聞いた女は静かに頷くと、安心したかのようにふうと小さく嘆息して……息を引き取った。


 ハルゼハイムが小さく呟く。


「ゆっくり眠れ」


 そして、鉄の塊を頭上に掲げて声を上げる。


「これでグングニルを鍛え上げる。そして、極源代魔法アマリリスを召喚する」


 雷鳴は更に大きく空に響き、雨脚は強くなる。


「世界を救おうなどとは思わない。しかし、彼らの想いは必ず成就させる」


 ハルゼハイムがそう叫び、更に高く鉄の塊を掲げた瞬間、その鉄の塊に落雷した。

凄まじい音と衝撃が周囲に伝搬する。


 しかし、ハルゼハイムは鉄の塊を手にしたまま聳立していた。


「この呪われた世界を穿つ為ならば、神すら貫く槍を鍛えてみせる」


 ハルゼハイムは天に向かって咆哮する。


 世界を覆うぶ厚い暗雲が、容赦なくハルゼハイムたちを包み込んでゆく。



 それから四百と数十年後。

 ゴンドアナ大陸と呼ばれる世界の中心に横たわる巨大な大陸の東方にあるアーデアという地方都市の露天商で、男たちが取引をしていた。爆撃の蹂躙を受けたような、そんな廃墟のような街並みのなかで二人の掛け声が空に消えてゆく。


「こんくらいの長さの棒が欲しいんだよ」


 農夫が腕を伸ばして長さを説明している。

 その長さは一・二ガル(約一・二メートル)程度であろうか。


「この前、獣だか魔物だかがウチの農場の柵をぶち抜きやがってさ。直すのに木材でもいいんだけど、木だと虫に喰われるわ、痛むの早いわで交換すんのも面倒だから、出来たら金物で直したいんだよ」


「最近は金物もめっきり出回らなくて全然手に入らないんだけどな」


 ぶつぶつと独り言のように呟きながら、その農夫が柵に突っ込む動物の真似をする。


「あぁ、それならちょうどいいのがあるよ」


 気だるそうに農夫の話を聞いていた売り子が、ごそごそと後ろの籠を漁る。

 その籠には幾本かの剣や槍が収められていた。


 売り子はその中からスッと黒い鉄の棒を抜き出して、その農夫に差し出した。


「これなら、ちょうどいいんじゃないか?」


 差し出された鉄の棒を農夫が受け取る。


 長さにして一・五ガル(約一・五メートル)ほどのその鉄の棒は、親指くらいの太さをしており全面に渡って金づちか何かで叩かれたような、槌目つちめのような表面をしていた。


「その棒なら、千キャービクル(約千円)で譲るよ」


「これが千キャービクル? 五百でどうだ?」


 農夫が値切ろうとする。


「旦那、そりゃふっかけ過ぎってもんだ。……九百だな」


「六百!」


「……八百。これ以上はまけられないよ」


 そう言って、売り子がその鉄の棒を取り返そうとする。


「分かった分かった。それじゃ八百キャービクル(約八百円)で頂くよ」


 根負けした農夫が銅貨を差し出す。


「まいどあり」


 その鉄の棒を買い取った農夫が、大半の子供がそうするように、ふざけて槍のように構えながら、露天商の遥かうしろに見える半壊した土壁の建物を見つめて売り子に尋ねる。


「そういや、お前さんのうしろに見えるあの建物ってなんなんだい? 昔っから気になっていたんだが……?」


 売り子が銅貨を数えながら答える。


「あぁ、あの建物は救貧院だ。おまんまの食えない貧乏人を教会が保護する施設さ」


 そう言って、売り子が肩をすくめる。


「……俺は、あんなところで世話になるなら死ぬほうがマシだよ」


「そりゃどうして?」


 農夫が尋ねると、売り子が顔を上げた。


「あそこは、本当にどうにもならなくなった連中が最後に選ぶ場所だ」


 そう言って再び肩をすくめた。


「……貧困も病気も何もかも、神の御心だなんて言いながら全て『自分の行いのせい』にされる。確かに不味くて貧相でもメシは出る。それでも、あそこは地獄だよ」


 そう言って首を振る売り子を見ながら、農夫は鉄の棒を肩に担ぎ上げて救貧院を見つめた。



 その救貧院では、今まさに命尽きようとしていた女が居た。


 その女は、救貧院の片隅に設けられた終末病棟と呼ばれる掘っ立て小屋の地べたに横たわり、ただひとり最期の時を迎えようとしていた。


 彼女は全身が変形肥大する病に侵され、ジョゼフ・メリックのように骨が肉や神経を変形して突き破る痛みと差別、そして極度の貧困に生涯苦しめられてきた。


 時代が時代ならば、例えばプロテウス症候群として診断され適切な治療や環境を与えられたかも知れない。


 だが、この世界では彼女が歩けば悲鳴が上がり、遠慮のない嘲笑の対象となった。また、その姿から生まれた時から悪魔の子として蔑み忌み嫌われ続けてきた。


 しかし、彼女は誠実に生きた。懸命に生きた。


――普通でありたい。


 という、ただそれだけの願いの実現のために。


 だが、病魔は一切の妥協も同情もなく彼女の身体を蝕み続け、二十歳と言う若さで彼女は遂に力尽きた。


――やっと、神様が安らぎを与えて下さる。


 誰に看取られるでもなく、床に藁を敷き詰めただけの寝床に横たわりながら、骨の変形で腫れあがった瞼から一筋の涙を流して最期の下顎呼吸を終えようとしたとき、その声が聞こえた。


「救って欲しい世界がある」


「……?」


 聞きなれない声が聞こえたような気がして、女がうっすらと目を開ける。


「お前は素晴らしい。その肉体と境遇を与えられてなお、神などという一方的に人間に原罪を与えるような存在に感謝できるとは」


 彼女は、病気による内耳の変形で音が聞こえなくなっていたはずなのに、その声は明瞭に聞こえる。その声は、脳に直接語り掛けているようだった。


「私は私の願いの実現の為に、お前から本質的な死の定義を奪いたい」


 素晴らしい、などとは久方言われた覚えがない。


「お前は素晴らしい」の後に続いた言葉は彼女の耳には残らず、嬉しさが優しく心を包む。


 掛けられた言葉に謝意を述べようと唇を動かそうとするが、もう肺に力が入らない。小さな唸り声が出るだけで言葉にならない。


しかし、声は続く。


「英雄譚たらしむる行動にならば多くの者は命を懸けることが出来よう。しかし、私が必要とする強さはそういったものではない」


「生と死の地獄を繰り返せ。その先に、私ですら制御不能な邂逅が待っている」


「その邂逅こそ、世界を救う唯一の手段なのだ」


 声は問うた。


「メアリーよ。もし我が願いを受け入れるならば、その腕を上げよ」


 メアリーと呼ばれた彼女は、少しだけ考えたのち渾身の力を込めて丸太のように変形肥大した左腕を掲げる。最期の命を懸けた挙手、意思表示を試みる。


――この体は神様が下さったもの。でも、この体だから諦めてきたこともある。


――だけど、ほんとうの私はまだ飛べる。まだ先に行けるんだ。


 そして、心から思った。


――もちろん、OKよ。


 腕を上げた彼女を、月光が淡く照らし出す。


――最期の夢としては、最低だけど最高だった。


――こんな気持ちにさせてくれて、嘘でもありがとう。


 声は言う。


「今はゆっくり眠るといい。だが、じきに夜が明ける」


 力尽きたメアリーは、満足してその目を閉じる。


 全身が漆黒の宇宙に漂っているような感覚で、これが死ぬということなのかとぼんやり思いながらその空間に身を委ねていた。


 が、突如頭部に強い衝撃を受ける。


「ぉぃ、おい! 起きろ!」


 頭を蹴とばされて、メアリーが飛び起きる。


 驚いて、周囲を見渡す。


「な、なに?」


「なにじゃねー! 早く起きて馬小屋の掃除しろ! このウスノロが!」


 メアリーが立ち上がると、不意に強い尿意に襲われる。


「わ、わ!」


 慌てて、奴隷用の厠へ一直線に向かいながら思う。


――ここどこ? それになんで私、ここのこと『知ってる』の?


 異様に軽い自分の体を改めて見つめる。


 垢だらけだけど、自由に動く手足。

 思い通りに動くし、全然痛くない。


――年の頃は六歳くらいか。

――夢じゃない! わたし、本当に生まれ変わったんだ!


なんだか嬉しくなって小躍りしてしまう。


「そうだ! 漏れそうだった!」


 厠に飛び込んで、慌てて股間にぶら下がるものを引っ張り出して目を見張る。


「え? え?」


――メアリーの意識が宿る、今の体が覚えている動作を自然にしてたけれど、私、いま男の子なんだ!?


「ど、どうすれば……?」


 意識すると分からなくなってしまう、今の体に必要な動かし方を頭の中から必死で探りながら、それでも自由の利く体が嬉しくて思わず「えへへ」と声が出るメアリーのうしろでは、「レリー! 早く出てこい!」という怒声が聞こえていた。


 彼女が宿る少年は、この世界ではレリーと呼ばれていた。


 そこは魔王軍が統べる領地で、人間は奴隷として酷使されており、レリーは魔物に供出する家畜を世話する役目を担っていた。


 懸命に働き、ことあるごとに家畜に優しく声を掛けるレリーの姿を見て、魔物たちも監視の目を盗んでは食事を与えたりして何かと目にかけていた。


 それから二十五年。


 レリーの体は齢三十過ぎにして、酷使と貧素な食事のせいで病を患い死期を迎えていた。しかし、死の間際にしても不思議と悲壮感はなかった。


 今世でも奴隷として絶望的な境遇を歩んだ人生ではあったが、前世では絶対に叶うことないことの幾つかは出来た。思うように体が動かせた。大声を出せた。それだけでも生きた価値はあったよ。


 そんなレリーの、メアリーの気持ちを知ってか知らずか、魔物も農奴も口々に声を掛ける。


「このくたばりぞこないが。長い間よく頑張ったな」


「次に生まれてくるときは、俺たちの居ないところにするんだぞ」


 仲間の農奴やマスターであるはずの魔物たちに看取られて、微かに笑みを浮かべながらレリーは息を引き取った。


「んんはッ!」


 死の感覚を経験した次の瞬間には……もう次の体で目覚めていた。

 今度は、洞窟の前でダイブの準備をする冒険者のパーティの一員となっているようだ。


「ほら、早く準備して。少しでも早くダイブして、今日中に距離を稼いでおかないと!」


 どうやら、今回は魔女みたいだ。名前は……、テルミラって呼ばれているらしい。

 転生した農奴として約二十五年の時を過ごして、与えられた体の使い方や脳の中にある記憶の引き出しの開け方は熟知している。


 落ち着いて、深呼吸すると頭の奥からそれまでの記憶や体験が蘇ってくる。

 これまでの記憶も新鮮な状態で、でも前世の思い出に浸る間もなく次の人生が始まる。


「テルミラ、準備出来た?」


「あ、う、うん。もう大丈夫」


「それじゃ行こうぜ!」


 そして洞窟に入る。


「ここはまだ誰も侵入した奴がいないんだ!」


 パーティのリーダーをしている勇者のアランが言う。

 下ろし立てに見える綺麗なレザーアーマーを着こなして、肩まで伸びた茶色の髪を風になびかせながら剣を握って振り下ろす仕草をする。


「それじゃお宝たんまり手に入るかもね!」


 赤と黒のローブに身を包み、黒いとんがり帽子を深く被った魔術師のアリーも興奮している。


――すごい。勇者のパーティだ!


 テルミラが感嘆しながら、改めて自分の姿を確認する。


――今回は華奢な体に髪は真っ黒だ。服も……、黒いワンピースに茶色の革靴。これかわいい。


 顔はよく分からないけど、あ! わたしもとんがり帽子を被ってるんだね。


 テルミラが自分の姿を確認している横で、アランやアリーが装備品の準備や確認をしている。


――そうだ!魔法はどうやってつかうんだろ?


 ふと気が付いて、テルミラは静かに目をつぶって記憶を辿る。


――はぁ、なるほど。魔法を使った結果を思い描いて、それを詠唱することで具現化するんだね。


 ふうぅん。とひとり呟きながら、指先に小さな炎を出してみたりする。


――私、本当に魔法使いだ! すごいすごい!


 テルミラが興奮していると、装備品を纏い終えたアランとアリーが立ち上がる。


「見た感じ、かなり古い洞窟だ。こりゃヤバい魔物が居るかもな」


 そう言って、洞窟に足を踏み入れ始めたアランが剣を抜く。


「そうだね、ちょっと怖いけどわくわくするね」


 アリーも魔法の杖を握りしめる。


 洞窟を暫らく歩いていると、それまでの冷たい空気の中に生ぬるい風が混じっていることに気づいた。


「あ、あのさアラン。なんか空気がおかしくない?」


 テルミラが声を掛ける。


「空気?確かになんだか卵の腐ったような臭いがするな」


 アランが言う。


「アリー、どうだ。千里眼で何か見えるか?」


「うーん。あたしの千里眼でも洞観でも、あんまよく先が見えないなぁ」


 松明の前方に広がる漆黒の闇をよく見ようとして、テルミラが顔を前に突き出そうとした刹那、何かが高速で飛来するのが見えた。


「あぶないっ!」


 そう叫んで、アリーがテルミラの前に飛び出す。

 その飛来物は木を削り出して作られた鋭利な槍で、それはアリーの体を貫通してテルミラの腹にも突き刺さった。


「げぇ!」


 テルミラが悲鳴を上げながら、アリーを庇いつつプロテクションを展開するための詠唱に入る。


 同時に、魔力をそれほど消費せずに展開できる簡易防御魔法、幻惑迷彩魔法を展開するが飛来物は幾つも続けて投擲され、正確にテルミラたちを貫いてゆく。


「くそっ!くそっ! みんな無事か!?」


 アランが必死に剣で槍を躱すが、次から次へ飛んでくる槍に遂に対応しきれずに1本、また1本とアランの体を刺し貫いてゆく。


「ごぶっ!」


 血を吐いて倒れるアランと、すでに意識のないアリーを見つめながら、テルミアも気が遠くなりそうになりながらも転がった松明の明かりの先を睨んでいると、その光の陰から真っ赤な皮膚の色をした大きな魔物が何体もズルズルとこちらにやってくるのが見えた。


「ご、ご、ごちそうだ! ひ、ひさしぶりの人間だ!!」


 口々にそう叫びながら、槍に貫かれてピクリとも動かないアランの、アリーの、そしてテルミアの頭上に躊躇なく棍棒を振り下ろす。


「ぎゃあー!!」


 頭部への一撃に絶叫して飛び起きたテルミアを、誰かが優しく抱きしめた。


「!?」


 薄暗い洞窟?のような場所で、何人かの人が蠢いている。


 よく見ると、小さなゴブリンのような魔物たちだった。


「うわぁ!!」


 と声にならない声を上げてテルミアが飛び起きると……

 テルミアを優しく抱きしめてくれていたのもまた、ゴブリンだった。


「??」


 動転しながらも周囲を見渡すと、三、四人のゴブリンたちが食事の用意をしていたり寝床のような場所を整頓したりしている。


 テルミアは早く逃げようと急いで歩き出すも、その体の扱い方を習熟しておらずにすぐ倒れこんだ。


「!」


 テルミアが倒れた先に地下水脈が露出して水の溜まったところがあり、ちょうどその水面にうつりこんだ自分の姿を見てが悲鳴をあげる。


 テルミアは、こんどはゴブリンとして転生していた。


 困ったことに、思考が言語化出来ない。でも、ゴブリンとしての生き方は分かる。この体に暗黙知が備わっているから。


 とは、感じるだけで言語化は出来ず、しかし彼女はゴブリンとして懸命に生きた。


 そして十八年後、その洞窟にやって来た冒険者に家族もろとも皆殺しにされた。


 家族の盾となって、その冒険者たちと対峙して……


 弓で胸を射抜かれた感覚を覚えながら次に目を覚ますと、また人間の子供に転生していた。今度は薄汚れた倉庫のような小屋に敷かれた、シラミだらけの藁の上に居た。


 もう周りにゴブリンだった自分の家族は跡形もなく、遠くで今の自分の固有名を呼んでいる声がする。


――また、繰り返すのね……


 彼女は、そうして一万と数百回の転生を、時間にして数千年分の長さを生きた。


 そして、その肉体での最期を迎え、再び目が覚めると……体中の節々が痛く、全身が痒い。


「……今回も奴隷か? それとも農奴か?」


 上半身を起こすと、強い空腹感と頭痛を覚めた。

 細い手足に垢がこびりつき、シラミやノミに喰われた跡が全身についていた。


――ふぅ。


 栄養失調でやせ細り吹き出物だらけ、虫にたかられて荒れに荒れたボロボロの体を掻きながら、薄暗い天井を見つめながら呟いた。


「これだけ生きてきて、世界を変える邂逅なんてまるでないじゃないか。彼の言っていた『邂逅』とはなんなんだ。確かに転生はしている。虚ろながら覚えているよ。だが、何も変わらないし与えられない」


「俺は……なんのためにこれを繰り返しているんだ?」


 ゆっくりと立ち上がって掘っ立て小屋の外に出る。

 そこは高台にある綿花農場の只中にあって、眼下に街が見下ろせた。


 こじんまりとしてはいるが、理路整然とした綺麗な街だ。


「あれは……」


 なんだか見覚えのある周辺の山河にしばし見入っていて、男は思い出した。


「そうだ、あれはアーデアだ!」


 メアリーが生きたアーデアに、『その世界線において』約二百年ぶりに彼女は転生して戻ってきた。


 この二百年の間でアーデアはかつての賑わいを取り戻し、再興を果たしていた。


 彼女が過ごした転生の期間とアーデアに戻ってきた時間に大きな乖離があるが、それは彼女が過去や未来といった時間軸を超越して輪廻転生を繰り返したからに他ならない。


 もちろん彼女は知る由もないが、転生期間が重複して違う肉体で同じ自我に目覚めていた期間もあった。


 槍との来るべき邂逅まで、あと三年。


 のちに「世界の再構築」とも「魔法定数の根源破壊」と評される、冒険奇譚が始まる。

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