第24話 愚痴と雑談
「少しは落ち着いたか?」
庭からは人がいなくなって静かになる中、段差の所に腰掛けて、前にしゃがんだセオドアに涙を拭かれていた。
何を言われても平然としているセオドアに、八つ当たりしたくなる。
「…………男娼って」
あの王太子の言葉にもいまだに腹が立っていた。
「そんな役目の奴もいるが、俺は欠陥品だから対象外だ」
「欠陥品?」
「上半身にでかい傷がある」
「……だからいつも服を脱がないの?」
「そうだな。人に見せるもんじゃない。特にお前にはな」
「ずっと、痛んだりしたの?今でも痛む?」
「いや」
そこで珍しく、セオドアは何を思い出したのか、ふっと笑っていた。
「拷問紛いのひどい手当を受けて、それで死ぬかと思った」
言うほど辛そうではないから、不思議だった。
それで、もういつもの表情に戻ってて、
「殿下がフィルマと二人で話があるそうだ」
「あの人、嫌い」
「もう、お前を怒らせるようなことは言わない」
セオドアがすっと立ち上がって下がったら、入れ替わりで王太子が訪れた。
どうやら私を置き去りにしていくらしい。
そんなことは知っているけど、薄情者だ。
植木鉢を投げつけたくなったら、誰が止めてくれるのか。
セオドアは何処かへ行ってしまって、王太子が再び私の前に立っていた。
穏やかな微笑を浮かべて。
「改めて自己紹介するよ。私はエクルクスの王太子、イグネイシャス。私の存在はカーティスには知られたくないんだ。少しの間、君の家であるここに滞在してもいいかな?」
「……………………セオドアがそれを必要と判断するなら」
ハンカチでズビッと鼻をかみながら返事をした。
「ありがとう」
イグネイシャスは、私の隣に人一人分空けて座った。
「謝るよ。君と子供を侮辱したことを」
「絶対に、許さない」
「ごめん、ごめん。話し相手になってもらってもいい?」
「…………」
あなたと話すのなんか不愉快極まりないと全身で表しても、イグネイシャスは飄々とした態度を崩さなかった。
「セオドアとは、いつ知り合ったのかな?」
「前皇帝が殺された場で……」
「ああ、そうか。君も色々と数奇な人生に翻弄されてしまっているね」
「…………」
「でもそれなら、やっぱり疑問は残るけど……」
何かを考え込んでいる。
「セオドアのことは好き?愛想はないよ?」
うるさい。
「ハンカチを失くしたことない?」
「はい?」
何を言っているのか、確かにこの人の考えていることはわからない。
「15年以上、彼とそれなりに過ごしてきたけど、なかなか興味深いものを見せてもらったよ。傑作だったよ、君が鉢を掴んだ時のあの焦った顔。君を殺すって言った時ですら、たいして感情を動かさずに、私が剣を抜いた場合の想定を色々考えていたくらいなのに。ちなみにね、その時の顔はね、私を殺した上でどうやって君を連れて逃げようかって考えていた顔なのだけど」
随分とふざけた口調で、どうやら、ちゃんと聞いておかなくてもいいみたい。
「君に一度会いたかったんだ。君がどんな人物なのか、この目で判断したかった」
じゃあ、どのように判断したというのか。
「彼は最初から随分と独断でいろんなことをして、随分と命令無視を繰り返していたけど、それはどうしてだろうね」
イグネイシャスは私に微笑みかけてくる。
知らない。
あの人はどうせ何も言わないから。
「個人的な興味はこれくらいにして」
本題と言いたいのかな。
「ジョエルのこと聞きたい?セオドアは、あまり君が困ることは言わなさそうだから」
「もう、どちらでもいい。多分、何も思わない」
捨てた子供が私だけではなくなって、どんな人なのかわかって、あの人のことを自分の人生から切り捨ててもいいと思っていた。
「じゃあ、ちょっと愚痴ってもいいかな」
勝手に喋るだけならどうぞと、無言で応える。
「ジョエルがエクルクスに来たのは、君を出産した直後のことだったんだろうね。黙っていれば儚げな印象だったようで、ボロボロの姿で涙を浮かべて蹲っていれば、誰もが庇護欲を掻き立てられて、声をかけてしまうほどだった。それは、国王である私の父も同様にだったよ」
セオドアにも、私がそんな風に映ったのかな。
「私の国は、随分と引っ掻き回されてしまったよ。あの女は権力に対して貪欲で、側妃の立場に満足していなかった。母は苦しめられることになって。ジョエルは、とんでもない悪女だよ。こんな話をしてしまったけど、君があの女の存在のせいで心を痛める必要は何一つない」
「むしろあなたのさっきの言葉に心を痛めた」
「ごめん、ごめん。ごめんね」
結局、私を妊娠した経緯も、お母さんにしかわからないことがあるのかも。
やっぱり、もう、自分からはお母さんのことを切り離していいみたいだ。
私が少しだけ考え事をしている間に、イグネイシャスは愚痴を終わらせていた。
「エクルクスは間も無く、帝国の南部から手を引く。扱いに困りそうだから。エクルクスも、何でもかんでも欲しいわけじゃないんだ」
正式に見限るということかな。
結局、カーティスすらも、エクルクスからしてみれば捨て駒なのか。
「その命令を、私が行うために来た」
どうしてそれを私に話すんだろう。
「君はどうするのかな」
どうすると聞かれて、首を傾げた。
「セオドアには国に戻ってもらうつもりだったけど、失敗してね。君を呼び寄せたらセオドアも一緒に来てくれるかなって思ったんだ。私はセオドアをカーティスと心中させる気は無いから」
それが、この前のことなのか。
「その子は君とセオドアの子供で、カーティスを殺してその子を利用するってのもいいけど、諦めさせるために君を殺したりなんかしたら、逆に忠誠を失って恨まれそうだし。うっかり復讐なんかされた日には、どれだけ被害が出るかわからない。困ったなぁ」
そこは、本当に困ったような顔をした。
エクルクスではそんな話になっていたのだと思う。
私は、セオドアに対する人質だったようだ。
そもそも、セオドアをどうかするために私の処遇を考えるのが間違いなのではと思うけど。
「君が自主的にエクルクスに来てくれたらいいけど」
「……行かない。あなたが嫌いだから」
「ふふっ。私はすっかり嫌われてしまったね」
それはそうだ。
「ここは、暖かいね」
確かに。
いつも、心地良く過ごせていた。
それは誰のおかげなのか。
「エクルクスは毎年冬になるとね、国民から凍死者と餓死者が大量に出るんだ」
「たくさんの雪は、みんな困る」
「うん。雪が多すぎて帝国の支配すらも受けなかった。何もないから、力を得るためにはセオドアみたいな者達をたくさん育てなければならなかった」
「子飼いの捨て駒……」
「酷いと思う?」
「私が言えることは何もないけど、セオドアがそうなのはちょっとだけイヤ」
でも、セオドアの今までを否定したいわけでもない。
「ああ、まぁ、そうだね」
「最後に選ぶのは、セオドア……どれだけ支配しても、命令しても」
「君は選ばれると思う?」
「そうやって意地悪ばかり言うから、あなたが嫌い」
「ごめん、ごめん。なんだか君の怒る顔を見たくなるんだ。君の方が私の妹だったらよかったのに」
それも、とても引っかかる言い方だった。
「それじゃあ、私は自分の役目を果たしてくるよ。話を聞いてくれてありがとう」
立ち上がったイグネイシャスは、一人で勝手に満足した様子で、勝手に話し終えて、どこかへ出かけて行った。
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