廃妃のセカンドライフ〜皇妃になったその夜に皇帝が殺されまして〜

奏千歌

第1話 プロローグ:復讐を成し遂げたはずだった


「セオドア」


 通路で見かけた者を呼び止めた。


 事後処理が続く目まぐるしい日々の中、最も信頼を寄せる男が、皇宮に戻ってきていた。


 地方の偵察を指示していたから、今まで不在だった。


 この男は、俺を救うためなら自分の体を当然のように投げ出すが、出会った時と変わらず、なんの感情も見せない表情で俺に深紅の瞳を向けてくる。


 実際に人間らしい感情を持ち合わせてはいないのかもしれない。


 セオドアとは、余計な会話は一切ない。


 俺が問いかけたことにしか答えない。


 俺よりは少し年下らしいセオドアとは、こんな人物なのだ。


 無表情、無感情に、淡々と任務をこなしていく。


 俺がここまでこれたのは、セオドアが協力してくれたおかげだ。


 帝国の北部に燻っていた反皇帝派の諸侯を味方につけ、反乱を起こし、帝国内を掌握し、俺が皇帝となれたのは。


 俺が望むままに、邪魔なものを全て殺してくれて。


 俺に心酔していると思わせるほどに、忠実に従ってくれていた。


 出会った時から、ずっと。


 命をかけて俺を守ってくれて。


「罪人の処罰と地方の状況。報告は聞いていたが、セオドアの口から直接聞きたい」


「全て命令通りに、滞りなく。反乱の芽はすでに摘んでいる」


 絶対的な信頼のもとに、望み通りの言葉が返ってくる。


 セオドアはそれを俺に告げると、また自分の役割を果たすべく、どこかへと向かった。


 あとは、俺の大切な目的を済ませれば完璧だった。


 長く、苦しい状況に、やっと明るい光が差し込む。


 俺の復讐対象であるブルレック公爵という男は人ではなかった。


 極悪人というには言葉が優しすぎるだろう。


 前皇帝にとって都合の悪い人物を闇に葬ることを請け負い、その対象の一人が俺だった。


 前皇帝は、ファロ侯爵の妻を無理矢理犯し、その時に孕ませたのが俺で、都合が悪いからとファロ夫妻と俺の存在を抹消しようとした。


 ただ殺すだけでなく、最初は俺を人質にして監禁し、金を奪えるだけ奪ったあとに、俺を餌におびき寄せた夫妻を殺して、最後に俺を……


 俺はあの場で生き残った。


 最後の最後で母の兄に救われて、生かされた。


 俺を育ててくれた両親の骸の前で復讐を誓って、そして、ようやくここまで来ることができた。


 牢に捕らえているブルレック公爵に会いに行った。


 投獄して一ヶ月。


 男の姿を認めると、長引く拷問の中でも、まだギラギラとした憎悪の視線を俺に向けてくる。


 とある人物の行方を知るために、この男に会う必要があった。


 俺を監禁し両親を殺した男だが、俺が捕らわれている間、俺の世話をしてくれた少年がこの男の元にいた。


 灰色の髪に紫色の瞳をしていた。


 自分が殴られるのに、俺の怪我の手当てをしてくれて、時には少ない自分の食料から、俺に分け与えてくれて。


 そして、諦めるなと、俺を励まし続けて。


 劣悪な環境下で働かされていた少年を、いつか助けてあげると、必ず救ってみせると約束した。


 あの子のおかげで、俺はあの時生きることを諦めずにすんで……


 あの少年を早く見つけて、自分の手元に置くつもりだ。


 新たな皇帝となる俺には、裏切らない者が一人でも多く必要だった。


「あの時雇っていた少年はどうした。殺したのか」


 元公爵に問いかけた。


「少年?」


「俺を捕らえていた時に、俺の世話を任せていた少年がいたはずだ」


 公爵は、思いあたる人物がいたようだ。


「アレがなんだと言うのだ」


「言え。彼は生きているのか」


 あの少年が俺にとって必要な人物だと悟ったのか、公爵は皮肉げに口元を歪め、声を出して笑った。


「はははははは。アレなら、貴様が自ら娼館送りにしたではないか。適当な女に産ませた娘を、見目が良かったから皇帝の妻に据えた。哀れな娘だ。何の罪も犯していない無垢な存在であったのになぁ!」


 そして、俺を混乱に貶めるには十分だった。


「どういう意味だ」


 尋ねる声が震えていた。


「貴様が自ら娼館に送りつけた皇妃がその少年だ。今頃、幾多の男の餌食になっている頃だろう。貴様がそのように仕向けたのだからな」


 ブルレック公爵家の女達が娼館に到着したとの報告は、すでに受けている。


 その中には皇妃フィルマも含まれ、それがあの少年だと……


 もうすでに何人も客がついて、従わないようであれば薬も使えと指示してあった。


 数日のうちに薬漬けにされ、すでに命は果てていると聞いた。


 何もかもが今さら手遅れだと理解して、俺は……







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