仮面少女の声を聴け
夜缶
前編
就職活動が上手くいかず、何もかも嫌になった。
世間では就職氷河期が終わって就職はしやすくなったと言うらしいが、それでも僕は未だに内定を貰えていない。
僕はきっと、社会に必要とされていないのだろう。
そう考えると、就職活動が馬鹿らしくなった。
全てがどうでもよくなった。
だから僕はここにやってきた。
インターネットで噂されていた化け物の館に。
理由は単純に好奇心と、ある種の自殺願望からだ。
そりゃあ周囲の人間は『就職活動が嫌になったからって、死ぬことはないだろう』とかほざくかもしれない。
そもそも化け物が居るとは思えないし、死ぬとも思えない。
それなら好奇心に任せて、行くしかないなと思った。
僕はゆっくりと、館の扉を開けることにした。
「中は意外に綺麗だな……とはいかんか」
しばらく使われていないのか、玄関は埃まみれでゴミがあちこちにあった。
玄関の先には廊下があり、階段があった。
「こういう場所は普段来ないから、非日常感があるよなぁ……」
誰もいないことをいいことに、独り言を呟きながら探索をすることにした。
「ほんと、ホラーゲームの館に出てきそうだな――」
その時、だった。
微かに、足音が聞こえた。
2階、からだろうか。
「……いや、僕と同じような理由で来た人がいるのかも」
正直驚いたが、自分を保つために都合の良い解釈をすることにした。
僕はその場を後にし、一階から探索することにした。
玄関よりかは、幾分か整えられていたリビングにやってきた。
だがそれでも、汚いものはとことん汚い。
ソファやテーブル、それからキッチンとテレビ。
ごく普通のリビングだ。
ただ、気味の悪いものがソファに置いてあった。
「なんだこれ……」
人の形をした、一つ目の人形がそこにあった。
まるで、自分の存在がわかっているような、そんな目をしていた。
「趣味が悪いな」
また、上の階から軋む音が聞こえた。
何かがいることは確かだ。
「……とにかく、次だ」
広々とした図書室に移動した。
所々に蜘蛛の巣が張ってあった。
虫はどちらかというと苦手だ。
蜘蛛の巣を避けながら、図書室を歩いた。
しかし残念ながら、糸に引っかかった。
「あぁくそ!!」
思わず大声を出してしまった。
糸を取り払ったその後、また足音が聞こえた。
それも、上の階ではなく近くで。
「(ビビるな……鼠か何かだ。大丈夫大丈夫……)」
自己暗示し、その先を歩いた。
そして、たまたま目に付いた本を棚から取り出した。
やはり埃が被っていた。
中身は、英語で書かれている小説だった。
当然、全く読めない。
「……もうちょっと、真面目に勉強するべきだったかな……」
取り出した本を、元の位置に戻した。
周囲を見渡すと、目が眩むような本の数が見えた。
「空気が悪いな……窓、開いてないのか?」
空気を入れ換えるために、僕は図書室の窓を探すことにした。
だが、見当たらなかった。
一つもなかった。
また今更になって、胸騒ぎがした。
その時だった。
後方から気配を感じたのだ。
それも大きな何かだ。
足音も大きい。
「(……まさか、な)」
僕はなるべく音を出さないよう、細心の注意を払いながら、後方を振り返ることにした。
恐る恐る後方を見たが、そこには何もいなかった。
「……確かに気配が……?」
周囲を見渡しても、誰もいない。
ただ静寂だけがあった。
しかしまた、音が聞こえた。
図書室の扉が開いた音だ。
覚悟を決め、しばらく構えていたが、誰も僕の目の前に現れなかった。
「まさか、この部屋から出て行った音……?」
肩を震わせながらも図書室を後にし、次の部屋へ向かうことにした。
一階の奥にある和室にやってきた。
障子を開けると、畳特有の匂いがした。
中は案外綺麗だった。
しかし――。
「何だ……生臭い匂いがする……」
鼻にツンとくる匂い。
多分、嗅いだらしばらく離れないような、そんな匂い。
「……ここに、何かあるのか……?」
念のため障子を閉め、和室の探索をすることにした。
身長の低い机には、小さな懐中電灯が置いてあった。
「……持っていくか」
それをポケットに入れ、机の下も確認した。
何もなかった。
座布団をひっくり返したり、高そうな壺の中身を確認したりした。
しかし、何もなかった。
「……残りは……」
奥にある襖のみとなった。
そこに近づくと、明らかに生臭い匂いが強くなった。
「……薄々、そうだろうなとは思ってたけど……」
気になるが調べたくない。
かといって、調べないわけにもいかない。
僕は勇気を振り絞って、手を襖の方へ伸ばした。
そして、ゆっくりとそれをずらした。
その瞬間、僕の身体に何か重たいものが飛び込んできた。
「痛っ!?」
衝撃で、僕は床に倒れ込んだ。
「こ、今度は一体何なん……だ?」
そう言いながら、重たい何かを確認した。
僕の身体に倒れ込んできたものは――。
「――し、死体……!?」
白目を剥き、血だらけになった男の死体だった。
「ヒッ……!!?」
僕は慌てて、その死体を払い除けた。
上半身に、血糊がべったりと付いた。
「ほ、本物……!?」
僕の内心を知ってか知らずか、畳みかけるようにまた近くで音が聞こえた。
障子を開ける音だ。
つまり、後方からだ。
僕は、再びゆっくりと後方を確認した。
いた。
化け物だ。
鼻と口しかない。
ツノを生やした真っ白な巨人が。
そこにいた。
「ぁ……あぁ……」
声にならない声を上げ、なるべく距離を取ろうとした。
だが、腰が抜けた。
足も、上手く動かせない。
「…………」
化け物は、ただ僕の目の前に立ち尽くしていた。
けどそれも、時間の問題だった。
「ギュオォォオオン!!!!」
突然、鬼は甲高い悲鳴のような声を上げた。
その叫び声を聞いたおかげか、突然足が動くようになった。
「……くっ!!」
僕は急いでその場を後にし、玄関を目指した。
火事場の馬鹿力なのか、すぐに玄関へたどり着いた。
しかし――。
「開かない!!?」
玄関の扉には、鍵が掛けられていた。
「くそ!!」
必死に扉を何とか開けようとした。
その時、また後方から奴の気配を感じ取った。
すぐに振り向くと、やはり化け物がいた。
「ギュオォォオ!!!」
また、叫び声。
「……畜生……!」
考えてみれば、僕は最悪死んでも構わないという気持ちでこの館にやって来た。
ならこれは、運命というやつなのだろう。
覚悟を決めたはずだ。
「(……そうだ。何で今更、こんなに必死になって逃げてるんだ……)」
襲い掛かろうとしている化け物を見ながら、僕は呟いた。
「……僕には死ぬ覚悟なんてなかったんだ……」
化け物が僕の元へ走ってくる。
恐怖と覚悟を心に抱え、目を閉じた。
…………。
…………。
…………?
何も起きない。
僕は咄嗟に目を開いた。
視界では、化け物がドスンと玄関の脇の方へ倒れ込んでいたのを捉えた。
「逃げて下さい」
幼い少女の声が聞こえた。
その声の主は、倒れ込んだ白鬼の近くにいた。
クエスチョンマークの仮面を付け、レインコートで身を包んだ少女。
その少女の両手には、ナイフがあった。
状況が、分からない。
「き、君は……?」
「2階へ逃げて下さい。早く」
仮面のマークの通り謎の少女に促され、僕は2階へと向かった。
仮面を付けた少女と共に、2階の部屋にやってきた。
少女は何やら、扉に鍵を掛けていたようだ。
「ここまでくれば、まずは大丈夫です」
「あ、あぁ。助かったよ……」
「怪我はしていませんか?」
「う、うん。大丈夫だよ」
年下の女の子に心配されてしまった。
情けない。
「…………」
「…………」
気まずい沈黙が続いた。
何か、喋らないと。
「え、えっと……」
「……貴方は、なぜここに?」
「へ? あぁえっと僕は……」
僕は一度深呼吸をしてから、ここに来た理由を言った。
正直、自暴自棄が過ぎる経緯だけど。
「……そう、なんですか」
「うん……何か全てがどうでも良くなっちゃって……笑っちゃうでしょ?」
「……すみません。笑えません」
「あはは……本当に化け物がいたし、実際に死にかけたからね……」
「いえ、そうではありません」
「ん?」
「貴方が死にたいという思いでここに来てるから、です」
「……え?」
「もう少し、自分を大事にして下さい」
久々にちょっとした説教をもらった気がする。
同時に、他人から心配されたのも久しぶりだ。
「あはは……」
「何かおかしなことを言いましたか?」
「いいや。君みたいな女の子に説教されるなんて思いもしなかったから、ついね」
「……そういうもの、ですか」
「うん。そういう君は、どうしてここに?」
「私は……使命を果たすため」
「使命?」
「はい。人を救うこと、です」
「人を救う、か……。誰からの使命?」
「……大事な人、ですかね」
「そうか……」
「……あの」
「ん?」
「貴方のことは、どう呼べばいいんでしょう?」
「……あぁそっか。えっと……」
僕は、自分の名前を言おうとした。
でも、それはやめることにした。
自分の名前が、あまり好きじゃないからだ。
「ごめん。あんまり言いたくないかな……」
「じゃあ。どう呼べば?」
「何でもいいよ」
「それじゃあ、お兄さんと呼ばせていただきます」
「う、うん。宜しくね」
なんだか気恥ずかしかった。
「じゃあ、僕は君のことをどう呼べばいいかな?」
「私、ですか。私は……」
「うん」
「……お兄さん。私、自分の名前を忘れてしまったみたいなんです」
「へ? 忘れた?」
「はい。だから考えて欲しいんです」
「な、名前を?」
「はい」
「え、えっとー。名前が無いから……」
「あ、それがいいです」
「え? どれ?」
「名前が無いから、ナナと呼んでください」
「そんな感じでいいの?」
「はい。お願いします」
「宜しく。ナナちゃん」
「ナナでいいです」
「……ナナ?」
「はい」
それから僕らは、しばらく話し合っていた。
あの化け物の存在を忘れたかのように。
そしてしばらくして、眠気が僕を襲った。
外ではきっと夜だったのだろう。
僕は座りながら、眠りに落ちた。
夢を見ていた。
自分が高校生くらいの時の夢だった。
同級生と僕が何やら話していた。
「すっげー! また新記録出したの?」
「うん」
「将来はオリンピックとか目指すの?」
「うん。また新記録作りたい」
「かっけー!」
…………。
場面が切り替わって、今度は今の自分が映し出された。
「お前、競技やめたんだっけ?」
「あ、あぁ……うん」
「えー。勿体ないなぁ」
「あはは……怪我、しちゃってさ」
「じゃあ、これからどうするの?」
「え? これから?」
「うん。将来とかどうするの?」
「しょ、将来って……。まだ就活も先だし」
「いずれくるだろ?」
「それはそうだけど……」
「しっかりしてくれよ。お前は俺らのヒーローなんだからよ」
「ヒ、ヒーローって……」
「お前ならなんでもできるだろ。なぁ?」
「ま、任せてくれよ……」
やめてくれ……。
「……」
本当に……。
「ほっといてくれよ……」
……頼むから。
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