「おはようございます」


 会社に行くと俺よりも先に出社し、お茶を配る彼女が目に入る。声をかけようと踏み出したとき、彼女が血だらけで球体関節人形のようにバラバラにされ、糸を絡む姿に足を止めた。


 ――あぁ、もう少し話したかったな。


 気付かれる前に椅子に腰かけ、何もなかったように記事を書く。だが、数分遅れてきた上川が「朔也」と声を出したとき、俺はボールペンの背で彼の喉を突く。

 驚き酷く噎せ、廊下に駆け込む彼を不思議そうに見る俺はとても他人事で。またか――と自分の手を見て席を立つ。


「ゲホッゲホッ……ゲホッゲホッ……」


 噎せが止まらず涙目の上川。そんな彼を気に止めず俺は声をかける。


「すみません、上川くん。少し話したいことあるんですが」


「な゛に」


 人目を気にしてわざと階段に連れ込むと俺は真面目な顔で言ったつもりだが、口角が上がっていた。


「もしかしたら――貴方よりも早く彼女を殺すかもしれません。彼女を見ていると――胸が熱くなるんです。これは何ですかね?」


 俺の邪悪な笑みに上川が初めて苦笑する。


「なんですか、その顔。俺、変なこと言ってます?」


 白け、間が空き。何も言わない上川に俺は笑顔で返す。


「こんなにソワソワすることないんですけど。自分の手が血塗れで滑ってて、気持ち悪くて仕方がないんです。でも、嫌じゃないんですよ。とても気持ちがいい。何故でしょう」


 興奮か。さては、殺欲か。

 俺にも分からない。

 彼女を見ると無性に殺したくて。

 俺に向け笑うその表情を壊したくなった。


「上川くん、俺は彼女のこと好きなんですかね――」


 彼の腕を強く握り、訳のわからない複雑な感情を吐き出そうと言う。上川は困った顔をするも俺な不敵に笑うせいか釣られ笑う。


 朔也オビオビって――嗤うんだ。


 えぇ、違う意味で嗤いますよ。


 言葉では返さない。

 目と目の会話。


「朔也、それなんの病気か知ってる?」


「病気?」


「それ、っていう病」


「恋?」


「朔也は自分から告らずにいつも女性から告られて結婚してんじゃん。その逆のヤツ。普段の朔也にはない。本当に傍に居てほしい存在。でも、俺はそうは思わない。オビオビにとって人間って何なの」


 上川の腕を掴んでいた力が緩むと逆に押され、壁に押さえ込まれる。スイッチが入ったか今にも殺したそうな殺気に満ちた目で俺を見て、額に額をぶつけるとキスされるんじゃないか。そう思うほど触れる唇。


「オビオビ……いや、死亡記事オビチュアリー。本音言ってよ。オビオビにとって人間ってさ。取材の素材・・・・・なんじゃないの」


 彼らしくない低い声が俺の閉ざしていた何かを覚ます。今まで殺した人の顔、声、感覚、快楽。全てが一気に脳裏に流れる。


「いつもそうじゃん。俺は知ってるよ。朔也が取材で行き詰まって苦しいときや妻に自分の性癖バレて頭抱えたとき――決まって殺してるでしょ・・・・・・・。(掠れ消えそうな狂ったような声で)だからぁ、我慢することない。殺したいなら殺せば良い。自分のために」


 暗示か。さては、洗脳か。

 俺の中で何かが砕けた。



 さぁ、死亡記事オビチュアリー

 取材の時間だ――。



         *



「小春さん、この後――」


 定時を迎える少し前。棚に資料を戻そうと背伸びする彼女に近づき、か弱く細い手に軽く触れながら“昨日のお礼したいのでお鍋でもしますか”と口下手ながら誘った。顔を真っ赤にした彼女の顔に答えを聞く間も無く。そのままスーパーへ。

 ズルいと上川が加わり、子供のように好き嫌い良いながら買い物。ネギは嫌だ、キノコやだ。やだやだ攻撃に俺は、君は困った子ですね、と呆れる俺を見て彼女は楽しそうだった。


「はい、出来ましたよ。トマト鍋です」


 女性はトマトが好きだと聞き、作ったものの俺と上川には【別のモノ】に見える。


 ソーセージは指。

 キノコは半分にした眼球。

 トマトの皮は唇。

 肉は肉。

 汁は血液。

 橋で摘まみとろけるチーズは髪か。


 喜ぶ彼女を他所に俺と彼は嗤う。

 何作ってんだよ、と。


「トマト鍋。大好きなんです!!

 住所さん、スゴいですね」


 そうですか、作り笑顔でお椀によそう。


 プランはない。

 上川は勘づいてくれるだろうか。


 俺が撮りたい写真を――。


「頂きます」


 手を合わせ食べる彼女に俺は笑顔で、どうぞ、と急かす。彼女は箸を手に器用にトマトが絡み、のびるチーズが掛かったキノコを食べると、美味しい、と頬に手を当てる。

 愛おしい笑顔に俺は複雑な笑みを浮かべ、スープを軽く飲むと彼女も飲む。彼女のお椀の縁部分に薬が塗ってあるとは知らずに。


「小春、さん」


 薬が強かったか。俺が片付けている頃には彼女は気持ち良さそうに寝ていた。しかも、肩を貸しどや顔をする上川。彼女をギュッと抱き締め、殺りますよ、と手を伸ばすも離さない。


「オビオビぃ~」


「こら、川上くん」


「だってぇ」


 今さら泣くとは情けない。ウルウルとした目で俺を見るとバレバレな嘘泣き。口角が微かに上がっている時点で別れの儀式か。


「上川くん。人には“死”がある。しかし、写真には“死”がない。素敵・・だと思いませんか」


 俺の変態じみた言葉に上川はキョトンとする。


「消えないんですよ。フィルムやこの機材の中で生き続けるんです。この世界では死ねば消滅してしまいますが、これなら永久保存できますよね。だから、いつでも好きなときに会える・・・んですよ。

 死ぬ前の彼女にも死んだ彼女にも。俺が望み、君が観たい彼女にだって。あの写真にも――」


 目を閉じ、トレイから貰い惚れた殺害写真。花びらのように咲き誇り、恐怖に満ち痛みで命を絶つ表情はドストライクだった。

 ただ死んだだけのモノを撮るよりも美しく。生々しく生を感じつつも死を突き付けられる絶望感。


 ――死は生よりも美しい――

 迷う俺の目を覚ましてくれた。


 だから、貴女小春で花を咲かせたい。

 俺が撮りたいと思った殺り方で。


「神っち、死亡記事オビチュアリーとしてのお願いです。彼女を殺して下さい。じゃないと、貴方も私も死んじゃいますから・・・・・・・・・


 隠し持っていた包丁を上川に渡し、俺は彼女の口を手で塞ぐと脳内に浮かぶ叫び苦しむ姿。悲しみ泣く同僚や家族、これを知り怯える人を思い浮かべるだけで血が沸騰したかのように熱くなる。


「綺麗に殺してくださいね。これ“記事”に使うので」


 その言葉に包丁が振り下ろされると温かい真っ赤な液体がドクドクとその場に流れた。

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