タイトル無し
都内ビル フロアー五階
「編集長、これ使えませんかね」
キーボードがリズム奏でるオフィス。俺は元々写真家を目指していたが、多彩な才能に打ちのめされ「才能がない」「受け入れられない」と言われ続けた結果――『週刊誌デイリー』や『新聞』など。属さずフリーで写真記者として主に写真がメインになるが売れない記者をしている。
「悪趣味な。何度言ったら分かる。うちの記事は経済部署だ。猫の死体、鳥の死体、犬、虫を撮ってどうする。君はバカか。このまま特集を組めなければ首にするぞ」
提案すれば必ず追い返され、その度にヒラヒラと写真が宙を舞う。
「分かりました。じゃ、これで」
仕方ないと、デスクにそっと写真を伏せ置く。たまたま通勤時に撮ったブルーシートも敷かれていない人身事故の写真。腕が折れ、首がもげ前輪に潰されつつ、微かに形がある。この
「ん、これは」
事故現場の写真に目を細める。
「ついさっき撮ったモノです。テレビ公開なしの駅内だけですから。SNSでは騒がれているでしょうが、人身事故や自殺に関して書き上げるのは悪くないかと。それも没なら捨ててどうぞ。校閲や写真関連でヘルプに呼ばれてるんで俺行きますね」
フッと笑い頭を下げ、席につけば机や仕切りに貼られていた『死』に纏わる写真に目を向ける。
幼い頃。家に突然泥棒が入り、母親は俺を押し入れに隠したが見つかり、ナイフで滅多刺しにされ死んだ。それを間近で見たせいか俺の思考が変わった。
『死』は『芸術』。
そう感じてならない。
とある事から俺は日常の記事が書けなくなった。
「
給湯室で息抜きがてらブラックコーヒーを飲んでいると後輩のショートボブで小柄な二十代前半の女性。癒し系の。
「また締め切り間近とか。暇だから打ち込みだけはやるけど」
壁に凭れ、体を彼女に向けるとポッと彼女の顔が赤くなる。いつもそうだが何故赤いのか分からない。同僚から「お前の事が好きらしいぜ」と聞いてはいたが興味がない。
「君も飲む?」
紙コップを取り、お茶のティーパックと湯を入れ渡すとじっと左手薬指を見つめているのが分かった。
「住所さんって結婚されてるんですね。奥さんはどんな人なんですか?」
社内で一言も結婚や嫁に関して話してないせいか、誓いが切れ飾りとなっている指輪。指輪を見つめ、思い出そうとするも脳裏に浮かぶのは嫁の悲鳴と泣き叫ぶ声。
「住所さん?」
小春の声に無意識にスマホを取り出しアルバムを開く。そこには、数ヵ月前に撮った束縛され殴られ痣だらけの嫁と体の付き合いをしていた見知らぬ男の亡骸。
「あの……」
「ん、実は
「えっ」
唐突な発言に目を丸くし困惑する彼女に笑う。
「数ヵ月前に。俺はこう見えてバツ2でして。三十後半でヤバイですよね」
コーヒーを飲み干し、少し悲しげな顔をしてみる。すると、彼女はフォローするよう慌てて口を開く。
「そんなことないです。三十後半に見えませんよ。カジュアルスーツ似合ってますし、若々しいです」
ニコッと可愛らしい笑顔に釣られ微笑む。
「ありがと。まぁ、別れてよかったと思うよ。今は別の男と
彼女の笑顔が俺は嫌いだ。いや、彼女に限らず喜びや幸せが。撮るなら恐怖に満ちた顔、もしく悲しみ満ちた顔が良い。「離婚」と告げたとき一瞬浮かんだ戸惑い。あれは何かと俺好みだった。
――いつか彼女を撮りたい、な。
小春との小話を終え、デスクに戻ると同僚の
「名前で呼んでって言わなかったっけ? 住所じゃ、名字か住所か分からないんで」
黒縁のPCスマホ対応の度なしのスクエア眼鏡をかけ、クイッと持ち上げる。大体、上川が来ると締め切り。もしくは、写真。俺が雑誌や新聞と幅広く活動していることから情報提供や画像求めにやって来る輩がいる。彼はその中の一人。
「お願い。至急、写真撮ってほしい」
手を合わせ、必死に頭を下げる。そんな彼の姿を見るのが好きでしばらく無言で睨んでいると土下座。
「マジ。マジでヤバイから」
絶望か。必死すぎて笑いたくなるが、段々と見飽きかわいそうに見え、引き出しにしまっていた記事や雑誌用のUSBを取り差し出す。
「ま、マジ!? あんがとー朔也」
手を伸ばされるが受け取られる前にヒョイと自分に向け、わざとスカし、ひらりとかわす。
「このお礼は」
――お礼。いわゆる手間賃だ。
このUSBは仕事用。暇な時に適当に手抜きを感じさせない程度に撮ってある。こういう輩がいるからこそ小さくていいから『代』を貰いたい。
「使えたければ『代』を払え」
「これは裏取引か!!」
突っ込まれ、通り掛かった編集長にやり取りを見られては「さっきの採用。さっさと書き上げてSNSにでも投稿しろ。映えのある写真を頼むよ」と注文され苛立つ。眼鏡を外し同僚を睨むと目で編集長をさす。
「あーお前、編集長嫌いなんだっけ? そりゃあ、毎度文句言われちゃなるか」
スッとUSBを引き抜かれ、返せと手を伸ばすが胸ポケットにしまわれる。
「で、何見せたんだよ」
興味ありげに言われ、写真をは編集長に渡したまま返ってこない。仕方なくパソコンを開き「猫の死体」と見せる。小さな声で言ったつもりが、大きかったか。俺の言葉にオフィスが静まり「また死体」「演技悪い」「不吉」と声が聞こえるが気にしない。
写真を見て上川は興味深そうに俺の肩に手を置く。少し前屈みになり、まじまじと見つめた。
「ふーん。かなりヤられてるな。で、この写真で何書こうとしたんだ?」
「
「キターッよく分からんヤツ」
「野良猫にしては裕福で毛並みが綺麗。あれは家猫。飼いきれなくなって捨てたんだろ。『たま』あったから
「たま」と笑われ、肩を叩かれた瞬間――クリックし何も言わず人身事故の生々しい写真を見せる。
「うぉーっとそれ、本命? お前って撮るの上手いよな、そういうのセンスあるんじゃないの。違う意味で」
「どうだが、これだから嫌われる」
パソコンを閉じ、USBを引き抜く。
「えーおしまい? もっと見せてよ」
「また今度」
手で払い、周囲の冷たい視線に貼り付けていた写真を外した。
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