講評?
あれから一週間、亜衣さんとの奇妙な共同生活はついに終わりを迎えた。
仕事から帰ってきてシズさんはすぐさま正座して俺と向かい合った。今までにないほど真剣な表情だ。
一週間で亜衣さんはみるみる成長していった。シズさんの、女性特有の悩みにも答えてくれていたみたいで、俺の負担はかなり減っていたし、何よりも亜衣さんと一緒に住むのは楽しくもあった。
「……先輩。私、頑張ってここまで来ました! どうか、一緒に住ませてください!」
亜衣さんが真摯に頭を下げてくる。俺は首をかしげながら、シズさんの方に目を向けた。シズさんは口を堅く閉ざしていたが、その目は俺に訴えかけていた。
「……確かに亜衣さんが一緒に居ると、色々と負担は少なくなるし、楽しい……」
そこまで口にすると、亜衣さんは水を得た魚のように元気に目を輝かせた。
「でも」
そう口にすると、まるで熟練ダイバーを前にしたウツボのように、からの中に閉じこもった。
「やっぱりこういうのはよくないと思います。付き合っているのならまだしも、ちょっと不誠実だなって思う……」
「だ、だったらいっそのこと付き合っちゃいましょう!」
「え……」
亜衣さんは眉間にしわを寄せて、体を前かがみにして、勢いよく言い放った。俺はその勢いと言葉に呆気に取られて呆けてしまう。
そんな呆けた俺に、小さく揺れる瞳を向けて訴えかけてくる。
「……亜衣さんは、俺のことが好きなんですか?」
ここまで来て流石に気づかない俺ではない。正面から交際を申し込んできたのだ、ちゃんとそこらへんははっきりさせないといけない。
亜衣さんの顔は紅潮していく。口の中に空気がたまってリスみたいになっていき、そして一気に吐き出しながら言った。
「っぷはい」
何とも素っ頓狂な返事だった。場の空気にまるであわないその返事は、シズさんの何かに引火して、「あ!」と、一言漏れ出した。
「……」
車の通る音がして、奇妙で気まずい空間に拍車をかける。しばらくそんな空気が過ぎて、俺はやっとの思いでその沈黙を破った。
「ごめんなさい」
「…………」
「亜衣さんはすげえいい人だと思います。思うんですけど……」
「はい」
そう。亜衣さんはすごくいい人だ。仕事も一生懸命で、ちょっと空回りすることもあるけれど、そこが可愛い。だが、亜衣さんにはかなり大きな欠点がある。それは―――。
「……ちょっと流石に『好き』が重すぎると言いますか……。結局最後まで俺の下着のにおいを嗅いでたり……。亜衣さんのことは人として好きなんですけど……。俺にはそのぐらいの愛情を持ち合わせることはできない……です」
「…………」
そう。亜衣さんの最大の欠点は、俺に向ける愛情が重い、あるいは歪んでいる。少なくとも俺にはそう映ってしまった。
亜衣さんはしばらくうつむいて、震えた声でつぶやいた。
「……しょうがないじゃないですか」
「え?」
「好きの伝え方なんてわからないんですもん! 父さんも母さんも、私には最後まで興味持ってくれなかった! 人を好きになったこともないし……」
「でも、下着のにおいとかは……」
「わ、私のストーカーは私の下着のにおいを嗅いでました」
それは……。愛情表現なんかじゃ……。
……でもそうか。なるほど。亜衣さんは愛情に飢えていたんだ。多分。配信も、お金を稼ぐ以外に愛情が欲しかったから始めたのではないだろうか。
これは完全な推察だ。でも、その可能性は大いにあると思う。
「……でも、亜衣さんはどうして俺のことが好きなんですか?」
「……私がまだ、会社に入ってすぐの時から、先輩は私のことをまっすぐ見てくれて、期待してくれて、怒ってくれて……。頭をなでてくれたんです。私はその時、初めて私の胸は幸せでいっぱいになったんです」
ぽたぽたと、亜衣さんの目から涙がこぼれていく。
俺の中で罪悪感と後悔が積もっていく。でも、ここでやっぱりなんていうのも、残酷なことだと思った。
「……すいません。帰ります」
俺はそういって帰り支度をする亜衣さんに何もできずに俺はただ誰もいなくなった場所を眺めていた。
「……ヒロシ」
シズさんが探るように俺に声をかけた。俺はその声で何とか我に返り、シズさんの言葉に耳を傾けた。
「なんですか?」
「……わ、私も、亜衣のいった事は分かるというか……。私も、その……。ヒロシが色々してくれることに違和感とか感じたり、でもすごく嬉しかったり……。でも、どうすればいいか分からなくて」
シズさんはたどたどしい言葉で、必死に説明していた。痛々しいほどに感情的で、胸が苦しかった。
「……どうすればいい?」
涙が出そうになるのを我慢しながら、俺はシズさんに縋り付いた。
「……私に聞くな」
シズさんもどうすればいいのか分からずに顔を伏せるだけしかできなかった。
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