こいつやべぇ……

「貴様も私と同じなのか?」

「……は?」


 この人は何を言ってるんだろうか? 〝同じ〟?


 嫌味? 嫌味なの? あーそうですか、私は所詮、あなたほど先輩にとって特別でも何でもないですよ……。


 そ、それともこの人も先輩のことが好き? でも確かに、わざわざ自分の身を挺して私の前に立ちはだかり、接近を拒んだ……。そう思うと、このシズって人は先輩のことが好きって方が、辻褄があう⁉


 そ、それに、この真剣な表情は嫌味とかそういうものじゃない。たくさん見てきたからわかる。これはいたって真剣な人だ。


 で、でもそれを本人の前で……。やだ照れちゃう……。


「わ、私は……」

「……すぐさま否定しないところ見ると、どうやら本当らしいな……。いったい何が目的だ!」

「も、目的なんてそんな……」


 嘘です。本当は酔わせて既成事実を作ろうとしてましたすいません。


「し、シズさん……。大丈夫ですよ。亜衣さんは危険な人なんかじゃないし、それにシズさんなら大丈夫でしょう?」

「そ、それは……」


 し、シズさんなら大丈夫? それっていったいどういうことなんだ?


 やっぱり先輩にとってその人は特別なんですね……。


 しかし、ヒロシにとってはそういう意図はなく……。


「ひ、ヒロシ、なぜ私が大丈夫だと思うのだ?」

「いや、だって車で思いっきり轢いてしまっても無傷だったし……」

「そ、そうだが、アイが異世界から来たもので手練れだったらどうする?」

「いや、亜衣さんはかなり前からいるし、大丈夫ですよ」

「…………むぅ」


 二人は何やらひそひそと話し合っている。私の心の中のドロッとしたものが、一気に膨張した。


 先輩はいつも私の隣にいて、それで私をよく見てくれて……。生きる意味を見失っていた私に、唯一生きる意味を与えてくれたんだ。失いたくない。奪われたくない。


 ずんずん、音を立てて私の中のおもい風船が膨らんで、この目に映る景色が、鋭利な針になってその風船を執拗につついてくる。


「……一回落ち着いて話しましょう。そのためにも連れてきたんですから」

「そ、そうか……」

「亜衣さん。一緒に話しましょう。時間も時間なのでそんなに話せないですけど」

「わかり……ました」


 私はシズさんに警戒の目を向けながらも、大人しく先輩の言うことに従った。


「シズさん。本当のことを言ってほしいんですよ。別に言いふらしたりしないですから……。ただ、場合によってはこれから飲みとかの頻度減らさなきゃいけないし、聞いておきたいんですよ……」

「か、彼氏は本当にいないんです!」

「じゃあ、あのマグカップは何ですか⁉」


 先輩がびしっと指をさした先には、私が毎日のように先輩との同棲生活の妄想をたぎらせている愛用マグカップが!


「あ、ああぁ、ああれはその、予備です!」

「お、おぉ……、確かにそうか……」 

「な、なぜハートの模様が入ってるものにしたんだ⁉」


 今度はシズさんが追撃を与えてくる。確かにその通りだ。


「か、可愛いからですよ!」

「…………そ、そうか」


 ちょろい。この二人、すごくちょろい。


 二人はかしこまったように姿勢を正して、おちょぼ口になってしまう。どんな感情なのだろうか……?


「でも、配信に関しては本当ですよね?」


 あぁ、どうして先輩は私の妄想話のところを見てしまったんだ……。せめてゲーム実況とかだったら、私は素直に答えることができたのに……。


「彼氏って言うのは聞き間違いだったかな?」


 救いの手が現れたと一瞬は思ったが、そんなのすぐばれてしまうし……。あ、そうだ! いいこと思いついた!


「すいません先輩。私嘘ついてました……」

「え⁉」

「確かに私は配信をしてます。あと、彼氏の話題も出しました」

「え……、じゃあやっぱり……」

「ですが!」


 そうだ。そうだよ。簡単な話じゃないか! 防犯上とか、炎上防止とか、そんな感じで言ってしまえばいいじゃないか!


「本当に彼氏がいるとかではなく、彼氏がいるって言った方が都合がいいんです!」

「…………はい?」


 私の言い分に難色を示したのはシズさんの方だった。


「ほ、ほら、最近は色々やばい人がいるじゃないですか」

「ガチ恋とかいうやつですね」

「ま、まぁ、ガチ恋自体はそこまでやばくないんですけど、その一部の人がね……」

「なんだガチコイとは。勝ちこみのことか?」


 なんだこの人。相当な箱入りか? いや、ねったに触れてない人も別にいないわけじゃないか。ガチ恋もネットスラングだし。


「まぁ、簡単に言うと、画面の向こうにいる人に好意を抱いてしまう人ですね」

「……なぜそんなに簡単に人を信用できるんだ。直接触れ合ったわけでもないのだろう?」

「そ、そうですね……」

「声を聴いて、そこにいるのを見るだけで、どうして恋に落ちるのだ」


 いやまぁ、その通りだけど……。


 シズさんの素朴な疑問には誰も答えられぬままシズさんは私たちの顔を交互に、純粋な目で見つめてきた。


「でも納得しましたよ。確かに危ないですもんね。これからも頑張ってください。応援します」

「…………はい!」


 先輩が応援してくれるなんて! そんな最高なことがあっていいんですか⁉


「あ、でも配信は見ないでください」

「えぇ……」

「は、恥ずかしいので……!」

「まぁ、そうですね。それじゃ、お邪魔しました」


 ま、まずい! 難局を乗り越えた安堵で、本題の既成事実作成作戦がおざなりになりそうだ!


「あ、せ、折角だしちょっと飲んでいきませんか?」

「明日仕事だし……」

「まぁいいじゃないですか! 少しぐらい!」

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