亜衣さんの秘密
結局、シズさんと仲良くなることはできなかった。そして、もう一つ問題が発生した。
それは先日の話だ。あーいう動画って、本人が隠していたしあまり見るべきではないだろう。だから俺は、できる限り見ないように気を付けていた。
しかし、後輩が配信者だと知ってしまうと、どうにも気になってしまうもので……。それに、女性の配信者ってちょっとみだらな配信をする人も存在する。もしそうなら、先輩としてちゃんと止めるべきだと思ったのだ。
まぁ、単純にどんなことを話しているのかとか、俺の愚痴を言ってないだろうかとか、そういうのが知りたくて見ちゃったんだけど。
問題はここからだ。亜衣さんの配信を見ていると、たびたびとあるワードが出されていたのが分かった。
それは『彼氏』だった。
亜衣さんは何度も彼氏のちょっとした愚痴? のろけ? のようなものを言っていた。
別に亜衣さんに彼氏がいることはいい。というか、いないほうがおかしいのだ。ただ、彼氏がいるのに昨日俺にあんなことをしたのは、流石にやばい。ここらではっきりさせておいた方がいい。
これ以上後輩に妙な疑いを向けるべきではない。こういうのははっきりさせておくべきだ。
休み時間。昨日のことなどまるでなかったかのように、普通に話しかけてくる。
「先輩、今日弁当ですか?」
「いや……」
「今日ちょっと外で一緒に食べませんか?」
「あ、あぁ……」
これはちょうどいい。色々聞いてみるか……。
俺と亜衣さんは共に近場のラーメン屋に入った。本当に、勤務時間とか、パワハラとか抜いたらそこそこ普通なんだよな、この会社……。
「いっただきまーす!」
亜衣さんがいつもの五割り増し元気に昼食を楽しむ。ラーメンは亜衣さんの好物だ。
亜衣さんが食べ始めて、俺も数口ラーメンを喰らうと、俺はタイミングを見計るでもなく唐突に、
「あの……」と、控えめに言う。
別に緊張しなくてもいいのかもしれない。だけど、なぜか見てはいけないものを見てしまった感じがして、申し訳なく感じてしまう。
「なんですか?」
俺の遠慮した様子に気づいた亜衣さんが、眉をひそめて聞いてくる。
「亜衣さんって、彼氏いるんですか?」
「え、い、居ませんけど……」
亜衣さんは視線をあちらこちらに泳がせながら、言葉に詰まりながら否定してくる。
「……じゃあ、これは何ですか?」
俺は携帯の画面を亜衣さんに向ける。映っていたのは、酔っているのか気が抜けているのか、ろれつがあいまいになった亜衣さんだった。
「今日ぅ、彼氏がさ~、私のこと励ましてくれてさぁ~、えへへ~……」
ここまで見た後、亜衣さんは俺の手首をつかんで、携帯を机の上に伏せさせた。
「これ、亜衣さんですよね? いや、もちろんいいんですよ? 彼氏がいること自体は……。ただだとしたら昨日のはまずいですよ」
「い、いや別にこれはその……、わ、私、居ないんですけど……、あの……、こ、これは! えぇっと……」
明らかに様子がおかしい。顔が真っ赤だし、尋常じゃない焦りだ。いやまぁ、俺も自分の配信チャンネルを同僚に見られたら恥ずかしくて死ねるけど……。それでもまぁ、実際は笑ってごまかす程度だと思う。
だけどこの焦り方はちょっと尋常じゃない。汗も玉のようなものが肌を伝っているし、動作でさえぎこちない。
「……すいません、シズさんがなぜか見つけてしまって……」
「っく! またあの人……。私から先輩を奪うだけじゃ飽き足らず……」
亜衣さんがぼそぼそとぼやく。
「すいません……」
「せ、先輩は悪くないですよ! と、というか、それ私じゃないですしねぇ~! あはは……」
「……そうですか。あ、話は変わるんですけど、今日亜衣さんの家行っていいですか?」
「全然変わってないですよね? 絶対私の言ってることが本当か確かめに来るつもりですよね?」
「ダメか? あれだったら、晩飯作ってあげようと思ってたんだが」
「い、一緒に買い物とかも⁉」
亜衣さんが食い入るように聞いてくる。
「ま、まぁ、晩飯に必要ですからね……」
「是非来てください!」
「あ、でもシズさんも呼びますね。流石にほっておくのは危ないので」
それに、男一人で彼氏持ちの女性の家に行くのは流石にどうかと思うし、何かあってもシズさんが対処してくれそうだし。
「………………」
途端に静かになる亜衣さん。亜衣さんの周囲から謎の波動のようなものが広がっているように感じた。
「な、なのでとりあえず俺の家に寄ってからって感じでいいですか? 結構遅くなってしまいそうだけど」
「遅くなるのは別にいいですけど、なんでシズさんを……」
「いやだって……ねぇ?」
「……分かりましたよ! シズさんも来るんですね!」
「そんなに嫌いですか? シズさんのこと……」
「先輩はどうなんですか? そんなに気にかけちゃって、好きなんですか?」
そう聞かれて俺は少しだけ考えてしまう。もちろん、恋愛感情はないが、愛着はそれなりに湧いてきているのは事実だ。
「むー……」
少しだけ悩んだ俺を、にらみつける亜衣さんだった。
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