副業
「これ、完全に亜衣さんだ……」
「言っただろう? でも、どうやってこんな箱に? というか、ヒロシ貴様まさか⁉」
シズさんが何か確信に至ったのか、目を見開いて俺の方を凝視する。
「な、なんですか?」
なんとなく読めた。だが、念のために聞いておこう。妙な誤解を抱いたままだと、もしかしたら俺が恥をかいたり、あるいは大きな事件になりかねない。だから、念のために聞いておくことにした。
しかし、答えはやはり俺の想像していたものと同じだった。
「あのアイとか言う女を監禁したのか⁉ 何という卑劣な男! 今すぐ私が成敗してやる!」
「ちょちょちょ! やっぱりそうでしたか! 違いますからね⁉ これは動画って言って、いや配信か? まぁどっちでもよくて……」
「ええい! やかましい! とりあえず殺されろ!」
「話を聞いてくださいよ!」
シズさんが興奮して顔を赤くしてこちらにとびかかってくる。しかし、その勢いは一瞬のもので、徐々に姿勢が低くなってそしてついに床に倒れこんだ。
「っく! 貴様いったい何を⁉」ぐ~……。
「…………」
「答えろ! こ、こんなこと……!」ぐぅ~~~……
「…………答えはもう出てますよ」
「な、なん……だと?」ぐ、ぐぎゅるぅ~!
…………体は嫌なほどに正直なのに、シズさんだけが恥ずかしいのか事実を受け入れられない様子だった。
「はぁ~~……。なんかもう疲れた。シズさん。とりあえずこれは動画って言って、事前に録画してあるんだ。それが映ってるだけで……」
疲れたせいで、雑な説明を雑に投げ捨てるように終わらせたが、シズさんは何も理解できてないようで、間の抜けた顔を覗かせていた。
「晩御飯、食べますよ」
「やったー!」
さっきまで俺に怒りを向けていたのは何だったんだ? まさか今の一瞬で忘れたわけじゃないだろうな……。
なんか段々シズさんの全容が明らかになってくる。それとともに、もしかしたらもともと騎士だったとかっていうのは本当にシズさんの妄言なのではないかと思えてくる。
まぁでも、別にどうでもいいかそんなこと……。
俺は台所と向き合い、背後でうきうきと晩飯のできるのを待ち望むシズさんをちらりと見た。
ぬぐい切れない違和感を感じるとともに、笑みがこぼれた。
しかし再び前を向くと、ちょうど窓ガラスが目の前にあって、その向こうで光る何かを見た時、ふと頭の中に浮かんだ考えはこんなものだった。
――もしかしたら、亜衣さんは最初から先刻みたいに不気味だったかもしれない。
俺の暗鬱とした日常に、キラキラと輝く彼女は、元から俺にとって異様で不気味で、不思議だったのではないか?
押し倒された時に浮かんだ疑念を再び思考がなぞる。どうして俺はあんな疑念を亜衣さんに向けたのか、その理由は、この不気味が俺の中にこびりついていたからではないか?
なら、シズさんの俺に対する疑念も、この不気味とか、そう言った未知からくる恐怖なのではないか? ともすれば――。
料理が出来上がると、先ほどまでワクワクと体を揺さぶっていたシズさんは静かに目を閉じて整った顔を、思う存分見せびらかす。別にそんな意図はないんだろうけど、俺にはその様子が、黄金比の仕掛けられた絵画にさえ見えてしまった。
卓上に料理を並べた。静かに座って、頬杖を突いた。シズさんが料理を一掬い口に運ぶ。
「…………実は俺、小学五年のころ学校から帰った後、トイレの前で漏らした」
「ぶぅぅぅー!!」
突然の俺の告白に、驚いてしまったシズさんが、口の中に入れた食べ物を吹き出してしまう。
「な、何を急に⁉ 食事中だぞ!!」
「あ、いや……。まぁ、そうなんだけど……」
確かにシズさんの言うとおりだ。完全にタイミングを間違えた。
「貴様何が目的だ!」
「いや……、シズさんに俺のことを知ってほしいなと……」
「なんだそれは……」
「いやほら、シズさん俺のことやけに疑うじゃないですか。外見が復讐相手にそっくりなら、もっと内面を分かってもらって、その疑心がなくならないかなと……」
「それとお前のそのおもらしの話、何か関係があるのか?」
俺はにやりと笑みを浮かべた。
「知ってますかシズさん。人は互いの失敗談を話すと、親密になりやすくなるんですよ」
「…………ほう。それは興味深い」
「でしょう。俺はこれで数々の後輩たちと仲良くなったんだ!」
「だが、私には必要はないぞ?」
「ん? なんでですか?」
「お前の一番の失敗、私を轢いてしまったことを知っているからだ!」
言われてみれば確かにそうだ。そうなんだけど……。でも、轢いた本人と轢かれた人という関係上、その失敗を知られていると、親密になるどころかむしろ険悪になっていく気がするんだけど……。
それに……。
「なんか、失敗した気がしないんですよね……」
「む? どういうことだ?」
「いや、俺にもわからないんですけど……。なんというか、あの事故があって、シズさんと出会えたのは、結果的によかったというか……。なんかそんな感じがするんですよ」
「…………」
シズさんはしばらく固まってしまい、微かに頬を赤らめているのが分かった。
「シズさん?」
「な、なんでもない! 今日のご飯もおいしいな! うん!」
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