第2話 社畜の宏
やってしまった……。社会人としてやってきてはや五年。俺は人を轢いてしまった……。
でも不思議なことに、轢かれた本人はケロッとしていて、不気味なぐらいだった。
しかも、話し合いをしようとした側から雨が降り出すし……。ついでに携帯は飛ばされるし……。
自分が轢いておいてって感じだけど、ついてないな……。
どうやら俺の轢いた女性は家が近くになく、携帯も飛ばされ故障して警察も呼べずに、とりあえず二人で話し合うことにした。
「……あの、無理かもしれないですけど、そんなに睨まないでいただけますか? まともに話せないので……」
まぁ、無理なのは分かっている。それに、それぐらい見逃せよ加害者! というのもよくわかる。
でも、この人なんかやばいんだ。何がやばいって、その気迫もそうなんだけど、マジで『殺る』感じがむんむん伝わってくるからだ。常人とは違う、相応の覚悟が伝わってくる。
そして何より、自分はそういう世界に触れてきたわけではないが、妙にこなれた感じがある。さっき俺のスマホを飛ばした時の手際というか、攻撃の速さって言うの? が、速かった。目にもとまらぬ速さを地で言った感じだ。
「随分みすぼらしい家だな」
「う……」
「なぜいくつもの出入り口があるのだ? 気味の悪い趣味だな」
「あ、いやこれは……」
俺はアパートの一室の扉を開いて見せた。
「これが俺の家です」
「……は?」
正直何に驚いているのかがわからない。今時一軒家なんてそれなりに富裕な奴し手にできないし、アパート暮らしなんて普通だろう……。
この人、こんなぼろぼろの恰好なのにそれなりにいい家の人なんだろうか?
確かに、その振る舞いはまるで異世界……と言ってもアニメとかで言うものではなく、金持ちの世界的なね。
「……やはり何かおかしい」
「な、何がですか?」
「ふむ……、貴様の名前はバルザックであっているか?」
「なんですかその名前……。俺、日本人なんですけど……」
「に、ニホンジンってなんだ? というか、バルザックでないのなら名はなんという」
「田中宏です……」
俺が名前を教えると、女性は目を丸くしてゆっくり体を傾ける。
確かに、よく見てみると目は日本人の色ではないし、顔つきも日本人のそれとは何か違う。というか、冷静にめちゃくちゃ美人だな……。髪も絹のような真っ白な髪だし、肌も透き通るようで……。いや、それどころじゃない。
でもなぁ、奇妙なのは言語だよな……。名前を聞いた時の反応とか、日本知らない感じとかから、日本になじみはなさそうなのに、日本語は流ちょうだ……。
「あなたは、名前をなんていうんですか?」
「……シズ」
「シズさんか……。海外の方……ですよね?」
「カイガイ? とは」
「……まぁ、海の外、つまり別の国ってことです」
「まぁおそらくは。建物も見たことは無いし、そもそも私にぶつかったあの奇妙な魔獣も見たことは無い」
いたって真剣だ。嘘をついてるようにも見えない……。
でもどうしようか……。国になじみがないだけならもう少し円滑に話が進められるのだが、そもそも常識が備わってないようにも思える……。
相当な箱入り? いや、だとすれば車の存在など子供の時から知っていそうなものだが……。そういう人は車で学校とか登校しそうだし。
「ま、まぁとりあえず……」
俺は女性に座布団に座るよう促し、座ったことを確認するとすかさず頭を下げた。
「大変申し訳ありません!」
「……は?」
「仕事で疲れていたとはいえ、私の不注意が招いた事故。こんなことを言うのは虫がいいと思いますが。ですが、どうか! どうか……! 示談で済ませてくれませんか? いくらでも払います!」
俺にできることはとりあえず交渉だ。相手が分からないことはその都度伝えていけばいい。
「……そんなに簡単に頭を下げて、プライドはないのか? 貴様……」
「……ない、と言えばうそになります。けど、捨てるべきプライドとそうでないプライドはあります。……憶測だけど、あなたは俺が言った事あんまり分かってないですよね?」
「……まぁ」
「…………俺も正直どうすればいいか、はっきりとはわかっていません。ただ、自分の過失を、都合のいいものを利用してはぐらかそうとしてしまう……、そんな責任のプライドは捨てたくないんです。その意志だけはあなたに伝えておきたいんです」
そういうとシズさんは目を見開いて、固まってしまう。
まぁ、そんな奴が示談で済まそうとするなって言うのは重々分かっているつもりだけど……。でも、俺だって人間だ。それに、会社を首になってしまうと払えるものも払えない……。
「……それで、その……。一から教えるので、私に責任を取らせてはくれないでしょうか?」
最初からこう言っておけば分かりやすかったか……。まぁいいや。
シズさんはハッとため息を吐いて、「分かりました」と言ってくれた。
「ありがとうございます! それでは簡単に説明しますね」
「……」
俺は自分が何をしたのか、何の相談をしようとしているのか、事細かに説明した。奇妙な話だ。しかし、何とか話を進められそうだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます