子供達の話
三郎
愛華と友人の話
可哀想な女の子
小学三年生の夏頃、転校生がやってきた。
「小桜さんはね、ちょっと訳ありだから」
担任はそう言って、彼女を贔屓した。クラスメイト達は反発していたが、ある日、その訳に関する噂が広まった。一人のクラスメイトが担任から聞き出し、それを勝手に広めてしまったのだ。
「聞いた? 小桜さんのわけってやつ」
「聞いた。親に捨てられたんでしょ? かわいそうだよね」
愛華は親から虐待を受け、施設に引き取られてそこから
生徒に話してしまった担任も、広めた生徒も恐らく悪気はなかったのだと、今では思う。しかし、結果的に彼女は学校中から哀れみの目を向けられて苦しんでいた。今思えばボクが彼女に手を差し伸べたきっかけも本当は哀れみだったのかもしれない。だけど、彼女と仲良くなりたかったというのも嘘ではなかった。
「
「うん。
「……行こうかな。わたしもちょっと、あの子放っておけないから」
幼馴染の翼は小学校に入ってすぐに母親を亡くしていた。哀れみの目を向けられる彼女に同情していたのだろう。
「小桜さん、見つけた」
愛華は休み時間になるといつも体育館の裏で一人で座り込んでいた。
「教室、今なら誰もいないよ。もどる?」
「……ううん。いい」
「そっか。じゃあボクもここにいる」
「私も」
最初はほとんど何も話してくれなかった。だけど、毎日通ううちに少しずつ心を開いて話をしてくれるようになっていった。
「……二人とも、なんでわたしなんかとなかよくなりたいの?」
「理由がないと友だちになれないの?」
「……わかんない。友だち、いたことない」
「しせつの子たちは?」
聞いてから、施設のことは触れない方が良かったと思い謝ろうとすると、彼女は「あの子たちは家ぞくみたいなものだから友だちとは少しちがう気がする」と答えた。
「あ、あぁ……そうなんだ……」
「うん。……べつに、聞いてもいいよ。しせつのこと。……みんなは本当の親に捨てられてかわいそうっていうけど、わたしは血がつながってるお父さんといたころより、しせつにいたころの方が幸せだったから。お父さんのことは聞かれたくないけど、しせつのことは聞いていいよ」
彼女はそう、ボクらとは目を合わせないまま言う。目は合わなかったが、少しずつ心を開いってくれているのは伝わってきた。
「……そうなんだ。いい場所だったんだ」
「……うん。いいところだった」
「もどりたい?」
「ううん」
「そっか。いい家に引き取られたんだ」
ボクがそう言うと、彼女は驚いたような顔をして、初めてボクの方を見た。不味いことを言ってしまったかと思い、謝ろうとすると彼女は「ありがとう」とお礼を言った。その時、彼女は初めて笑ってくれた。今思えば、ボクの恋はこの時から始まっていたのかもしれない。
「ねえ、お母さんたちってどんな人?」
翼が問う。すると彼女は「理想の大人って感じ」と答えた。「会ってみたい」と翼が続けると、彼女は目を丸くした。
「小桜さん家、行っていい? 希空といっしょに」
「えっ……と……うん。……お母さんに聞いてみるね」
「うん。聞いといて」
その週の土曜日。彼女の家に初めてお邪魔した。育ちの良さそうな上品な女性と背の高い中性的な女性が出迎えてくれた。前者が
三人は血が繋がっていないことを忘れるくらい、仲のいい普通の親子だった。
「……ねえ、小桜さん」
「なに?」
「愛華って、よんでもいい?」
「わたしも」
「……うん。いいよ。……希空ちゃん、翼ちゃん」
「よびすてでいいよ愛華」
「じゃあ……希空、翼」
「これで、今日からボクたちは友だちだね」
「……うん。ありがとう希空。本当はね、友だちになりたいって言われてうれしかった。でも、信じるのがこわかったの」
「今はもう、信じられる?」
「うん……希空も翼も、わたしのことちゃんと知ろうとしてくれたから。お母さんたちのことも。本当の親じゃないからかわいそうだって決めつけなかった。いい家に引き取られたって言ってもらえてうれしかった。ありがとう希空」
「どういたしまして。……これからも、よろしくね。愛華」
「うん」
この日から、彼女は少しずつ明るくなっていき、中学生になる頃には笑顔を絶やさない女の子になっていた。
そして色々とあり、今はボクの恋人になって一年が経つ。
「あの日、私に声をかけてくれてありがとう。希空」
「こちらこそ、友達になってくれて……そして、恋人になってくれてありがとう。……愛してる」
「私も。愛してる」
そう言って彼女はボクの頰にキスをした。彼女の唇にそれを返すと、彼女は恥ずかしそうにボクの胸に頭を埋めた。そして絞り出すように呟いた。「幸せ」と。
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