第21話
「あの祠は歴史的建造物として、もう一年も前にあの場所から移動されています。
今は、市の教育委員会に委ねられていて、活用法を図っている模様です」
「岩は?」
「祠より年代はずっと古いのですが、残念ながら廃棄物として処理されます」
「それ、引き取れないんですか?」
と私が聞くと、シガは静かに首を横に振った。
「繰り返しになりますが、アルモの記録では『破棄』となっていて、
その情報を書き換えることは・・・本ケースにおいては、
限りなく不可能に近く・・・」
ドガン!という音をたてて、重い木造りのローテーブルが移動した。
またもや、わくが蹴りあげたのだ。
「それは聞き飽きた」
シガは、小さく咳払いをした。
「整地はいつからはじまったんですか?」
私はできるだけ落ち着いた調子でシガに声をかけた。
場を平穏な空気にしたかった。
この、見かけは上場企業の部長代理といった感じで、いたって一般人ぽく整えているが、
中身はインテリ宇宙モンスターにちがいないシガと、私たちが互角に戦えるはずもない。
「記録では、二日前の朝からです。マンション計画自体は約一年前にスタートしています」
「一年前・・・」
わくは、その時期に思い当たるふしがあるのだろう。
「湧水一族としては、整地も終えて地盤工事などが始まる前に、
まだ、あの土地に代々伝わる土が生きている間に、
神社の氷水池に閉じ込められていた7人の魂を解放して、
一族にとって重要な、祭祀が執り行われていた石や祠のある、あの高台の場所に戻す必要があったのです。
湧水一族は光道一族との最後の戦いにおいて、氷水神社で5人が犠牲となり、2人が自害しました。
あの場所に、一度すべての魂が戻って勢揃いすることで、はじめて一族全員の魂が浄化され、解放される。それが呪縛を解くシナリオだったようです」
シガはロールプレイングゲームの内容を解説するかのような口調で言った。
「そこで、あなたたちの祖先は、スケジュールに間に合うように魂救済を
あなたに働きかけたのです」
「俺に?」
「そうです。多分、ミズタさんや他の、指輪の伝承者である方々にも働きかけたと思うのですが、1番強い反応が帰ってくるのがミズハラさんだったので、
あとはあなたに集中して伝達してきたはずです」
「もういい。あんたがいうとなんでもとたんに胡散臭くて胸糞悪くなる」
わくは相変わらずシガを睨みつけている。
そんな彼の対応など物ともせず、シガは後ろを向き、自分の背後から
まるで手品のように例のバッグを取り出した。
「確認しますか」とわくに手渡す。
わくがそれを受け取って中を見ると、すでに、何も入ってはいなかった。
「記録を反映すると、その状態となります。残念ながら」
無言でバッグを床に放り投げるなり、わくは男に飛びかかって殴りつけた。
ところが、顔面に打ち込んだはずのわくの拳は、シガの手の平で止まっていた。
次の瞬間、わくの体が4メートルほども吹っ飛んで、部屋の壁面に体当たりして落ちた。
シガはソファから立ち上がりもしていない。
わく!
コウタが走り寄る。
「なにするんですか! 当たってもいないパンチのお返しにしては大げさです!」
非難めいた顔で抗議する私にシガは涼しげに言った。
「無駄な争いは避けたいのでご理解ください。
着地の瞬間はソフトランディングさせたので、ミズハラさんの体に傷はつかないと思います。
多少痛みはあるかもしれませんが、5分ほどで意識も戻るはずです。
それと、これはアマカツが所持していたものですから、
こちらで回収させていただきますがよろしいですね」
と、シガがバッグを示したので私がうなずくと、直後に物体は視界から消えた。
「刀と横笛は?」
「よろしかったらお使いください」
シガはまるで、保険会社や銀行のスタッフがボールペンの粗品を手渡すときのような口調で言った。
「すでに元のものから変換させています。少し品質を変えましたし、製造年月日も新しいものですが、再現率には自信があります。いわばレプリカと思っていただければ幸いです。
記念のスーベニールアイテムとしては申し分ない仕上がりになっていると思います。
いかがでしょう?」
と微笑みながら。
私は、異次元テーマパークのグッズと化した刀と横笛を眺めて、
「素晴らしいです」とほぼ棒読みで答えつつ、シガに向かって笛からビームを発射させてみた。何も出ない。シガは当たりもしないものを首をかしげて避ける真似をしてみせ、
「戦闘能力は装備させていませんので、あしからず」
とうっすら微笑した。
「アマカツは今、どこにいるんですか?」
と、私は気になっていたことを聞いてみた。
「彼は、組織のセンターに送りました。情報を購入したことや、
情報の内容に関する記憶や資料を抹消されるはずです。
南米の一味を確保したときは、関連する人物が多すぎたので、
仮に、『緊急、優先、監視下』程度のグループ分けをして、
アマカツは最後のグループに分類されていました。
ところがあなたたちがあの遺物を発見してしまったので、
私はほかの予定をキャンセルして、急遽こちらにうかがったのです」
「それはお世話をおかけして」
「いえ、仕事ですから」
「私達たちが発見するということは記録になかったということ?
なぜでしょう?」
「ミズハラさんの先祖と彼自身のパワーが起こした四次元的現象は、
予測不可能だったということです。稀に起こることです」
「なるほど。とはいえ、実際に起ったことなのだから、事実に則って記録は書き換えられるべきではないんですか?」
「ごもっともです。有意義なご指摘をいただき感謝します。ぜひ、今後の改善にいかすべく、それは上に報告しておきます」
これはカエルのツラになんとかだわと、思った。
「ぜひ。ところで、シガさん、普段はどこにいらっしゃるんですか?」
「クラウド上にいるので、ほぼどこにもいるといっていい状態ですが、
自由時間には好きなところにいます。最近は松島湾上空が好きですね。
アーキペラゴ、多島海が好みなので。不要な情報かと思いますが」
「それなら瀬戸内海上空もおすすめですよ」
「おっしゃるとおりですね」
「ところで、アマカツは今後、この街や私たちのところに帰ってくるんでしょうか?」
「情報売買後にそれに関する行為や活動で殺人の可能性のあるクリミナル犯は、
記憶抹消を担当するディビジョンから、のちに別のディビジョンに回されるので、
その後のことは、あなたたちにお伝えすることができません。
アマカツの犯行は殺人の意図がなかったとしても第三者に危険を及ぼす可能性はあったわけで、元いた居住地や環境に戻ってくる可能性も半々といったところです。
一定の矯正措置期間の末、もう彼の犯罪的可能性がゼロの数値になったと
アルモが判断できれば、帰ってくる可能性もあります」
異次元テーマパークのあとは、異次元自己啓発セミナーを体験している気分だった。
「アマカツは、いくらで情報を買ったんですか?」
「資料では、その組織のメニューで、1情報3千万円となっていましたが、
実際には大幅に値引きしているはずです。アマカツのケースも、情報の内容が不十分でしたから。どこそこに埋蔵金があるというホラ話レベルのものでしたよ」
「アマカツはなんでそんなにお金が欲しかったんでしょう?」
「情報では確定していますが、それは個人情報になるのでお伝えできません」
無表情に答えていたシガがここでうっすらと微笑した。
「では、ほかに何もご質問がないようでしたら、私はこれで失礼します。
みなさんにお会いできて光栄でした」
と、彼はいかにもマニュアル通りという口調で言った。
「ミズハラさんにもよろしくお伝えください。もう少しお話ししたかったんですが、残念です」
「彼の気持ちも察してあげてください」
「もちろん理解しています。情報はもっていますから」
「なるほど。あ、あとひとつだけ。私たちの記憶は抹消しないんですか?」
「なぜ?あなたたちは何も、アルモの規定違反を犯していませんから」
「じゃあ、シガさんにここでお聞きしたことを、人に話しても大丈夫ですか?」
「ご自由に。ただし、ちょっとおかしい人と思われるかもしれませんよ。
第一、信じてもらえないでしょう」
「いや、私の友人たちは多分、大好物のはずです。
追加でもうひとつ。今後、私たちが、この一連のことに関して、シガさんにお聞きしたいことができたとしたら、連絡方法はありますか?」
シガは自分の手のひらを、壁際で気絶しているわくの方に向けてかざした。
次に、片方の手の甲で人差し指をスワイプさせたり、数回、軽く叩くように触れたりした。
手の甲がスマートホンの画面のようだった。
「はい。今、ミズハラさんの指に嵌っている、あなたとミズハラさんの指輪を読み取って設定しました。これで、あなたとミズハラさんの指輪が、私への通信機器になっているはずです」
「どうやって呼ぶんですか?」
「指輪に向かって、シガ!と呼びかけていただければ」
「通常、どれくらいでご対応いただけるんですか?」
「お返事は即座に差し上げます。
ただし、再度のご連絡をお願いすることもあるかもしれませんが。
私も抱えている案件が少なからずあるので。では」
笑顔で立ち上がったシガは、予想外に背の高い男だった。
今後、多島海に行くたびに、私は空中に、この男の気配を探してしまうだろう。
シガは、帰るときにはちゃんと玄関ドアから出ていった。
男を見送り、リビングに戻ると、コウタがわくを抱き起こしていた。
「痛むか? 骨とか大丈夫か?」
壁に激突したからなのか、痛みで泣いたのか、わくは鼻先が赤くなっていて、少し鼻血も出ていた。
あーあ、と思い、昨日から、ほんとにあんたはよく気を失ってるねという言葉を私は飲み込んだ。
代わりに「くやしかったね」というと、わくは、どうでもいい、あんなもの、と言った。
悔し紛れの負け惜しみにしか聞こえなかったけれど。
「ただ、人のものを平然と取り上げて、当然のように持っていこうとしやがるやつらが許せないだけだ。絶対、許せない」
「もう、忘れろ」
コウタが静かに言った。
多分それは今回のことに加えて、わくが抱えている過去の遺恨も含んでいるのだろう。
「おまえはちゃんとやり遂げたよ。
あんなもの、今ここにあってもなくても、おまえがやり遂げたことに変わりはない」
お、コウタ、珍しくイケメンぽいこと言うじゃないか、という言葉も、もちろん飲み込んだ。
「しかも、あんな化け物みてえなヤツに、よく殴りかかっていけるよな。
おまえ、昔からそうだったけど。到底勝ち目のないヤツに殴りかかる。
それってお前の精神安定剤みたいなもんなんか?
いっぺんボコらんねーと鎮まらねーのか?、ミズハラくんの魂は。
もういい加減、そのヘキ、なんとかしろよ。つきあいきれねーし」
「誰がつきあえと言った」
赤鼻のわくはヨロヨロと立ち上がろうとし、
手を貸そうとするコウタの手をふりはらってソファにひっくり返った。
同じように、私もコウタもソファに倒れ込んだ。もう起き上がる気力もなかった。
SS-1号が、コウタの足元に移動してくるのを確認してから、私は目を閉じたけれど、
わくが、寝転がったまま指輪に向かって「シガ!」と言ったので驚いて彼を見た。
「はい」
「くそったれ!いつか殺す!」
わくが低い声で呪いの言葉を吐くと、シガが
「おやすみなさい」
と普通に返したので、コウタと私は吹き出した。仲良しか!
「マジむかつく、あのクソ野郎、なんならアマカツよりムカつく」
わくはシガの予想通り、5分後には意識を取り戻して、
指輪の通信方法など一連のことを聞いていたのだろう。
「くりこさんもあんなのとヘラヘラしゃべってんじゃねーよ。
なんだよ瀬戸内海上空って、ふざけんな」
とすら、あっちを向いて横になったままつぶやいたので、とばっちりにもほどがあると思いながらも、つい笑ってしまった。
クールそうな外見に比して、芯が火照っていて、なおかつ根に持つタイプだということは、
この数日のつきあいでわかっていたけれど。よほど悔しかったのだろう。
「あんなイカ野郎が」
「イカ?」
「人類に化けてたって、一皮剥いたらイカみてーなくせに、、、」
どうやらわくは、タコのようなイカのような古典的な宇宙人を思い浮かべているのだとやっと理解した。
「おもしれーじゃん、シガ。超ペテン師かもしんねーけど。
指輪、今度俺にも貸してよ」
とコウタがいう。
「何すんだよ」
「シガ、いつか殺すけど、電気消して、音かけて」
とコウタがわくの口調を真似て、からかった。
「黙れよ、アレクサじゃねーし」
半分、眠っているような声だ。
「アレシガ・・・」
すでに寝落ちしつつコウタもつぶやく。
それを聞きながら、私も一気に眠りに引き込まれていった。
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