第20話

その21


「そんなに睨まないでください。とにかく私はあなたたちの敵ではないし、

危害を加えるつもりも毛頭ありません。

ですから」

とシガと名乗る男は私に向かって、

「よろしければ、ミズタさんもこちらにいらっしゃいませんか?」

と言った。

 わくは、

「あんたの指図は受けないっていったはずだ。

それに、俺はまだあんたを信用してない」

と言い、私の方を振り返ることなく、男を見据えたまま「そこにいて」と言った。

わくからのノールックパスを受け取り、私は致し方なくその場に留まった。

立っているのも疲れるので椅子には座ったけれど。

「俺はさっきから聞いてる。質問に答えろ! 目的はなんなんだ?

アマカツはあんたの一味か? バッグの中身をどうする気だ?」

「ひとつずつお答えしますが、まず、結論から先に申し上げますと、

私がここに来たメインの目的は、アマカツとバッグの中身の回収です。

それにともない、あなたたちに状況をご説明し、ご理解いただくためにおうかがいしました」

「アマカツは・・・あんたの手先だったのか?」

「いえ、そうではありません。

彼は、私たちの組織とはなんの関係もありません。

ああ、その、私たちの業務や任務という意味において、ですね。

そもそも、私たちの組織は、宇宙のすべての記憶と記録が

保管されている媒体の保守・点検・保全のために存在しています。

いわば、大いなる意思の代行であり、情報という財産を守る保安警備組織であり、

また、運営を任された機関でもあります。

すべての情報は宇宙空間にあり、クラウド上で管理されていますが、

通常は管理する我々の組織の、しかも限られたスタッフしか、

その記録にはアクセスできないシステムになっています」

「待った、その話し長い? 全部聞いたら何時間かかる?

あんたの営業トークにつきあってるヒマはねんだよ」

「一応、質疑応答含め、最短で15分の予定です。それに営業ではありません、

ミズハラさんのご質問にお答え・・・」

「2分で説明しろ」

 わくは、作動しないといわれた刀の切っ先をシガの鼻先に突きつけた。

「・・・努力します。

先程の続きですが、そのシステムのセキュリティは万全で、

デジタル上ではいかなるハッキングも不可能です。

その記録から情報を得るには、然るべく手続きを踏む必要があります」

シガの口調はさっきより若干倍速がかかっているようにも思えた。

「通常は、その手続きですら、国単位の防衛省や国防省レベルの機関しか、

行う手段がありません。

ところが世界には、そうした記録に交信する能力を持つ人がいるので、

彼らは自由にアカシック・レコードにアクセスしてきます」

 チャネラーだ、と私は思った。全宇宙の記録の保管場所に、いわば概念ともいえるその場所に、意識を集中して到達し、入ることができる異能の人々がいる、ということは以前から友人に聞かされていたし、もう少しでそういう人に会うチャンスも実際あった。でもここに来て、アカシック・レコードの存在を、こんなスーツのキザで怪しげな男に説かれるとは思わなかった。彼は、貸し金庫やレンタル倉庫の使い方や安全性を説明する、有能なのかマニュアルをマスターしただけの凡庸なビジネスマンなのかまだよくわからない口調で話し続けた。

「その結果、当然情報が引き出されます。

善意の人がほとんどですが、たまには悪意のある人物がアクセスしてきます。

目的は貴重な情報の売買です。歴史上の機密事項などのね」

 わくは肩で大きくため息をついてソファに背を預けた。

やっと、目の前に忽然と現れたこの男が、

クラウドだけに雲をつかむような話しをしはじめたものの、

どうやらコウタや私、および自分に、ただちに危害を加えることはなさそうだと

判断するに至ったのかもしれない。

とりあえず、宇宙にたゆたう歴史的機密事項の件は、

俺含めこいつらの命の無事が担保されてからのことだ、くらい、

思っているのかもしれない。

「それで、アマカツが誰かから、なんらかの情報を買ったと」

「その通りです。アマカツは、昨年、南米に調査で滞在していたとき、

現地の村で一人の男に会いました。

その男は、隠し財宝や埋蔵金などに関する情報を専門に扱う闇業者でした。

彼はその男から、情報売買を持ちかけられて購入したのです」

「その男は交信能力があった?」

「その男ではなく、別の人間です。いずれにしろアルモは、その男も含め、

同じグループの一味の身柄をすべて確保して矯正措置を施しました。

今は、透視能力はもちろん、売買した情報の中身に関する

記憶や資料も抹消されています」

「・・・アマカツは、その情報を買っただけで実は光道一族ではないとか?」

「彼は、確かに光道一族の末裔です。

ですから、地域と年代を絞った形で記憶の情報をリクエストしたのです」

「てことは、あのクソ野郎は最初から全部知ってたってことか」

「いいえ。情報は、それほど詳しく読み取られていなかったのです。

ですから、彼は自分で詳細を調べる必要があった。

そこで、この街で、地域調査をするという体裁をとって、

財宝を見つけ出すチャンスを狙っていたのです」

「わかった」

 わくが、もう話を終わらせたくてウズウズしているのが伝わってくる。

私としては、おもしろすぎる!と夢中で聞いていたので、

早めに切り上げられてしまうのを阻止するために、

ちょっとずつ近づいて、わくが座っているソファの後ろの位置までこぎつけた。

本当は、わくの隣の最前列どセンターで、シガのトークショーにかぶりつきたいところだった。

「アマカツはどーでもいい。首ちょんぎるでもなんでも好きにすればいいが、

なんで俺たちがようやく見つけ出したものまで持っていこうとする?

それは理解も許容もできない」

「とても残念なのですが、あれらの財宝は、

見つけ出されてはならないはずのものだったのです」

「はあ?」

わくとコウタが同時に返した。

「私たちが管理している宇宙の記憶は、過去だけではないのです。

すでに未来もすべて保管され、管理されています。

ちなみに、未来の記録に関しては、過去の記録とは別の次元に保管されていて、

こちらは外部からのアクセスは200%不可能です。

現在までにハッキングされたケースは皆無です」

「え?未来って、今から起こることが?」

「その通りです。あなたにとっては、今、ですが、

未来人にとっては過去ということですよ」

 それを聞いて私は、気が遠くなるような感覚を覚えた。

計算上で予測できること以外は、まったく未知だと思っていたものが、

もうすでに既定路線として決まっているとしたら、

私はどこをどう歩いていけばいいいのか。

何が起こるかわからない、何が待っているかわからないから、

行き先が不透明だから、私はこの道を歩いていけるのに、

いきなり目の前に伸びる道に、このさき起こることが

ポツンポツンと形になって現れているとしたら?

そんな道こそ、逆に空恐ろしくて歩けたものではないと思ってしまう。

 私たちは、未来の過去にいる。

文学的には普通にそういえるが、物理的に、今現在、別次元で、

ここから地続きの未来の生活が展開しているとしたら?

足元がいきなり、ぐらりと揺れるような不安定な場所になった。

「ときには時空の中で既成の路線がずれたり、歪みが生じることもあります。

今回のように、本来は「消滅」と記録されているのものが、

なにかの弾みで現行の社会に流通してしまったら?

ここからの未来のすべてを書き換えなくてはならない。

先ほどまであなたたちが訪れていた現場では、実は、数日前からすでにマンション建築のための整地がはじまっていました。

湧水一族の思いが強く、同時にミズハラさんの、

その思いをキャッチする能力が極めて高かったため、

指輪もあなたの手によってハイパーな存在に変化しました。

あの現場に到達することができたのも、

湧水一族の7人の魂が呪縛から解放されたのも、

あなたの思いの強さと、湧水一族の思いが合致した結果、

四次元的な時空と能力が生じたのだろうという仮説が立てられています。

なぜそうなったのかという考察の結果については、

もう少し時間を要しますが」

「そんな結果はどうでもいい!」

「あなたたちが見つけ出したあの遺物に関しては、

私たちの組織が管理する情報と同期させる必要があり、

存続させるわけには行かないのです」

「あんたたちの情報もどうでもいい。俺たちにとってはなんの意味もない。俺たちの事実が優先する。あとはそっちで調整とかリライトとかテキトーにやればいいことだ。

いいか、俺達はアレらを見つけた、一族の思いとか俺の受信能力とか、理由はどうあれ、俺達は実際に見つけたんだ、それが事実なんだ。それをなかったことにしろって、そんな悪徳政治家みたいな言い草はねえよ!書き換えろ!!事実をもみ消すな!!

そんなこともできないなら、あんたたちの組織なんて単なる宇宙のゴミだ」

「調整やリライトは致し方ないケースのみで、ほとんどのケースは、

記録に準拠させることが推奨されています。

そうしょっちゅう、いろいろな記録を書き換えていては、

秩序が守られず記録媒体の環境が荒れますし、信頼性も失われます。

ですから、基本は、記録された情報通りに進行させるべく最善を尽くして取り組んで・・・」

「随時更新不可って、あんたの組織は壮大な無駄の塊だな。能無しの老害が運営してんじゃねえの?宇宙一優秀なプログラマーに再構築を依頼したほうがいいんじゃないか?情報は千分の一秒単位で書き換えられるべきだ。俺たちはあのバッグの中身を手に入れた。それがレイテスト・インフォメーションなんだよ」

「あ、いえ・・・」

「第一、整地されてるって? 高台も祠も、さっきのさっきまで、あそこにあったんだ」

 とはいえ私は、そして多分わくたちも、高台の最後を思い出していた。

地崩れのあと、新しい土が露出し、平地になった、あの状態を。

「すでに整地です。あなたたちが見た高台や祠は、

一族の想念が仮の形として束の間、創出したものです」

 私たちは揃って鼻から荒い息を吐いてシガを凝視した。

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