第7話

「まず、残る2個の指輪を見つけ出すのに協力していただきたい」

アマカツさんに生真面目な口調で言われると、いやとはいいがたい雰囲気になる。

「それは・・・いいですけど、それによって、光道一族が襲ってきたりしないでしょうね?」

「それはわかりません。なので、2号がおたくに配備されています」

「え?アレは不審者が来たら、どう対処してくれるんですか?泥棒も知らん顔って話じゃないですか」

わくを見ると、

「泥棒は対象外ですが、光道一族の不審者が侵入したら、2号はすぐさま反応して現れ、特殊なノイズサウンドを発します」

と解説してくれた。同時に1号から、ガツンガツンガツンというような、インダストリアル系のすさまじいノイズが上がった。

「あれと同じサウンドを発しながら、侵入者に向かって突進します。30cmのアシダカカグモがあんな音でうなりながら突進してきたら、たいがいの侵入者はビビると思います」

「ビビる・・・・」

「それと、これが肝心ですが、ものすごい勢いで水のビームを浴びせます」

「水、、、ですか」

「その水には麻酔成分が含まれているので、ビビったあと不審者は昏睡する予定です」

「あ、そう。昏睡されても始末に困ります・・・」

「ノイズを発する時点ですでに僕たちは通知を受けるので、すぐに駆けつけますから。

敵が昏睡した頃には僕たち、もしくはどちらかがお宅に到着する予定です」

用意周到なのか結果オーライなのかよくわからない防衛策を聞かされて、私はなお不安だった。この家からうちまでは、マッハで走って10分くらいか? しかも、巨大蜘蛛ロボから知らせを受けたとき、わくたちが風呂にでも入っていたらどうする?近所のコンビニにでも行ってたらどうなんだ?今どきの若者なら渋谷とか下北とかに遊びに行っている可能性だってあるではないか、そのときちょうど、、、、などと思いっきり不安げな顔をおおげさに示していたのに、わくはスルーした。

「とりあえず、今の段階で、一人候補がいるんですよ、リングの持ち主らしき」

「・・・はい」

「聞き取り調査から浮かび上がった人で」

とわくが説明をはじめた。

「僕たちも、アマカツさんもその人のところにお邪魔して、指輪の話を聞きたかったんですけど・・・・なんとも手強くて。すっかりギブなまま進展せず、対策を講じていたところなんです」

「なるほど?」

「で、アマカツさんが会議であなたと会ったときの印象から、くりこさんなら多分、適任だろうと」

「なにがですか?」

「その人のお宅にお邪魔して、リングを持っているか聞き出してください」

「え?」

「えーと、明日、大丈夫ですか? できれば、5時頃。その人がデイサービスから帰ってくるのが4時半なので」

「え、ちょっと待ってください」

「この手土産を持ってってください。いっしょに食べられるものがいいんで」

「舟和の芋ようかん、これ私も好物ですけど、って、いや、そういうことじゃなくて」

「ああ、よかった。これでやっとひとつクリアしましたね」

と、わくはアマカツさんとコウタに向かってほほえんだ。

「そんな勝手にクリアされても。私はまだOKしてません」

ふむ、と言いながら、それまで座っていたソファから立ち上がり、わくは私の前まで来て足元にひざまずいて、ライン交換してください、と言った。

友達登録などの一連の動作が終わると、再び彼は元の席に戻り、

「今、そちらに、その人の住所氏名とマップを送りました」

「え?あ、来た。で、あら? あら? うちのすぐ近所?」

「そうです」

「でも、こんなところに家があるの?」

 地図で見るとたしかに、湧水稲荷をはさんでうちと反対方向の裏手に家があるようだ。表の通り沿いには別の家々が並んでいて、その間に細い路地があるようだ。表からは一見、その奥に家があるようには見えない。双方、湧水稲荷の東と西に位置し、神社を挟んで2〜3軒隣というご近所さんなのに、こんもりした神社の林に遮られていたせいか、私はその「弘中」という名字も聞いたことがないし、多分、会ったこともないはずだ。

「それで、その人はどういうところが手強いの?」

「行けばわかります。でも、くりこさんだったら多分大丈夫」

わくはニヤリと笑って、ごまかそうとしている。

「いや、ここはちゃんと教えてよ。どこがどう、手強くて、私ならどう大丈夫なの?

こちらとしても作戦たてたいし」

わくは両手を合わせて考えるふりをしている。

「まず、近所同士であることと、おばさん同士であること・・・」

「悪かったな」

 アマカツさんとコウタは揃って天井か下を向き、私と目をあわせるのを避けた。

「でも、そのふたつが重なれば、おばさんたちは瞬時に会話が成り立ちますよね」

「ああ、まあね。どっちも相手の話聞いてないからね」

「さらに、くりこさんは忍耐強そうってところです」

 まったくうれしくないおだてに、乗るしかないのか?

 その夜は、それを引き受けた時点で話し合いは終わった。

 まだそこに残るというアマカツさんを置いて、私たちはその家を出た。出口でふと見れば、あのトラ猫が座っているではないか。

「あれ?この子、ここんちの子?」

というと、わくがしれっとした顔で「あー、コウタの作品です」という。

コウタがスマホを操作すると、トラ猫は「カワヲワタレ」と言った。

「頼むわ」

と私はいい、それじゃハチもか?とわくを見ると、再びコウタがスマホを操作し、

3〜4匹のスズメバチがブ〜ンと飛んできた。

「あの遊歩道がくりこさんの散歩コースだということはわかっていたので、

ちゃんと誘導してくれるように配置しておきました」

とわくが涼しい顔でいう。

「じゃ、あの足音とかも?」

「足音はわかりません、あと、砂が回転するような道も。

僕たちはそこまでのことはできない。確かに、何かが起こっていたに違いないです」

「光道一族ですか?」

「・・・それはわかりません。ひょっとすると、くりこさんを僕らのところに導いてくれようと湧水の先祖たちが動いてくれたのかも・・・」

「あ、はあ」

私にはまだ、少し難しいステップだ。段々と馴染んでいくしかないだろうと思うようにした。

でも、実際にさっき味わったあの体験は、そうした、この世ならざるものの意思が動いている以外のどんな説明ができるというのだろう。あの、王家の悲報なんていうワードの登場する夢も、なんらかのチカラが働いたゆえのことではないかと思えた。先祖が伝えたい秘話を私がきちんととらえる能力がないために、ハリウッド映画タッチの妄想になってしまったのだろう。

わくとコウタは私を家まで送ってくれた。


 弘中さんの住所氏名やマップは情報共有として送ってくれただけで、実際は彼らも同行するというので、翌日、家で待ち合わせて候補者の家に赴いた。

 表通りの二軒の家の間に、たしかに細い路地があった。

細すぎて、しかも立ち木に隠されるようにしてあるので、普段歩いていてもほとんど気にとめたことはなかった。奥まった路地を進むと、突き当りに木戸があった。そこから庭が続く。木立の向こうにあの湧水稲荷のカラ松林が見えた。

「木戸を開けて入ってください」

「インターホンが付いてるよ」

「押しても無駄です」

そうなのかと木戸を開け、露地を抜けて玄関に進んだ。古い家で玄関はガラガラという開き戸だ。戸の横に設置された昔ながらの形のブザーを、私の肩越しに手を伸ばし、わくが押した。

なにも反応がない。

「いないんじゃ?まだデイから帰ってきてないんじゃ?」

わくを振り返って見上げると、彼は

「ほぼ3分後に登場します」

と宣言した。

 正解だった。約3分後、中から女の人の細い声がした。

「はあい」

それからガラス戸が開いて、小柄な女性が顔を出した。

90代半ばといったところか。シワシワの顔に、光沢あるワインレッドの巻毛のウイッグが乗っている。あまりのビジュアルに息を飲んだ。

「はいはい。あら。どなた様かしら?」

「弘中さんですか?私、近所の水田といいます」

「え?」

「近所の、水田です」

「あ、クズタさんね、はいはい」

「水田ですが、ちょっとお話をうかがいたいことがあって来ました」

「え?」

「ちょっとぉ、お話があってきましたあ!!!」

「ああ、はいはい」

後ろでわくとコウタが必死に笑いをこらえているのが如実にわかる。ほんと、マジ勘弁だわ、と思いつつ、目の前のワインレッドのウィッグのおばあさんに思いっきりの笑顔を向けた。

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