あの世界での、出来事
壱一六
第1話 何か良くないものが見つかった。
今日はそこそこに暖かい日だ。
僕は家の外の砂場にいて、そこに、『魔術』の本で見たことのある形を、真似して書こうとしていた。
例えば、
丸を
数が少ないうちはなんとか書ける。しかし、数が増えてくると全体の形が崩れてしまう。
僕は諦めて、自分が
気を取り直してもう一度砂場に形を
「ライラ、クロトが呼んでいるわ。お勉強だって」
僕は、
「すぐに行きます」
と答えた。
お父さんは『錬金術師』だ。だから勉強はたいてい錬金術によるものだった。
お母さんは僕に少し待つように言うと、僕の前に屈んでから服の汚れを見つけて、それらをはたき落とした後に、手や足の汚れをハンカチで拭いてくれた。
お母さんの名前はタチナツだ。
「ありがとう」
「どういたしまして」
僕は急いで例の部屋へと向かった。
僕は早歩きで家に入り、廊下を歩く使用人の女の人の横を通り過ぎながら、とある大きな部屋に入った。家具があまり置かれていないから、広さを感じる部屋だ。
この広い部屋の中には、屋内なのにも関わらず、白い砂場がある。
それは、僕が形を
そして、お父さん本人が立って居た。手二本を持っている。そして、髪の色が黒い。それは僕にも受け継がれていた。これはとても珍しいことで、黒い髪の人は世界に数人しかいないと前に聞かされた。
「来たかライラ、何してた?」
「魔術の為の『陣』を描く練習をしてました」
「そうか、下に遊びに行ってもよかったんだぞ。誰かに頼んでな」
「はい」
下というのは家の前の坂を下った先、そこには町がある。というよりも僕らの家の方が、町の中にある高台の上にあるのだ。
僕は勉強の内容について、
(今日は創るやつだろうなぁ)と考え、そう聞くと、
「そうだ」
との声が帰ってきた。
お父さんの立つ場所の近くに、小さなテーブルがある。
お父さんは手に持っていた本を開くと、その間に挟んである紙片を取り出していく。
その紙片には『ルーン文字』が書かれていた。
お父さんはとりあえず必要なものだけを手に取って、残りをテーブルの上に置いた。
その中には本も含まれていた。
「よし、俺がやることを見てろよ」
お父さんはまず、ルーン文字の書かれた紙片を一枚僕に見せてきた。
それは三本の線で構成された形が使われていた。
まずは二本の線で、三角形の形を作る線の――そのうち一本が欠けた形を
さらに、その形を二つ横に並べると、このルーン文字になる。
ルーン文字は、
お父さんが僕に質問する。
「これは何の文字か分かるか?」
僕は答えた。
「伸びる物」
「正解だ」
お父さんは満足げに頷いた後、そのルーン文字の書かれた紙片を、床に置くところから始めた。
「場所が肝心だ。まず、ここに伸びる物を置く。そしてこの少し外れた所に運ぶを置く。そして、」
お父さんが伸びる物の書かれた紙片の上に、右手のひらを押しつけた。
「いいか。父さんの手の平と、紙に挟まったこの隙間だ。この隙間に力を感じるようにする。正し、力は込めるな。感覚を探す感じだ」
そう言ってから、実際に探したようだ。
「――そして、こう持ち上げる」
伸びる物の紙片から、青い半透明な光の柱が、お父さんの右手の平にくっつくようにして立ち
この青く光る半透明なものは、『青いルミナ』だ。錬金術の基本中の基本。設計図のような使われ方をする。
青いルミナはルーン文字で操作する事も出来る。形を固定させるためのルーン文字、拡散させるためのルーン文字等、色々な事が出来る。
本来、お父さんはこの作業を行うのにルーン文字を必要としないが、今回は敢えて使ってくれている。
お父さんの作業の続きだ。
「それからこうやって、運ぶの文字を触る。」
左手の人差し指で触った。
「指先に運ぶを写し取る感覚だ。…………。それから、感覚を維持しながらこの伸びた青いルミナのここに触れて、与える」
右手の平に近い、上の方の場所だ。
「それから右手を離す」
伸びる物のルーン文字から立ち上った柱は、お父さんが右手を離した後もそこに留まった。
お父さんが伸びる物の紙片を横に抜き取った後も、柱は残ったままだった。
その調子で、お父さんは次々に青いルミナの柱を立ち上らせていく。
さらに別のルーン文字を使って、柱の間にあるパーツ等も創っていった。
十四種類のルーン文字を使用した結果、青いルミナのパーツで構成された、小さな二階建ての家が出来上がった。
お父さんはさらにその家を、すぐ横の砂場の上に移した。
小さな二階建ての家の設計図――これでやっと設計図が出来上がったのだ――。
青いルミナとこの砂の組み合わせは、錬金術の基本的な考えが最もわかりやすい組み合わせだという。
今からこれに、白い砂を組み合わせるのだ。
お父さんが、
「よし、砂をかけてみろ」
と言った後に、
「あ、ちょっと待て」
と訂正した。
しかし僕は、そのままスコップで白い砂をかけてしまった。
砂は青い光で出来たパーツの中に
しかしもっと内側にも青い光の部品があり、そこまで砂は届いていなかった。
「あッ」
僕が驚くと、お父さんは笑った。
「いいんだよ。俺が遅かったんだから」
お父さんはテーブルの上の紙片を一枚選んだ。
紙片に書かれたルーン文字に左手の人差し指で触れて、その指で設計図の壁や屋根などに丸を描いていった。
すると丸を描いた面が外側が赤く光った。
「よし、やってみろ」
僕が砂をかけると、その砂は赤く光ってる部分は素通りして、その内側に入っていった。
そうやってお父さんが色を変えながら、僕が砂をかけ続け、結果小さな家が完成した。
お父さんが屋根を掴んで持ち上げる。ちっちゃな部屋や扉、それに廊下が姿を現した。二階を取り去ると次は一階。家具などは無かったが、とても細かい作りで出来ていた。
色々触ってみるように言われて、
まず僕は窓を開けた。内側から外側に押すと開き、外側からだと開かない。
次に扉を開けようとしてみた。押しても扉は開かなかったが、小さなドアノブを慎重にひねるとちゃんと開いた。
僕は何度か頷いた。満足したからだった。
小さくて砂で出来ていたが、それはちゃんとした家だった。
お父さんは、今までにもこうやって色んなものを砂だけで作って僕に見せてくれたのだ。
「どうだ、満足したか?」
「うん。いい家だよ」
「そうか。うちよりもいい家か?」
「うちの方がいい家だよ」
「そうか…」
お父さんも満足げに頷いていた。
「よし、じゃあ今から、父さんが何をやったのかを教えよう」
つまりこれからは憶える勉強の時間だ。
それは好きではなかった。
その時、廊下から顔を出した人がいた。うちの使用人のナラセさんだ。体の大きいご老人で、背が高いだけでなく力も強い人だ。
そして僕の記憶にある限り、お父さんとお母さんと共に居る人の中では、一番古い馴染みなんだと思う。
「よろしいでしょうか?」
「どうした?」
「町長の使いが来られておいでです」
「わかった」
お父さんは頷いた後に僕の顔をじっと見て、
「ライラ、付いてくるか?」
と聞いた。
僕は「もちろん行く」と答えた。
~~~~~~~~
お父さんは客がいつも案内される部屋に向かっていた。僕はその後を付いていく。
ナラセさんはまたどこかへ行ってしまった。
僕らがその部屋に着く少し前に、お母さんがその部屋から出てきて、僕の顔を見てからお父さんに聞いた。
「クロト、ライラを同席させるつもり?」
「そのつもりだ」
「大丈夫なの? 私には何の用件なのかも話してくれなかったのだけど」
「気にするなって」
僕も続けて言ってやった。
「そうだよ。気にしなくていいよ」
~~~~~~~~
部屋の中には、既に使用人の女性が二人立っていた。
僕達が中に入っていくと、二人はそれに合わせて移動して、部屋の入り口近くに並んで立った。
ここはうちの屋敷の中でも広い方の部屋だ。真ん中に背もたれの付いた大きな椅子が二つ。間にテーブルが挟まれていて、それ以外に丸椅子が壁際に並べられている。
客は普通の見た目をした男で、背もたれの付いた椅子の片方に座っている。
お父さんが、男と対面する形でもう一つの椅子に座り、僕と母さんは壁際の丸椅子に座った。
まずお父さんが、
「遅れてしまってすみません」
と言った。
「いえいえ、いつも頼りにさせてもらっていますから」
お父さんが男に具体的な話をするように促すと、男はすぐに表情を曇らせた。
「それがですね。よくわからないんですよ。おそらくこれは優れた錬金術師であるあなたに聞くのが良いだろうと、そういうことになりまして。なので……」
お父さんは一度深く頷いた。
「続きをお願いします。何でも仰ってください」
「はぁ、あのですね、……おかしな石が掘り返されたのです」
男の言いたいことはこうだった。町外れに突然、大きくて重たい石が見つかったのだ。しかもその石からは、見るだけで嫌な気持ちになる緑色の光が放たれていたのだという。
お父さんは、この嫌な気持ちになる緑色の光という部分に反応したようだった。
部屋の入口の近くに立っていたメイドの一人に、ナラセさんを呼んでくるように言った。
僕は、何かまずいことが起きているらしいと思った。
お父さんは男に続きを促した。
男は答える。
「あそこは一度掘り返した場所のはずなんですが、その時にはこんな物は無かったと、誰しもが言っています」
お父さんが聞く。
「誰かが持ってきて、人知れず埋めた。それは考えにくいという事でしょうか?」
「はい、その通りです。私はさっき石と言いましたが、表面がなめらかで大きなものです。しかも大変な重さで……あんな大きくて重たい物を運んでいたら、誰かが気付くはずです」
「わかりました。……他には何か思いつくことは無いでしょうか?」
男はまだ話を続けたが、お父さんはあまりぴんと来ていないようだった。
お父さんは了承した。
そしてその場所を教えてもらった。
「…では今から準備します。後、現地の方達に向けてなのですが……出来れば遠巻きに距離を開けるように伝えておいてください」
「わかりました」
それからお父さんと一緒に、
僕らは部屋を後にした。
ナラセさんは部屋のすぐ外で話を聞いていたようだった。
女性の使用人が男を屋敷の外にまで案内していく。
「みんなは普通の仕事に戻ってくれ」
お父さんはそう言って人払いをした後に、相談を始めた。
僕はそこにある長椅子に座った後、ナラセさんの大きな体を見上げてから、お父さんの顔を見た。
「タチナツ、お前も現地に行った方がいいかもしれないな」
「そうですね、行きましょう」
……まるで、お母さんがその場所に行かなければならない理由があるかのようだった。というよりも、実際にあるのだろう。
そかしその理由は、僕には思いつかなかった。
「さて、何を持って行こうか?」
ナラセさんがまず答えた。
「私はとりあえず台車を持っていこうと思います」
「そうだな。後は縄、大きな布が何枚か、――、――」
三人で色々と話した後、
ナラセさんは頭を下げてから、先にこの場を後にした。
次に、お父さんが誰かを呼ぶ為に声を上げようとした、その時、
お母さんがお父さんを止めた。
「もしかして、場合によってはこの家に持ち帰ることを考えているの?」
最後に「その石を」と付け加えた。
お父さんは
「俺達が背負うべき事だ」
「私達はそうでも、ライラは違うでしょう?」
急に僕の名前が出たところで、二人の会話は止まった。
お父さんはおもむろに口を開いた。
「わかった。場合によっては周りに壁を作って塞いで、置いてきてしまおう」
お母さんは「そうね」と応えた。
何を持っていくのかが決まった後、
お母さんは『魔法紙』を取りにこの場所を後にした。
ちなみに魔法紙とは、書くためのインクが要らなくて、手で線を書いたり消したりすることもできるというとても便利で値段の高い代物だ。
残ったお父さんは僕の顔を見た。
「ライラ、お前は連れて行けない。家で待っててくれ」
「はい」
この様子では、何を言っても聞いてくれないだろうと思った。
そして、お父さんもこの場からいなくなった。
僕は長椅子に座ったまま一人だけになり、しばらく考えていた。
お父さんやお母さんがこんなに騒ぐところを見たのは、いつ以来のことなのだろうか、と。
~~~~~~~~
長椅子に座ったままの僕の前に、魔法紙を持ったお母さんが現れるまで、そんなに時間は掛からなかった。
「あら、まだ座っていたのね。ごめんなさい、気が付かなくて」
「別に……考え事をしていただけだからさ」
お母さんは僕を連れて家の前に出た。
家の周りは高台に合わせて柵が張り巡らされているだけだった。
僕は以前から、柵の向こうに見えるとある景色が気になっていた。建物の屋根がたくさん見えるよりもっと向こう側、町の境目よりもっと向こう側の地面に、何か黒いものが見えるような気がすることだった。
地面が汚れているような感じだ。
僕の見間違えかもしれない。
このことについては、まだ誰にも質問したことがなかった。
そして今、街の中で何かが起こっている。
僕は何かを考えているように見えるお母さんの顔を見上げた。
「何かあったの?」
「きっと……何も無いわよ。それを確かめに行くの」
それから間もなく準備が終わったようだ。お父さん達は出掛けていった。
~~~~~~~~
※
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