ライオンは強い 13
車椅子をもらった俺は活動量が百倍に増えた。スバルが家内の段差を埋め、手すりを作ってくれたおかげで1人でトイレや風呂に行くことができたし、自分の意思で好きに動けるのが楽しかった。まぁアンかスバルの許可がないと外出禁止だったけど希望を拒まれる事はないし、それが不満とも思わなかった。
一緒に暮らし始めてアンとスバルについて分かってきた事がある。
アンはシスターとしては立派だと思う。日によるけど朝から客が教会に集まってくる時には教会の鍵を開けたあと、多目的ルームでは病気の患者の相手をし、礼拝の日には神父の代わりをして、週に一度の炊き出しの日には丘を降りてわざわざ公園に行って食事を配っている。それ以外でも、雨戸が壊れたと相談されれば修理に行き、喧嘩をしたから仲裁してほしいと言われれば話し合いの場を作り、野良犬を追っ払ってくれと頼まれれば猟銃を持って出て行ったり……みたいな仕事も多い。だからアンの仕事は総合的に見ると、シスターというより何でも屋に近いと思った。
ただ、生活面についてはスバルに頼りっぱなしでダメ人間な部分が目立つ。何もできないと言えば嘘になるけど、スバルがいない時にアンが作った料理を食べたら普通に不味かった。朝は起こされるまで白目剥いて寝てるし、朝食もナッツをかじるだけでまともに食べる気がしないらしい。服は脱ぎっぱなしでスバルによく叱られている。さらに、俺のことを甘やかすなとスバルに叱られている。
さらにアンは仕事がない時はソファでずっと寝ていて、起こしてもなかなか起きないから結構困る。夜も布団に入ったら5分も経たずに寝ている事が多い。しかも大抵俺を抱き枕がわりにして寝るものだから自由に寝返りが打てない俺は結構大変だ。寝る時に服を着たくないという理由でいつも薄着だし、最初の方はおっぱいが体に当たってラッキーだとか思ってたのに最近は慣れてしまい勘弁してほしいという気持ちが強い。
一方スバルはアンと違って金になるような仕事をあまりしてない。悪意無く「ヒモ?」と聞いたらアンに怒られた。
普段はアンの助手というポジションで一緒に教会の仕事をしている。(そういえばジョシュアのおっさん家にも2人できてたな。)アンじゃないとできない仕事以外はスバルも受け持つことが多くて、力仕事だと尚更スバルの出番が増えるらしい。
目立つ仕事といえば、聖歌のピアノ伴奏だ。教会以外で行う定期礼拝にもスバルは必ずアンに同行して、聖歌の伴奏を行っている。『スバルピアノ教室』という名前でピアノのレッスンもしてて、プライベートでもよくピアノを弾いているから、この前やけに重厚感のある『ドラえもんえかきうた』を弾いてもらった。スバルのくせにめちゃくちゃうまいなぁと感心していたら元々ピアニストを目指して音大に通ってたらしい、そりゃうまいわけだ。
俺が「猫ふんじゃったしか弾けない」と羨ましがったら、生徒として簡単に弾ける曲を何曲か教えてもらえることになった。
アンは家事はできると言い張るけど全てが最低ラインをギリギリ下回っているので、この家ではスバルが全部こなしている。アンが俺を甘やかすとキレるくせに、アンのことは甘やかすんだな……と思った。まぁ確かに飯はうまいし洗濯も掃除も綺麗だから、このままの方が平和そうだし、これからもそうしてもらお。
正直、今だによく分からないのは同じ日本人であるはずのスバルの方だ。スバルは俺のすることにすぐ口を出すし、俺が子役をしていた事についても知っていたけど、自分のことは話したがらない。俺が聞いても「関係ない」と言って教えてくれない。俺が死んでこの世界に来たのなら、こいつも一回死んだのかな。でも死因を聞くのは何だかタブーな気がして聞いていない。
確実なのはホモじゃないから、気を抜いていても大丈夫だって事。
それが分かればスバルに関しては充分だけど、俺的に2人からはただらなぬ空気を感じている。『子役には何も分からんだろ』と目の前で不倫をする芸能人カップルを何組も見てきた俺が言うんだから間違いない。普通の男女より距離が近いし男女特有の熱がある気がする。だいたい俺が最初に寝室で寝た日、確かに「僕とアンさんのベッド」とスバルが言ってた。
だから最初はできてんのかと思っていたけど、聞いてみたらそんなんじゃないらしい。
大人は複雑だ。踏み込んだ質問をしようものならスバルが睨んでくるからそれ以上聞けなかった。
「レオンくん、元気かい?」
「こんちは。元気っす」
今日もキムさんが教会にやってきた。礼拝の日以外にもキムさんはよく1人で教会にきてアンさんと個室で話をしている。部屋は防音だから何も聞こえない、プライバシーの保護ってやつがしっかりしてる。
「教会で何かある日にはレオンにも仕事をやらせた方がいいですよ」とスバルが余計なことをアンに吹き込んだせいで仕事が割り振られた。
まず1つ目は、朝の多目的ルームに集まってきたみんなにお茶を入れること。
2つ目は、雑談に付き合いつつ客を順番通りにアンの方へ連れて行くこと。
そして3つ目の一番大事な仕事と言われて任されたのは、ノートに出席者を記録することだった。
みんな優しいし孫を見るような目で俺に接してくれるけど、おじさんは苦手で避けているので男の客からは顰蹙を買っているみたい。けど、俺は自然とおばさん達のアイドルになり、仕事をするたびにお菓子が貰えた。娯楽がない世界だからこの時は仕事を手伝っててよかったとちょっと思う。
「キムさんもそろそろかねー」
「あぁ、エウタナーシャ」
茶を啜りながらおばさん達がキムさんを話題に上げていた。聞きなれない言葉も聞こえてつい耳に留まる。
「最近よくアンちゃんに相談してるみたいだから」
「寂しくなるわねぇ」
「何が?」
キムさんの話題は俺も気になるから、車椅子を回しておばさん達に近付いた。だけどおばさん達はちょっとまずかったという様なバツの悪い顔になる。
「あんたらもーやだ、そんな話今しなくていいでしょーが」
「レオンくんは知らなくてええんよ」
「えー何で?」
だからなのか、それ以上は話に入れてもらえなかった。キムさんに何かあるんだろうか。寂しくなるということは引っ越しかな。身内がいるようには見えなかったけど……。
それにしても、キムさんの背中がだんだん小さくなってる気がするのは気のせいだろうか。
キムさんは教会に来る度に俺によく話しかけてくれた。どこから来たん?家族はどうしたの?アンちゃんの弟かい?その足は痛くないんか?とか他愛もない内容だったけど、車椅子をくれたから他の人よりキムさんのことはちょっと好きだった。キムさんが来たことに気付いたら車椅子で走って真っ先に挨拶するのも俺の中では自然なことだ。俺のばあちゃんは早くに死んだからキムさんをばあちゃんに重ねていたと思う。
だからキムさんに懐く俺をスバル達が憐れむような目で見ていた事に、俺は全く気付いてなかった。
ある晩に、アンが神妙な顔つきで、シスター姿のまま台所で煙草を吸っていた。いつもならとっくに風呂に入ってるのに珍しいなと思いつつ俺は水を飲んでいた。疲れてるなら寝ようよと誘うべきなのかなと思ってる時に、アンがこっちをちらっと見る。
「レオンくん」
アンが俺の名前をいつになく真剣な声音で呼んだから話があるんだと察した俺は、グラスを流しに置いてアンのそばへと車輪を転がす。アンも煙草を灰皿に押し付けて火を消していた。
「キムさんの事で、話さないといけないことがあるの。辛いと思うけど最後まで聞いてほしい」
「何?」
この時、きっとキムさんが遠くに引っ越してしまうんだと思った。キムさんに懐いてる俺にとってそれは辛い出来事だろうから事前に知らせてくれるんだろうと予想していた。
それなら俺、お礼の手紙を書きたい。アンに「レターセットをちょうだいと言おう」と心の中で決めた時、アンが口を開く。
「明日、キムさんは天国に召されるの。つまり、亡くなります」
シンプルすぎる言葉で伝えられたのは、俺の好きな人が明日死ぬという、聞いた事もない残酷な通達だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます