ライオンは強い 11

 スバルはその間、聖堂と多目的ルームの空気を入れ替えて掃除をした。最後にピアノをたららと試すように弾いて、まだ大丈夫かと言って蓋を閉める。スバルの仕事が終わってもアンはまだ終わる気配を見せないので、スバルは「先に昼食おう」と俺に声をかけて、いったん家に帰った。


 俺達が飯を食い終わってからさらに10分ほど遅れて戻ってきたアンは、スバルが用意していたサンドイッチを食べた。しかしそれも10分ほどで食い終わると、それじゃ行ってくると言ってまた外に出ていく。そして2時間くらいで戻ってきたアンはおやつのナッツを食べ終わるとスバルに「ねぇアレ手配できたわよ」と伝えると、壁にかけられていたリボンのついた車の鍵を手に取った。


「スバルは留守番。レオンくんはおいで」


 そう言われたので、2台あるうちの小さいアメ車の四輪駆動の助手席に乗せられた俺はアンの運転で教会のある丘の道を下っていった。


「ドライブ好き?」

「……ちっちゃい頃なら、ママとよく近くの海に行ってた」

「海いいわね、今度行きましょ。そろそろ海水浴の季節だし」


 海水浴といえば水着だけどアンも着るのかな。水着姿を想像するとちょっとドキドキした。左ハンドルの車を片手で運転しながら窓に肘を置いて煙草を吸うアンの姿は、服装もあいまって映画のワンシーンみたいだ。煙草の匂いは俺は嫌いじゃないし、煙草をくわえる唇が何だか色っぽくてアンが大人の女性であることを実感し緊張する。


「アンって魔法使いなの?」

「え?」

「自分で言ってたじゃん。それにおばさんたちも言ってた。薬もアンが作ってるって」

「あぁ。魔法使いなんてのは例え話かなぁ。お医者さんの真似事よ。あんまして薬塗ってあげたり、腹痛のお薬出したりするの。リビングで干してる草あるでしょ?あれが薬草だよ。君らの時代にはない品種改良したものだけどね」

「えっそうなんだ。本物の魔法使いみたい」

「ひひひ。そうなの、アンちゃんはこわ〜い魔法使いなの」


 アンは運転中だというのにハンドルから離し、両手を頭の真横まで上げてがおーっと俺に襲いかかる真似をする。意地悪そうな顔の真似をするアンの顔がやけにツボに入ってゲラゲラ大笑いしてしまった。俺のひと笑いを奪った事にアンが満足してニヤニヤしながら前を向き直す。


「礼拝の後もいろんな人来てたけど、何してたの?」

「……ん〜、人生相談かな」

「アン若いのに相談なんて乗れんの?」


 お祈りに来ていた人の中に若い人は少なく、大体は50とか60くらいのおじさんおばさんばっかりだった。


「あはは、そう思うよね。話を聞いて頷いてるだけよ、大体は人がどうしたいかなんて最初から決まってるの。私は話を聞いて、背中を押してあげたり感情の整理の手伝いをしてるだけ。たいそうな事じゃないのよ」


 アンは謙遜していたけどひっきりなしにあれだけ人が来ていたってことは頼られているってことだ。スバルも俺と同じように引き取られた身らしいから、善行に躊躇がないタイプの人間なんだろう。

 ……数年間貪り取られるだけだった俺とは違う世界の人間だ。なんか卑屈になってしまう。

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