ライオンは強い 10
「綺麗な子だねぇ」
腰を摩られ中のおばあちゃんの目線が俺に向けられたけど、何て返せばいいのか分からず軽く会釈だけした。
「ほほほ、恥ずかしがり屋さんだねぇ」
診療する場所は特にきっちりと仕切られているわけじゃないので、新入りの俺が気になるのか他で雑談をしている人達もちらちらとこっちを見ている。おばあちゃんが俺に声をかけたのをきっかけに、ついに何人かが席を立ってわざわざこっちまでやってきた。ロックオンされた俺は急に降り出した夕立の様な勢いで次々と質問攻めに合う。
「スバルくんの弟?」
「え」
「まぁ違うの。どこから来たの」
「あ」
「足痛そうねぇ。おばちゃん新しい靴下あるからこれ履いときなさい」
「ちょ」
「甘いもの好きぃ?飴ちゃんあげるわ」
「わ」
知らないおばちゃんたちに詰め寄られた俺はますます返事ができず、他の作業をしていたスバルにヘルプの目線を向けたのに無視された。
アンに目線を向けても晴れやかな笑顔が返ってくるだけ。すぐ仕事に戻り何もしてくれない。
慌てふためいてずっとしどろもどろだった。気付けば俺の太ももの上には大量のお菓子があって、千切れた足にはピンクの毛糸の靴下が履かされていた。おまけに手作りのヘアゴムで前髪まで止められたので、まるでペットの犬みたいになった。あとで2人に笑われそうだけど前髪が長すぎるのは自覚があるし善意だと分かるので外すのも気が引けて、恥ずかしいのに取れない。
その間もアンはベッドにうつぶせになったおばあちゃんをマッサージをしていた。シスターの仕事と言うよりマッサージ屋の仕事じゃんと思ったけど「邪魔するな」と言われたのを思い出して黙って見ることにした。アンは雑談しつつ、この辺がこってますねーと言いながらおばあちゃんの腰を押したり足を曲げて整体みたいな事をしていた。
おばあちゃんの相手が終わっても次から次へとやってくる人の体を摩ったり、肩もみしたり、シップを貼ったり薬を塗ったりと医者みたいだ。シスターとは思えない仕事内容に俺が不思議そうな顔をしていたからか、飴をくれたおばちゃんが「アンちゃんは魔法使いだからねぇ腰痛とかの痛みを取ってくれるのよ。薬もアンちゃんが調合してるの」と教えてくれた。
魔法使い、なんてまた非現実的な言葉が出てきたけど、そういえば昨日死にかけてた時に手を握られたら不思議と力が湧き出たなぁ。あれの事だろうか。
1時間半くらいで診療っぽい何かを終えたアンは次に礼拝堂へと移動した。患者以外にもぽつぽつ人が訪ねてきてあっという間に椅子が信者の人たちでいっぱいになっていく。俺は一番後ろの席で、お菓子をくれたおばちゃん達の横で見学をすることになった。(またお菓子をもらった)
時間が来るとアンが祭壇の前に立って何かそれっぽい事を言い始める。ユーモアを混ぜつつも聖書の引用をしながら話すアンは、まるで洋画の神父みたいだなと思いながら俺はそれを眺めた。ただ、アンが何かを言ったことをきっかけにみんな一斉に祈りを捧げだしたのはホラー映画の危ない宗教みたいでちょっと怖い。
お祈りが終わるとピアノの伴奏が始まりみんな聖歌を合唱する。こういう所って本当に聖歌を歌うんだなと思いながら聞いていたけど、知らないメロディだし歌詞も聞き取れないしで面白くないし、そもそも、誰がこのピアノを弾いてるんだと思ってピアノの鳴る方を見ると垂れ目のスバルだったので、俺は驚いて変な声が出た。
ピアノの上手下手は分からないけどあれは多分、だいぶ上手な部類に入るやつだ。伴奏だけだけど迷いのない弾き方や、音の滑らなさを聞けば俺だってそれが如何に上級なのかがわかる。
あいつピアニストだったのか。横暴で威圧的な態度を取る癖に、繊細な人間が好きそうな趣味があるんだな。人は見かけによらないなと思った。
聖歌が終わりアンの締めの話が終わったら、ほとんどの人は帰った。けれどアンは休憩もとらず聖堂に残った人を小部屋に呼び、一対一で話を聞き始めた。
これもテレビで見たことあるな。告解室だっけ。これはマッサージよりもシスターっぽい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます