第12話 おまけ回「こんなのは寿司じゃない」

これにて、第一部完結です。

おまけの小話が始まります。

コメディ要素の強い回ですので余韻に浸りたい方はご注意ください。


あとがき迄あと2ページです。

良ければ最後まで読んでいってくださいね☺


あやしななせ


==============


「レオンくんの義足の話まですっかり忘れてたんだけど、我が家にもあったわ。3Dプリンター」


 アンさんが埃にまみれた箱を両手に抱えて倉庫から出てきたのは、レオンが義足を手に入れて2日ほど後のことだった。


「え?そうなんですか?」


 わざわざ人に借りてまで使った3Dプリンターが自宅の倉庫にずっとあったなら、ちょっとした笑い物じゃないか、と思ったのが顔に出ていたのだろうか。アンさんは「ちっち」と指を横に振って僕を否定する。


「想像してるやつじゃないわ、柔らか〜い物しか出力できない、お食事用プリンターよ!今日は私がディナーをご馳走するからレオンくんと一緒に待ってて!」


 なんか嫌な予感がする中、キラキラした笑顔を浮かべるアンさんを止めることは僕にはできなかった。

 両親と何度も作ってきた料理だから心配しないで!と可愛く言ってきたとしても、無理にでも止めておけばよかった。

 お食事用3Dプリンターによって生み出されたのは、レゴのようなプラスチック風の寿司だったのだから。


 ミニ四駆の素体を穴だらけにして軽量化したものに似てる。

 輪ゴムの塊に似てる。

 一週間水をやらなかった植物みたいな見た目にも似てる。

 蛇花火の燃えかすみたいなのもある。

 僕が述べたのは全部、魚の刺身の部分に当たる部位だ。


 それが全部白いミョウバンの結晶を和えたようなシャリに乗っかっていて、僕達の前に並べられていた。

 食いしん坊のレオンでさえ、目の前の物質を理解できず固まっている。いつもなら僕に「助けて〜」とテレパシーを送ってくるもんだけど今日はそんな余裕もないみたいだ。


「アンちゃんお手製ジャパニーズ寿司よ!召し上がれ♡」

「違う!!!!!!!!!!!!!!!!」

「わあっ、びっくりした」


 もし昭和初期の漫画ならテーブルをひっくり返していたところだろう。

 食卓へと目を向ける。モザイクをかけたくなるような異質な形はまさしく食への冒涜だ。

 アンさんが言うからにはこれは確かに寿司なんだろうけど、粘土細工以下の謎の物体を前に僕は口元を抑える。経験上、僕が食べたくないと言い出した瞬間、目の前のシスターに確実に無理やりねじ込もうとされるからだ。


「あれ、お寿司って日本食よね?日本人ってお寿司好きじゃないの?」

「寿司は好きですよ!?ただこれは寿司じゃない!」

「でも、パパもママもこれは美味しい寿司だって言って食べてたわよ?」

「アン、これ何で出来てるの……?」


 レオンが箸の片方で恐る恐る突いている。ミョウバンが崩れもせずしっかりとシャリみたいな顔して鎮座していた。


「スシパウダーがパントリーで眠ってたからそれ使ったのよ〜あっ!パウダーに賞味期限はないから大丈夫よ!」

「な、何それ」

「この3Dプリンターにスシパウダーをいれるだけで!何と誰でも簡単にお寿司が食べれるのよ!」

「だから何それ!?お寿司はパウダーで作ったらダメだよ!お寿司じゃないよ!これとか犬のうんこだよ!」


 僕もレオンもアンさんには割と甘いという自覚はあるし、若干尻に敷かれ気味である。けれども決して折れることがなかった。これは寿司じゃない、お菓子の知育菓子の方がクオリティが高いと言い続けるとアンさんは頬っぺたを膨らませて不満そうな顔をする。


「じゃあ私が食べてみせるからそれ見て決めなさいよ。美味しいのに!人の食文化を侮辱するなんてどんなしつけされてきたのよ、失礼しちゃうわ」


 アンさんは箸を不器用に握りつつ、イチゴジャムみたいな見た目の醤油に寿司をちょんとつける。


「日本人好みになるようにマヨネーズとか使ってないシリーズにしたわ。これはマグロね」

「ミミズの活け作り?」

「マグロだって!」


 マグロだというミミズを口に含んだアンさんは、すぐに舌鼓を打った。


「舌の上で脂が溶けていって、とろとろで、完熟したフルーツみたいに甘くて濃厚な味わい……。ほのかな磯の香りは、脳みそに直接太平洋の風が吹き込んでくるみたい……!シャリも、マグロの風味を邪魔しない様に計算されてる。スシビネガーの塩梅が素晴らしいわ。きっと一流の料理人が監修したのね……。マグロを受け止めるだけのどっしりした存在感がある。それでいて噛んだら繊細で、ほろっと崩れるから、決して脇役なんかじゃ収まらない逸品だわ」

「美味しんぼみたいなことを言い出した」


 アンさんは味音痴ではないし、こういうことで嘘をつくタイプでもないのできっと本当に美味しいんだろう。彼女はガリで一度口の中をリセットすると、次はシュレッダーされた紙をボンドで固めたかのようなイカを食べた。


「んん……、ゆっくりと舌の体温で溶けていくのが分かるわ……。上品で、嫌味のない甘みよ。それでいてまるで踊り食いかのようなぷりぷり感と歯ごたえ……!とはいえたんぱくで、いい意味で後を引かない爽やかで憎めない絶品ね。少量のゆずがアクセントになって、とってもさわやか。小食じゃなければもう1つ食べてしまいたいくらいだわ」


 ゲテモノ1つ1つに丁寧な食レポをしながらアンさんは6貫の寿司を完食した。しめに飲んだ赤だしのアサリにまで丁寧に感想を述べ、満足そうに頬を赤らめながらナプキンで口元を拭いていた。僕達といえば箸を持つこともせず、彼女の満腹でとろんとした顔をじろじろ見る事しかできない。


「こんなにおいしいのに、食べないの……?」


 けれども、彼女はちょっとしゅんとした顔をする。


「2人ともいつもよく食べるから、いっぱい食べるかなと思って、たくさん作ったんだけど……」


 僕達が喜ぶと思って食事の準備をしたであろうアンさんの光景が瞼の裏に浮かぶ。支度中にちょっと台所を覗いた時、彼女はスシパウダーと3Dプリンターの説明書を穴が開くほど読み込んでいた。僕が普段つけてるぶりぶりのエプロンをして、髪を一つに結って寿司を作る姿はまるで新妻みたいだった。僕が覗いてるのに気付いたら恥ずかしそうに顔を赤らめて「あっちで待ってて」と笑顔を向けるアンさんは正直可愛らしかった。


「あ、でもいいのよ。私がお弁当とかでちょっとずつ食べればいいだけだし。ごめんね、食べたくない物を押し付けるなんて良くないよね」


 僕達に拒否されたと思い、泣きはしないものの悲しそうな顔をしている。僕達に気を使わせない為はにかむ姿に、罪悪感で胸が押しつぶされそうだ。

 

 この状況で、食べない選択肢を取る男がこの世にいるだろうか。僕とレオンは目を合わせると観念して寿司を食べた。見た目からの情報と味覚からの情報の不一致さに脳がバグりそうになりつつ「美味しい」「身がしゃきしゃき」など言葉を選んで感想を言いながら、約50貫の寿司を2人で平らげた。

 

 アンさんが笑顔で風呂に入っていったあと、僕とレオンはぱんぱんに膨らんだ腹を押さえながら


 「時間ができたら海に釣りに行こう」


 と、男同士、固い契りを交わした。

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