第11話 立てよ、少年❸
「1号機はつなぎ目が弱かったからすぐ折れたけど、理想に一番近い形だったと思うんだよねえ。本に載ってる奴とも似てるしさ。丸太のはもっと硬い木を乾燥させればよかったかも。でも乾燥させてたら
「それじゃあ、竹?」
「ううん。この辺の竹はちょっと弱っちかったわ。冬が寒いからなのかなー竹は日本産に限るのかも。てかさ俺さ、実は別で提案されてたやつがあるの。それがいいかもなって」
「何?」
「3Dプリンターってやつ!」
時間を遡る。
昼間、うわさを聞きつけて僕の教室に通ってくれているヨランダさんがわざわざ家までやってきたらしい。彼女は弟だという初老の男性に運転をさせて、作りすぎた食事をお裾分けに来てくれたそうだ。
『レオンくん、おばさんいいアイディアがあるのよ。これ私の弟なんだけど』
『姉貴!かわいい弟にこれはないだろ!というかレオンくんは教会であったことあるさ。やぁ、俺の事分かるかな?ジェリーおじさんだよ』
『……あ、こんちわ』
留守番で1人だったものだから、ヨランダさんがいるとはいえさほど仲良くない男が自分を親しげに呼んでくる事に委縮したという。
ところが話を聞くにジェリーさんは20年以上前の王の蛮行から守り切った3Dプリンターを家にずっと隠し持っているそうだ。王の乗った宇宙船が大破し混乱の時が訪れたときも、それが終わり平穏が訪れたときも隠し続け、レオンの話を聞いた時に「もう隠さなくてもいいのかも」とふと思ったそうだ。
『だって、これさえあれば何でも作れるからな。こんな便利なものがあるって分かったら王の手下どころか民草にも殺されちまうよ。特にこれはプロ用のものを友達から
『……え!?ほんとすか!?』
『その代わり、サトウが義足を作ってくれたら俺に見せてくれよ。どんな風に作られてるのか構造をずっと見てみたかったんだ。だって義足ってクールだろ?』
ジェリーさんはそう言ってヨランダさんお手製のマッシュポテトを渡すと、サンタみたいに陽気に笑って去っていったという。
「――――ってことがあって、俺が使っていいってなったんだ。まだよく分かってないけど~……、PCでデータ入力して、金属の粉を立体的に固めるんだってさ。今は材料がちょっとしか残ってないからほぼ一発勝負になるけどそれでいいなら使っていいって!」
「――なるほど!それは、いいかもしれない」
3Dプリンターは良いアイディアだ。実際に樹脂で義手や義足を作る話は聞いたことがあるし、時間さえかければネジから一軒家まで作成できる3Dプリンターはまさに夢の未来道具だ。レオンにモデリングができるかと言う話は一旦置いといて、理想に近い形が簡単に作れる。
「金属用3Dプリンターなんてよくあったわね。銃規制の一環で20年以上前に全部回収してたはずだけど……。でも悪くないと思う。問題はきっとバランスと精度だもの。PCで作るなら左右で同じやつ作れるものね」
「断端で歩けるようになってきたから、ちゃんとできるはずだよ。俺頑張る。俺の一生とスバルの指がかかってるから」
レオンは義足のアイディアを白紙に書き出していく。まずは専門書を一から見直して、必要なパーツを再び書き出し、自分の足のサイズを正確に測って何度も計算をしていた。
「1歩歩いたら指1本……2歩歩いたら指2本……」
と、ぶつぶつ言いながら机に向かう姿は新手の妖怪みたいだったけど、レオンが本気で取り組んでいる事が伝わってくる。徹夜で仕上げた設計図を参考に家中の材料をかき集めて再現して、見つかったエラーはその度にリカバリーした。
設計図が完成すると、すぐにジェリーさん家を訪ねた。案内もされないうちに見つけ出したPCに駆け寄ると、案内に沿って義足のデータを入力していく。
スマホも触ったことないレオンにできるか不安だったけど、心配していたよりも未来のPCの入力は簡単だった。マウスやキーボードでかちかち触る時代はとっくの昔に終わっていたらしく、音声入力や立体映像を直接触る事で何度も形を整えていくと、段々とそれらしいものが出来上がっていった。
けれど立体物の作成なんてレオンにとって初めてのことだ。いくら操作が簡単になっているとはいえ本来は専門家がやるようなことを、まともに学校に通えていない上にPCにほぼ触れたこともない子供が作ろうとしているのだ。
とはいえそんなことはきっとレオンが一番よく分かってる。レオンは最低限以外の手助けを断るとジェリーさんちに泊まり込んでまで作業に取り掛かった。段々と締め切りに追われるサラリーマンの様に頬がやつれていき、目の下にクマを刻んでも、大嫌いなコーヒーやカフェイン剤を飲んでまで作業をぶっ続けて、結局2晩も徹夜したらしい。
迎えに行ったらおでこに氷嚢を載せてもらったレオンが、出力したてでほやほやの義足を抱きしめたまま涎を垂らし、ジェリーさんの家のベッドで爆睡していた。
――――――
――――
――
義足が間に合った。
だけど、レオンは義足の出力が終わった瞬間倒れるように寝てしまったので歩く練習が全くできていない。それでも約束の時間が近付いていたからシャワーを借りてレオンは着替えを終えた。持参した平行棒につかまり立ちをして数歩歩く姿を見て成功の兆しを感じた僕らは、急いでサトウさん宅へと移動する。到着したころにはすでに噂を聞きつけた数人のギャラリーが僕らを待っていた。
「お、きたきたレオンくん」
迷惑そうな顔のサトウさんの肩を抱いて、先に着いていたジェリーさんが手を振っていた。いつもの具合の悪そうな顔がなおいっそ黒々しい。
「君達、本当に作ってきたの。流石にびっくり」
脇に手作りの義足を抱えるレオンを見て、サトウさんは静かに細い目を見張っている。
「よくもまぁ、金属3Dプリンターなんてあったね。私も仕事用に持っていたけど、樹脂やプラのやつも全部没収されたよ」
「ははは、俺がナイスなアイディアで隠し通したお宝だぜ!すごいだろ!」
そういや、ジェリーはプラモデルが趣味だったね。とサトウさんは思い出していた。
「クソじじい、ぜってーぎゃふんと言わせてやる。俺が歩くとこ絶対見とけよ」
「その意気だぞレオンくん!男の意地を見せてやれ!それでこの頑固サムライにドゲザをさせるんだ!」
「ジェリーが条件を追加するんじゃないよ」
この2人仲いいんだなと思いつつ僕は平行棒を地面に設置する。アンさんはレオンに声をかけつつ、義足の装着の手伝いをしていた。
「痛くない?」
「うん。俺の足に合ってるはず。ミリ単位で調整したから……」
レオンは平行棒を両手に握って、椅子から恐る恐る立ち上がる。鈍い金属色の義足がレオンの身体を支えると、それだけでギャラリーからは小さく歓声が上がった。
「レオンくん、信じてるわ。シスターとしてじゃなく、アンとして信じてる。だから頑張って。あなたは強い子よ。絶対歩ける」
「うん。任せてて、絶対歩くから!」
ここに来た頃は俺かアンさんに抱っこされないと移動さえできなかった、ちびで足のないレオンが、手作りの足でしっかりと地面を踏みしめている。アンさんは、以前よりぶれずにちゃんと立ち続けるレオンを見て頬をバラ色に染めていた。そして「ゆっくり、ゆっくりね」と声をかけて、レオンが歩き出すのを待った。
「……っいち」
平行棒を掴んだまま右足を出す。そして勢いをつけてもう一歩進んだ。ここまでは先ほどもできた範囲だ。ギャラリーはより一層盛り上がっていたけど、レオンは耳を貸すこともなく冷静に歩くことに集中している。たった2歩で汗をダラダラかいていたけど、自分に言い聞かす様に「あと8……」と小さく呟いた。
だいぶしんどそうに見えるけどこの調子なら10歩目まで歩くことができそうだ。サトウさん以外の人はみんな声を明るくして「レオンくん頑張れ」とわが子の運動会みたいにレオンを応援している。
だけれど、急にサトウさんがちょっと待ってよと言いながら挙手をして、場を止めた。
「平行棒、掴んだまま10歩かい?なしで10歩だろ」
「……え。ちょ、ちょっと待ってください!」
真っ先に抗弁したのはアンさんだ。
「平行棒や支えを使ってはいけないなんて、前にお話しした時には仰られていませんでした」
「あのねアンちゃん……いいかい皆さんもブーイングしないで聞きなさいよ。台があるならそりゃあ歩けるさ。支えがあって10歩なんてね、勘のいい患者さんなら初日に終えるトレーニング内容だよ。それじゃ賭けにならないでしょ」
みんながど正論にたじろいでいる。気付きやがったかとジェリーさんがボソッと呟いていた。
「レオンくんは自分で義足作ってきたんですよ?普通の患者さんは義足は作らないでしょ?」
「だめだ。台無しで10歩歩きなさい」
家でのテストは平行棒ありきの記録だ。手放しだとレオンが歩ける確率はぐんと低くなるに決まってる。けれど、レオンは焦るアンさんを鎮めるかのように彼女の手を取ると「大丈夫だよ」と汗だらけの顔で笑った。
「おっさん、転んでも立ち上がったらオッケーにしてくれる?」
「まぁいいだろ」
「分かった。じゃあそれでやろ」
平行棒は取り除かれ足を小刻みに震わせながら立つと、言うことを聞くはずのない鉄の足を無理やり動かしてレオンは再び第1歩を踏み出した。バランスを取るために腕は妙な位置で上がってしまってまるでヤジロベエだ。
「……いちっ!……にっ!」
歯を食いしばりながら地面を蹴った。歩くレオンの姿を見ているとつい呼吸をするのも忘れてしまう。アンさんもぎゅっと手を合わせて、声を上げることなく祈るような顔でレオンを見守っていた。
『ねぇ!歩くの早いんだけど!』
ショッピングモールで買い物をしている時のことだ。
レオンがイラついた声で僕に突っかかった。悪気はなかったけど、車椅子のレオンを置いて先に行き過ぎたからだ。
『もっとゆっくり歩いてよ!』
『あ、ごめん……』
『何?考え事?』
『あ、いや、ぼーっとしてただけ。悪かったって』
『あっそ。ぼーっとしながらでも歩けるなんていいよね。普通に歩けるって幸せだよ。もっと足に感謝した方がいーぜ』
レオンは置いて行かれた気持ちになって嫌だったんだろう。そのやり取りはほんの一瞬の事だったけど強く印象に残ってる。
歩けることは幸せ。僕は、レオンに出会うまでそんな考えに至ったことすらなかった。
「……ごっ!」
安定しない竹馬にのっているとか、超厚底靴を履かされているとでも表現すればいいのか、とにかくぐらぐら揺れて安定しないレオンの歩行をみんなが見守っている。
『義足作ってもらったら、一番かっこいいスニーカー貰いに絶対またショッピングモールに来るから。絶対。絶対だかんね』
モールで靴屋に寄れなかったレオンは物悲しそうにつぶやいていた。
服は大量に持ち帰ったのに、靴は一足も持ち帰れなかったからだ。
いつも馬鹿な顔してるくせにそんな顔するなよ。
僕達だってショッピングモールくらい何度だって連れてってやりたいよ。
「――頑張れレオン」
ずっと僕らが助けてやってたつもりだった。
足と母親を亡くした上に父親に裏切られ、人を怖がって、親切が信じられなくて、アンさんさえも拒みかけたあのレオンが、誰よりも前向きに努力して奇跡を起こそうとしてる。
僕らの当たり前ができなかったレオンが、僕らに何かを伝えようとしてる。
こぼれ落ちる雫みたいな僕の独り言なんて聞こえるはずないけど、柄にもなく口に出して応援せざるを得なかった。噴き出る汗を拭う余裕もないレオンは重い足を引きずる様に歩き続ける。
「……あっ!」
けれどもアンさんが静寂の中叫んだ。7歩目を踏み出すところでレオンが転んだからだ。手をついて転んだから怪我はないだろうけど、慣れない義足で地面から立ちあがる事は容易ではないことは明確だ。
「レオンくん!」
「アン来ちゃダメ!」
思わず駆け寄ろうとしたアンさんにレオンは大声を出して止めた。
「自分で起きる!じゃないと意味ないから!大丈夫だから!」
強がりの笑顔を浮かべてからお尻を地面に置いてゆっくり立ち上がろうとする。それでも支え無しだと厳しいらしく滝のような汗がどんどん流れ落ちていった。それでも、レオンは顔中の汗を強く拭った。夏の暑さと体力消耗で色白の肌が赤く火照っている。
アンさんは助けようとして手を自分の胸元に当てて叫んだ。
「体の重心を意識して、腹筋に力を入れて!下を見ない、前を見て!」
「……わ、わかったぁ……!あー……あー!……うおりゃ!」
そして勢いをつけると、震えながらも何とか立ち上がった。
レオンはゆっくり振り返りながら褒められたい子供みたいに、アンさんに向かってピースする。アンさんは泣きそうになるのを堪えながら何度も頷いて応えていた。
「起きた!これ1歩換算で行けるでしょ。あと2歩!俺ってばほんと天才」
「ははは。何を言ってるんだい。3歩だろ」
軒下の椅子に腰かけて、ずっとレオンを見届けていたサトウさんがぷっと噴き出した。レオンは聞こえてきた
笑い声に思わず指をさして反論する。
「はぁ!?オッケーでしょ!?転んだ時が7!起きて8!起きるのもクッソ大変なの!れっきとした1歩だから!」
「ははは、まぁいいよ。起きるのが8歩目だ」
そういいながらサトウさんはそっと立ち上がると、杖をついて、レオンから少し離れた正面で立ち止まった。
「……何?邪魔なんだけど」
「あと2歩だ」
レオンは汗だくの顔を拭いながら、今にも泣きだしそうな目の前の老人を見つめていた。
「あと2歩だよ。レオンくん」
死にかけだったはずの老人から溢れ出た涙を、レオンも僕達もただ黙って見つめていた。
「奇跡を見せてくれよ」
夏の風が、レオンの背中を押す様にそっと吹いて、僕達の髪をなびかせた。その後サトウさんの涙を吹き飛ばす様に、一瞬だけ強い風も吹いた。レオンはサトウさんをじっと見ながらも、期待に応えるようにあと2歩をゆっくり踏み出し、歩き切った。
息を呑みながら見守っていた人々はみんな一斉に沸き上がって、偉いよくやったと声をかけ、アンさんは僕のろっ骨を折る勢いで抱きついていた。そして力尽きて膝から崩れ落ちたレオンをサトウさんが支えると、サトウさんは突然の大雨の様に泣き出した。
「すごい。すごいなぁ君は。びっくり。義足を作ってきたのも、歩いたのもびっくりだよ。君はすごいなぁ。足、絶対擦り傷出来てるだろ。素人がさぁ。すごい物作ってくれちゃってさぁ」
「……あぁ、疲れた、死にそう。ねぇ、ちゃんと俺に足作ってよ。とびきりのやつ作って。意味もなく仕込みナイフとかつけろよ」
「あぁ、作ってあげるよ。現役時代より時間がかかるけど、必ず作ってあげるよ」
「やりぃ〜、俺の勝ち~!!」
生まれたての馬の子供みたいに足をがくがく振るわせながらレオンは天高くガッツポーズを決める。そのまま地面に座り込んで肩で息をして、誰でもいいから水をくれと求めていた。
「奇跡だよ。まさに雨夜の月だ。君にはできないとばかり思っていた」
「はぁ!?舐めないでよ。天才子役って言われてたんだ俺。何でもできたんだから」
「年取るのは嫌だなぁ。君が何もできないなんて決めつけていたのは、私が私自身にかけていた呪いだったのかとしれない。いや、呪いなんて言葉で片付けるのは君に失礼だ。私はきっと、君にそうであってほしかったんだよ。がんに侵されて、余命幾許もない自分より弱そうな君にも、そうであってほしいと思っていた。……私は体だけじゃなくて心まで老いていた。年老いて病気で何もできなくなってきて、自分だけが弱者だと、認めたくなかった……」
自分の弱さという氷が溶けていく様にサトウさんは目頭を押さえて泣いていた。けれど目の前の若き15歳は残念ながら年寄りの気持ちなんて理解できないようで、ぽかんとした表情を浮かべている。
「どうでもいいんだけどそんなん!よく分かんないけどさー!これからまた前向きになればいいじゃん!それより、義足作ってくれるんでしょ!?早く作って!今すぐ作って!身長は絶対に180にして!」
「……ははは、180は君には高すぎるよ。あだ名がタカアシガニとかコンパスになるぞ。はは。あぁ、義足は作ってあげるさ」
サトウさんは一笑してから涙を拭うと、地面に倒れ込んでいたレオンに手を差し出して身体を起こさせた。
「それと、君は明日から我が家に通いなさい」
「え?」
「レオンくん、君は義足作りを覚えるんだ。君が、君の失った足を作るんだよ。それが君に義足を作る条件だ」
僕が新たに出した賭けの条件。
それは、レオンが義足作りの技術を習得する事だった。
僕やアンさんじゃない。覚えるのはレオン本人。これが賭けとして受けてもらえた条件だ。
当然、可不可でいうなら断然不可に近い事だろう。けれど、サトウさんはそれを飲んでくれた。基本の技術さえレオンの叩き込めば、あとはサトウさんが亡くなってもトライアンドエラーでレオン自身が調整を重ねていけばいいからだ。
患者は自分で整備も自分なら、いやでも技術は身についてくれる。僕の滅茶苦茶な提案に「大人2人が覚えるより、そっちの方がレオンくんのためになるかもな」とサトウさんは納得していた。
「君が君の義肢装具士になるんだ。君の体に自由を与えられるのは君だけだ」
「……そ、そんなん俺にできるかな」
「できるさ。実際君は義足を作ってきたじゃないか」
「……なんだそれー!俺、そんなの知らない~!」
文句たらたらのレオンに「言ったら絶対頑張んないだろお前ー」と僕が遠くから叫んだら、中指が立って戻ってきた。
「これからめっちゃ大変じゃんか俺〜!これ作るのでさえ難しすぎてゲロ吐きそうだったのに!」
「これから毎日私と勉強だよ。頑張りなさいね」
勘弁してくれーとレオンが地面に倒れ込んむのをみんなで笑いながら見守った。ずっと憂い顔だったサトウさんもこの時ばかりは声を上げて高らかに笑っていた。それはもう、空の向こうまで届きそうな程に。
その後、ささやかな「レオン義足おめでとうパーティー」が開かれた。ヨランダさんが作っておいてくれたミートパイをレオンは頬を膨らませながら食べて、みんなによく頑張ったと褒められて嬉しそうだ。サトウさんの顔にも少し色が戻ったように見える。
「しかしジェリー、どうやって3Dプリンタなんて隠してたんだい。私あれ持って行かれて廃業したも当然だったんだよ」
「あぁ、それな!」
サトウさんからの質問にジェリーさんは自家製のウイスキーですでに赤ら顔だったけど嬉々として返していた。
「空で木っ端微塵となったノートン王は、人を操るわ、人の心を読むわって話があっただろ!」
「あぁあったねぇ……」
「だから俺は3Dプリンタとかそういうの全部没収されるって噂を耳にした日から――――」
ジェリーさんは謎ににやりと笑うと自信満々に言い放った。
「何日も24時間ぶっ続けでポルノ見てマス掻いてたんだ!!」
「じゃあ僕らはこれでお暇しますおつかれさまでしたまた明日来ます」
「おいおいおい待ちなよスバルくん!ジョークじゃないんだ!これで実際持っていかれなかったんだから!」
全員が一斉に席を離れて皿やテーブルを片付ける間にいかに自分が素晴らしい作戦を立てたかを熱弁していたけど見事に無視されたジェリーさんは、「全くよ!」と怒りながらまた酒を飲んでいた。レオンにはあぁいう大人になって欲しくないわとアンさんがぼそりと呟いたので僕も同意する。
食事を終えると、サトウさんは柔らかい液にレオンの足先を突っ込んで型を取った。レオンの断端の傷や形を再現した型を元に、レオン専用の義足が作られるそうだ。
足の長さについては、身長180cmは流石に転倒リスクと見た目のバランスの悪さから断られていたけれど、サトウさんがだいぶ譲歩してくれた結果、165cmになるように調整してくれるそうだ。数日で約25cmもプラスになるなんてタケノコもびっくりの大成長だ。
いいなぁ羨ましい。僕だってあと5cm欲しい。
「それでもアンより小さいんだから
大成長が約束されたくせに風呂上がりのレオンが不満そうにボヤいている。ご褒美のアイスをすくって舐める毎に何とも言えない幸せそうな顔をしてた。
「私、高身長になる運命なのよ~。私より小さくてもレオンくんは男前だよ~」
「外国人はいいな〜。ママもクソ親父もそんな高くなかった気がするし、日本人の限界なのかな」
「心配しなくてもまだまだ伸び盛りなんだから大丈夫よ」
アンさんはそのまま、母親のような優しい顔で静かに話しかけた。
「レオンくん。あなたはすごいわ。奇跡を起こしたのよ。自覚ある?」
「なに、奇跡って」
「サトウさんはね、元々すごく朗らかで熱意の塊のような方だったの。色んな事を率先して、みんなを引っ張ってくれるようなおじさんってイメージだったわ。でも病気が分かってからみるみる痩せちゃって、元気もなくなってってね。ずっと落ち込んでたの。でも、レオンくんが頑張ったからサトウさんは感動して、触発されて、やる気が出たのよ。レオンくんがね、手を引っ張ってサトウさんをもう一度立ち上がらせてあげたも同然なの。だからレオンくんは2つも奇跡を起こしちゃったの。本当にあなたはすごいわ」
「大袈裟だよ。俺は俺で頑張っただけ。サトウさんはサトウさんですごいだけでしょ」
「そんな事ない、レオンくんはすごい子だよ!自慢の家族よ!」
アンさんはレオンをハグしておでこにキスしたら、禿げそうな程の勢いで頭を撫でて褒めちぎった。レオンは最初はやめてと返していたのに勢いに負けたのか、そのうち赤ちゃんみたいな2人の笑い声が連鎖していき、家中に明るい声が響き渡る。いつもより豪華な食事のあと、レオンはソファで横になってそのまま寝てしまっていた。それもアンさんの膝の上でだ。
アンさんはすでにネグリジェに着替え終わってて、膝の上のレオンのふわふわの猫毛を撫でながら愛おしそうな笑みを浮かべている。
「レオンくん偉かったわ」
彼女は爆睡してるレオンを起こさないように小声で呟いた。
「レオンくんの生活も人生も、明日から全部変わるね。私達も全力でサポートしなきゃ」
「そうですね。今日のレオンはちょっとかっこよかったです」
「うん。かっこよかった。私も感動しちゃった」
レオンを上に抱っこしてつれていこうかと聞いたら、もう少しこのままでいいと言って彼女は断った。昼寝用の毛布はレオンの小柄の体をすっぽりと覆い隠し、ガーゼの布団に包まれる赤ちゃんみたいになっていた。
「これももう見れなくなるかもね。おくるみみたいで可愛いのに。息子を溺愛する母親ってよく聞くけど、気持ちがわかるわ」
「レオンが聞いたら怒りますよ。アンさんに男らしい~って言われたいと思ってるんですから」
「だって可愛いんだもん。私、赤ちゃんだーいすき」
アンさんはレオンにこぼさないように気をつけながら冷め切ったお茶を飲む。早くレオンくんに背を抜かされたいと微笑みながら、膝上の柔らかいほっぺたを突いていた。
「……私、レオンくんに1個嘘ついたわ。信じるって言ったのに、レオンくんがこけたとき、つい助けてしまいそうになったのよ」
「……。そんなのは別に」
「それどころか、レオンくんに信じてるって伝えた時も、ほんとはスバルを信じてた。だって、スバルが『僕を信じて』って言ってたから。レオンくんが歩けるかどうかずっと不安で、心の片隅で『スバルがピアノを弾けなくなったらどうしよう』って、思っちゃってた。……せめて、どっちか信じきれればよかったのに。私、性格悪い」
「……。優しいのと、人を信じられないのは別。アンさんは前者。考えすぎ」
「私、もっとしっかりしなきゃいけないのにね」
「歩けたんだからいいんですよ。考えすぎ。アンさんに必要なのは、自分も前を向くこと」
「……レオンくんにもスバルにも教えられてばっかね」
この人はたまに弱気になる。僕はレオンを起こさないように静かにアンさんの隣に座り直して、自分の肩をとんとんと叩くとそのままアンさんをもたれさせた。
「僕はアンさん尊敬してますからね。アンさんのこれまでの信頼と熱意が無かったら最初から無理な話だったんですから、ちょっと自分のダメなところ見つけたくらいで卑屈になったらだめ。それの100倍良いところがあるんです。僕にとって、貴女は太陽みたいな人だから」
「……そう?ほんとに思ってる?」
「本当に思ってます」
「…………そうかなぁ~?」
満更じゃなさそうな顔をしてる。立ち直りが早いのもこの人の良いところの1つだ。肩にもたれて上目遣いで僕を見ると、幸せそうな猫みたいににやぁ~っと笑った。
「ねぇ、今だけダーリンって呼んでいい?」
「レオンがいるからダメ」
「けち」
翌朝からレオンは学校に通う子供みたいに規則正しい生活を送り始めた。朝早く起きて1人で身だしなみを整えたら、サトウさん家で義足作りの技術を半日かけて学ぶ生活を送った。本義足ができるまでの間はへんてこな見た目の棒状の仮義足をつけられている。漫画の海賊に似たコミカルな姿を笑われながらも、レオンは空き時間に歩く練習を欠かさなかった。
そして、2週間も経たないうちに、サトウさんによるレオンのための義足が出来上がった。
踵やつま先にも可動域が設けられていて、触感以外は生身と変わりないように見える精巧な義足だ。肌色で、皮膚の質感まで再現されている。
それを身につけたレオンは、僕らに支えられながらゆっくりと立ち上がると、1歩目を歩んで、2歩目を歩んだ。
3歩目からは、僕らの手を振りほどく。
杖を両手に持って、自分の力で歩き出した。
レオンは隠しきれない泣き声と、零れ落ちる涙を拭いながら、何歩も、何十歩も、ずっとずっと、道の向こうまで歩き続けていた。
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